【Episode:04】 偽りの仮面

増え続ける犠牲者


 ノートPCのディスプレイに映る六つに区切られたウインドウの内、空の分は黒く塗り潰されていた。

 そうなってしばらくは、嘆き悲しむ莉佳が啜り泣いていたが、その声もいつしか届かなくなり、誰もが沈痛な顔で押し黙るだけとなっていた。

 その息が詰まりそうな重苦しさに耐えきれなくなったのか、貴人が気落ちした様子ながらも、「そういやさ」と語りかけてきた。さすがにこの状況下にあって眠ることができるまでに図太くはないようだ。

「美登里がいなくなった日、そのケイトってやつがどうしていたかは、まだ聞いてなかったよな」 

「……ああ、そういえばそうだったな」

 応えた雅史もまた、ショックから立ち直れない様子ではあるが、いつまでもそうしてばかりではいられないと考えてか、

「ケイト、お前その日何してたんだ?」

「そんな昔のことなんか覚えちゃいないね」

 ケイトは素気なく返したが、彼にしても同じだ。冷静な態度を保っているように見せてはいるが、やはりその裡の動揺を隠しきれずにいる。

「たぶん、家か街中で友達と遊んでたとかじゃないか」

「ケイトくん、私からも一つ質問してもいいかな?」

 と藍。藍もまた悲しみで胸が痛い程だったが、打ち拉がれていてばかりでは、また同じ悲劇が繰り返されてしまうことになる。悲しむのは無事に家に帰ることができた後でいい。「あなたは貴人君のことを、『青葉ときわ』って呼んだ。それまで誰も彼を苗字で呼ぶことはなかったわけで、首からは自分の名前が漢字で刻まれているシルバーアクセを提げているけど、彼を知らない人達が最初にその苗字を見たら、『あおば』って読んでしまうのが大半のケース。実際、子供の頃に彼は新しい担任の先生とかに、何度も苗字を読み間違えられていた。それなのにあなたは、なんの迷いもなく『ときわ』って読んだ。ということは、あなたは彼のことを知ってるってわけよね?」

「そりゃ知ってるさ」

 さも当然というようにケイトは応えると、

「俺は、君らの小学校時代の同級生の内の一人なんだからな」

「えっ、ケイトって私の先輩だったの?」

 と莉佳が驚きに目を見張る。塞ぎ込んでいた彼女だが、ケイトのこととなると無関心ではいられないらしい。興奮を抑えきれないように、早口で、

「『ケイト』って芸名だよね? だったら――もしかして、学校一の爽やかイケメンで女子にもてもてだったけい君とか? そういえば、どこか面影が残ってるような気がする」

「残念だけど、それを明かすことはできないな。俺は、プロフィールを明かさない謎めいた美青年で売ってるんだ。本名を明かしでもしたら、事務所に叱られるからな」

「えー、気になる」

 諦め切れないらしく、莉佳は、ねだるように、

「ねえ、誰にも言わないから、こっそり教えてよ」

「莉佳、今の状況を考えろよ。そんなこと話してる場合じゃないだろ」

 雅史は窘めると、訝しむような目をディスプレイに向けながら、

「それに、そのケイトってやつ、実はあの覆面男の仲間で、俺達に嘘を吐いてるって可能性もあるんだからな」

「そんなわけないじゃない」

 と莉佳は、むくれ顔になりながら、

「私、彼が出演してる新作映画観たって言ったでしょ? ブログで顔写真だって何度も見てるんだから。絶対彼は俳優のケイト。ケイトは、病に冒されて苦しむ妹を必死で看病するの。そんな優しい彼が殺人鬼の仲間なわけないじゃない」

「莉佳、それは映画の中の話だろ?」

 雅史が呆れたように。

「それに、そいつがそのケイト本人なのは確かだとしても、どれだけ人気って言ってもまだ若手なんだから、それ程の稼ぎはないだろうし、遊ぶ金欲しさに、あの覆面男に、金離れよく絶対にばれないからって雇われて、殺人の共犯を引き受けたってこともあり得る」

