ブレインストーミング

 藍が覆面の男に連れこまれた部屋で、外から塞がれた窓の際にあるノートPCの置かれた木製のデスクの前に座りながら、これまでのことに考えを巡らせていると、そのノートPCが突如輝きを放った。

 遠隔操作でスリープ状態を解かれたらしい。ディスプレイには、六つのウインドウに区切られたブラウザが開かれている。その区切られたウインドウには、それぞれ拉致された他五名の〈レインボウズ〉のメンバーだった者達と、見知らぬ美青年の胸より上が映し出されていた。皆藍と同じように、ノートPCが置かれたデスクの前に座っているのだろう。

「……藍ちゃん……なんでこんなことになっちゃったの……?」

 橙屋莉佳とうやりかが、涙声ですがるように言った。

「私達、いったいどうなっちゃうの……?」

 莉佳は、藍達より二学年下だったのだが、リーダーである雅史の従妹であり、苗字に橙色を持つことから、そのメンバーに加わることになった。小柄で愛らしく、人懐っこい性格の彼女は、誰からも可愛がられるマスコット的な愛されキャラで、父親の仕事の都合で転校することになりはしたが、夏休みなどには決まって帰省していたため、それ程疎遠になったという感覚はない。今年の春にも藍は地元で彼女と会う機会があり、移り住んだ街の短大を卒業した後は中堅企業で、事務員をしていると聞いていた。

 どう言葉をかけていいか分からず、藍が困惑げに口を噤んだままでいると、その莉佳の従兄である雅史が、「大丈夫だって、莉佳」と代わって励ましの言葉を向け、「絶対にあいつの思い通りになんてさせない」

 彼自身も、内心少なからず怯えていることだろうが、そう気丈に笑みを見せてから、

「それにしても、皆久しぶりだな。こういった形での再会じゃなかったら、酒でも飲みながら思い出話を愉しめたのにな」

「そんな呑気なこと言ってる場合かよ!」

 と貴人が、焦れたようにして声を尖らせた。

「美登里を殺したやつが誰なのか早く突き止めないと、俺達は一時間ごとに一人ずつ殺されちまうんだぞ?」

 既に手痛い仕打ちを受けたことが裡なる恐怖を増させているのだろう。焦燥に駆られたようにしながら、

「おい、いったい誰が美登里を殺した犯人なんだ?」

「まあそういきり立つなよ。『急いては事をし損じる』――とりあえず、まずはブレインストーミングだ。それぞれ、自由に意見を出し合ってみよう」

 と小学生時代と同じように、雅史は仕切り役を買って出ると、

「まずは俺から。あの覆面男は、俺達の中に美登里を殺した犯人がいるって考えてるみたいだけど、そんなことあり得ると思うか?」

「どういうことだ?」

 と貴人。

「あいつが言うには、俺達の秘密基地の近くに張られてた立ち入り禁止のフェンスを潜った先の崖から落ちて、美登里は死んだってことだったけど、あの真面目で頭のよかった美登里が、そんな危険な場所に立ち入ろうとするなんて考え難い。それに、仮にそうだったとして、なんであの覆面の男はそんなことを知ってるんだ? それに、あの後捜索隊があの周辺を捜索したはずなのに、なんで美登里の死体を発見することができなかったんだ?」

「こういうことじゃないかな」

 と藍。

「美登里がいなくなった日の夜、私達の街は、大型台風の直撃を受けた。それで捜索は難航したわけだけど、その時に、あの崖で土砂崩れが起きていて、美登里の死体はその土砂の中に埋もれてしまうことになった。小規模な土砂崩れだったから、そうとは気づかれずにいたのかもしれない」

「だったら尚更、あの覆面男は、どうやってその土砂の中に埋もれてる美登里を見つけたっていうんだ?」

 雅史が、少しばかり苛ついたようにして質す。リーダーシップはあるものの、自分の意見を否定する相手などがいると、こういう態度に出てしまうところは、昔と変わっていないようだ。

「それは私にも分からないけど……」

 藍は、返答に窮して目を伏せた。

「こういうことかもよ」

 と莉佳。涙ぐんでばかりいては、この危機的状況を脱することはできないと考えてか、彼女なりに怯える心を奮い立たせようとしているようだ。

「美登里ちゃんが死んだ後、〈レインボウズ〉って、自然解散みたいになっちゃって、あの秘密基地に誰も行かなくなっちゃったでしょ? だから、私達が知らないだけで、その後あの崖の下で工事があったりして、埋もれてた美登里ちゃんの死体が見つかったのかも」