「そんなことない! ケイトは優しい人なの!」

 莉佳が、珍しくむきになって声を大きくした。

「……お前、昔から面食いだったからな……」

 雅史が、げんなりしたように項垂れる。

「人気俳優も辛いな」

 とケイトは、気障な仕草で長い前髪を掻き上げると、

「また一人の女の子を、俺の虜にしてしまった」

「皆、あまりそういう話ばかりしてると――」

 藍がそう注意を促そうとした時だった。ケイトの背後に少しだけ覗いていた彼のいる部屋の入り口の扉が、小さく軋む音を立てながら、ゆっくりと開いた。

「ケイト君、後ろ!」

 藍が叫ぶ。

 その声に、ケイトははっと後ろを向いたが、それと同時に、内蔵スピーカーが、割れた轟音を鳴らした。

耳をつんざくような銃声が鳴り響いた後、ケイトは、空の時と同じように、苦しみに喘ぐようにしながらずるずると床に頽れていき、その姿をウインドウから消した。

「二人目」

 覆面の男の奇矯な甲高い声が、冷淡に告げる。

「……嘘……ケイト……ケイトが……ケイト…………」

 莉佳がわなわなと声を震わせながら、呆然とその名を繰り返す。

「おい、あれからまだ一時間も経ってねーぞ!」

 貴人がいきり立ちながら、ケイトがいた部屋の開かれた扉の前に立つ覆面の男に抗議した。

「あの時言ってたルールは嘘だったってのかよ!」

「俺はなにも嘘は吐いていない」

 覆面の男は、左手に持った銃を腰に提げたホルダーに差しながら、泰然と応えた。

「そのルールで俺はこう言っておいたはずだ。この〈犯人捜し〉において、それから逸脱した無駄な会話がなされた場合、〈犯人捜し〉を放棄したとみなして、そのペナルティを与える、と」

「ぐ……」

 と貴人が悔しげに唇を噛む。

「それだけじゃない」

 覆面の男が続けた。

「その男は、ケイトという芸名を名乗ってはいたが、本名は横溝嗣郎――つまり、〈レインボウズ〉のメンバーの一人だった男だ」

「え……?」

 受け入れ難い現実を前に呆然としていた莉佳が、その言葉で我に返ったようになる。

「横溝嗣郎は、小学校を卒業した後、他県の私立中学へと進学した。そして、高校を卒業した後、整形手術やダイエットに励むなどして、あの端正な容姿を手に入れ、芸能事務所入りを果たし、俳優の道へと進んだんだ」

「あの顔は、作り物だったってこと……?」

 その死と同じように、信じ難いと言った顔の莉佳。藍が最初に彼を見て感じた違和感は、そういうことだったのだ。声でそうと気づけなかったのは、皆声変わりする前の彼しか知らず、肥満体型でなくなったために声質が変わったということもあるだろう。

「あいつは、自分が横溝であることを明かそうとはしなかった。つまり、〈犯人捜し〉への協力を拒んだということだ。よって、無駄な会話をした分と合わせて、ペナルティとしての死を与えることにした」

「そんな……」

「さあ、これでお前達は残り四人となった。その中に犯人がいるのか、それとも、既に殺された二人の中に犯人がいたのか――どちらにしろ、残された時間を有効に使って、生き残ることができる可能性にかけるんだな」

 告げられた後、床に倒れたケイト――横溝嗣郎を映していたウインドウは黒く塗り潰された。

「あー、イライラする、なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねーんだよ!」

 たがが外れたように、貴人が不満をぶちまけ始めた。

「おい、この変態覆面野郎! 聞いてやがるんだろ! 翠が殺されたんだとしても、〈レインボウズ〉のメンバー以外の奴の仕業だったかもしれないだろ! お前は勘違いしてるだけなんだよ、このくそ間抜けが! いい加減俺達をここから出しやがれ! じゃないと――」

 貴人が口汚く捲し立てる中、扉が軋む音が小さく届いた。開いたのは、その貴人のいる部屋の扉――そこに姿を見せたのは、先程消えたばかりの覆面の男。貴人はわめき散らしているせいで、それに気づいていない。藍が注意を喚起するも、怒りに奮える貴人にその言葉は届かない。

 覆面の男が無言のまま、左手に持った銃を持ち上げ、その銃口を貴人へと突きつける。

 三度みたびの銃声。

 空やケイトと同じようにして、貴人が、言葉を途切らせ苦悶に喘ぎながら頽れる。

「貴人君!」

 藍が叫ぶが、返ってくるのは、彼のくぐもった呻き声だけ。

 しばらくして、その呻き声さえも届かなくなってから、

「こうも言っておいたはずだな。俺に対する侮辱は許さない、と」

 覆面の男が、冷然と告げた。

 藍は、モニターを鋭く睨みつけながら、

「……酷い……」

 莉佳は、涙を流すばかりで、言葉も出せずにいる。雅史は、モニターから目を逸らして、悔しさに歯を食いしばるだけ。

「こいつは〈犯人捜し〉を始める前にも、俺を罵ったことで罰を与えられていた。なのに、同じ過ちを犯して再び罰を与えられたのは、自業自得としか言いようがない」

 覆面の男は言うと、左手に持っていた銃をおもむろに腰に下げたホルダーに差し、

「さらに二人が消えたことで、タイムスケジュールが変わった。全員が死ぬまで、残り六時間だ」

 告げてから、最後に、「はははははははは」と呵々とした奇矯な甲高い笑いを響かせながら、漆黒の闇に溶け入るように、その黒ずくめの姿を、黒く塗りつぶされたウィンドウの中に消した。

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