「だったら、同級生だった俺達がそれを知らされていないわけがない。それが最近になってだったとしても、俺の耳には入ってきていたはずだ」

 市議会議員として、地元の政治の一翼を担う雅史が言う。

「あの変態覆面野郎は、適当な嘘を吐いてるだけなんだよ」

 と貴人が苦々しげに。

「俺達を逆恨みするとかして、美登里がいなくなったことにかこつけて、こうやっていたぶって愉しもうって腹なんだ」

「逆恨みか……十分考えることだがな」

 と雅史。

「そうだ、あいつきっと、小学生の時にガキ大将面して威張り散らしてた嫌われ者の杉浦すぎうらだよ」

 貴人は思い当たったように言うと、

「あいつ美登里のことが好きで、俺達の仲間に入りたがったけど、名前に虹の色がないからって理由をつけて断ったろ? そのことを根に持っていて、こんな形でその恨みを晴らそうとしてやがるんだ」

「杉浦か、懐かしい名前が出てきたな」

 と雅史は過去を懐うように目を細めてつつ、

「でも、それはちょっとあり得ないだろうな」

「分からないぜ。あいつよく動物を虐めたりもしてた問題児だったからな。あいつなら、あれからもっとねじ曲がって、人殺しなんて考えるようになってもおかしくないって」

「だけど杉浦君って、確か防衛大に進学したはずだよ?」

 と莉佳も納得がいかないようにして、

「ゆくゆくはお偉方の一人になるんだろうし、いくら小学生の時に性格が悪い男の子だったからって、もう成人してもいるんだから、それくらいのことで、こんな人殺しの計画なんて立てるまでして、約束された明るい将来を棒に振ろうなんてするかな?」

「落ち着いて考えろよ、青葉ときわ

 それまで口を閉ざしていた、素性が謎のままでいる美青年が蔑むように言った。

「そんなガキの頃のことをいまだに根に持っていたとしても、こんな手のこんだやり方するわけないだろ? 考えるまでもない」

「……なんだって?」

 口調や態度が気に障ったらしく、貴人は、顔を険しくしながら、

「だいたいお前、誰なんだよ。あの覆面野郎は、〈レインボウズ〉のメンバーだった俺達を集めたって言ってたけど、お前みたいなやつ、俺は知らないぞ? 同級生にもいなかったはずだ。今いるメンバーで抜けてるって言えば、あの太っちょ横溝よこみぞだけど、まさかお前が、あの横溝っていうんじゃないだろうな?」

 貴人が言う太っちょ横溝とは、その渾名通りの肥満体型をしていた、名前に黄色を含んだ、横溝嗣郎よこみぞしろうという名の、〈レインボウズ〉内で男子メンバー達からよくからかいの対象とされていた男の子だ。その嗣郎は、小学校を卒業後、他県の私立中学に進学した後は会う機会もなくなり、地元の成人式にも顔を出さかったようで、彼についてが話題に上ることもなかったため、それ以降の彼について、藍は知らないでいる。

「そんなわけないじゃない」

 と莉佳は思わずというように失笑すると、

「こう言ったら悪いけど、あの横溝君が、こんな美青年に化けるわけないよ」

 手をひらひらと振りながら、「あり得ないって」

「でも、どっかで見たことがあるような顔なんだよな……」

 雅史が、顎先を片手で摘まみながら、思案げに呟く。

「俺は、その横溝なんてやつじゃない」

 謎の美青年は、不満げに否定を返すと、

「俳優のケイトって言ったら、名前くらいは知ってるんじゃないか?」

「え、ケイト?」

 莉佳が、驚きに目を丸くしながら、ディスプレイへぐいと顔を近づける。

「もしかして、今若手俳優の中で一番の注目株のケイト?」

「ああ、そうさ。そのケイトだ」

 気障ったらしくその目にかかる長い前髪を片手で払いながら、謎の美青年――ケイトが応えた。

 莉佳が、「ほんとに?」と目をらんらんと輝かせながらさらに食いつきを見せる。

「私、この前公開されたばかりの新作の青春映画観たんだけど、確か、あれに出演してたよね? あ、なんかよく見たら、そのケイトにそっくりじゃん」

「だから、本人だって。まあ、脇役だったけどな」

 とまんざらでもなさそうに、ふっと笑みを零すケイト。

「で、なんでその期待の若手俳優であられるケイトさんが、こんな目に遭ってんだ?」

 面白くなさそうな貴人が、皮肉まじりに言う。

「知らないな」

 ケイトは拗ねたようにして、ぷいとディスプレイから顔を背けた。

「そんなことよりも、他にメンバーで抜けてるやつが一人いるのを忘れてるぞ」

 と雅史。

「誰だよ、太っちょ横溝以外にか?」と貴人。

「輝一だよ。村崎輝一むらさきてるかず。紫色を名前に持っていたあいつだ」

「ああ、輝一か」

 と貴人は、過去を思い返すように視線を持ち上げると、

「そういやあいつがいたな。あいつも横溝も、運よくどっか旅行にでも出かけてるんじゃないか?」

「いや、そうじゃない。横溝はどうか知らないけど、輝一は先天性の白血病抱えてただろ? それで高校を卒業した後、入院中に死んじまったんだよ」

「……あいつ、死んだのか? 知らなかった……」

 それまで威勢のいい語り口調だった貴人だったが、その事実に声を翳らせた。

「もし、だ。美登里がほんとに死んでいて、その輝一が美登里を殺した犯人だったとしたら、俺達がどうあがいても無駄だってことになる」

「その心配はないと思うよ」

 と藍。

「美登里がいなくなったあの日、輝一君は、いつも定期的にそうしていたように、病院に抗生物質を打ちに行っていて、私達と一緒じゃなかったから」

「そうだったか?」

 と雅史。

「俺は、てっきりあいつも一緒だったもんだと思ってたよ。よく覚えてたな」

「それはそうだよ」

 と莉佳は言うと、自分のことのように誇らしげに、

「藍ちゃんは特別だもん」

「でも、輝一はいなかったとしても、横溝のやつが犯人だったらどうなるんだ?」

 と貴人。

「あの覆面男が、横溝が犯人じゃないって分かってて、あいつだけは拉致しないでおいたってんなら別だけど、そうじゃなかったとしたら、完全にアウトだろうな」

 と雅史。

「〈犯人捜し〉は諦めるしかない」

「諦めるしかないって……それじゃあ、もしそうだったとしたら、俺達はあの覆面野郎に殺されるのを、指を咥えて待つしかないってのか?」

 貴人が再びの焦りを滲ませる。

「一つ考えがあるんだけど」

 と藍。

「どんな考えなんだ?」

 雅史が促す。

「本当に美登里が殺されたんだとしても、皆の中にその犯人がいるだなんて私には思えない。だけど、それだけじゃあ、あの覆面男を納得させることはできない。だから、ここにいない分の嗣郎君を合わせた皆のアリバイを成立させてみたらどうかな。輝一君がそうだったみたいに、あの時私達には、美登里を殺すことなんてできなかったってことが証明できさえすれば、間違って監禁してるってことが分かってもらえるかもしれない」

「アリバイか……」

「賛成!」

 と莉佳が元気良く手を挙げた。若手俳優ケイトと知り合いになれたことで、持ち前の明るさを取り戻しつつあるようだ。

「それで、そのアリバイを成立させるには、どうしたらいいの?」

「それにはまず、当時の状況を振り返ることから始めるのが一番だと思う。あの日は、夏休みが終わり間近になった、二千一年八月二十四日の土曜だったはず」

「さすがだね、藍ちゃん」

 と莉佳がにっこりと笑む。

 藍ははにかむことで応えてから、

「あの時莉佳ちゃんは、お父さんの仕事の都合で、長野県に引っ越さないといけないことが決まっていた」

「うん」

 莉佳がこくりと肯く。

「そしてその送迎会を、街外れの山の中に作っていた〈レインボウズ〉の秘密基地で開くことになって、病院に行かないといけなかった輝一君以外の、雅史君、貴人君、嗣郎君、空君、美登里、莉佳ちゃん、私の七人が、その集まりに参加した」

「確かそうだったよね」

 莉佳は相槌を打つと、

「朝十一時の開会の時には、雅史お兄ちゃんがコンテナに乗ってスピーチをしたんじゃなかった?」

「ああ、俺にもそうした覚えがある」

 と雅史。

「でも、どんなこと言ったんだったっけな……」

 記憶を旨く引き出せずにいるらしい雅史に代わり、藍が、

「『莉佳がいなくなったら、七色の〈レインボウズ〉から、このジュースと同じオレンジ色が欠けてしまうことになるわけだけど、それで俺達の虹が消えてしまうわけじゃない。莉佳が遠くに行っても、俺達の心に架かる虹は永遠だ。その永遠の結束を誓って、乾杯』。オレンジジュースを片手に、雅史君はそう言ったはずだよ」

「ケツの青いガキのくせに、そんな堅苦しいスピーチなんてしやがったっけな。さすがは元県知事の息子さんだ」

 貴人が、揶揄を含めたように。

「大人びてたって言ってくれ」

 雅史が、苦笑しながら返す。

 当時を思い起こさせる二人のやりとりに、藍は少しばかりだが怯えた心を和ませつつ、「その後私達は、持参したお菓子を食べたり歌を歌ったりしながら、それまでの莉佳ちゃんとの思い出を語り合った。そして、正午前になった頃、私がちょっとしたアトラクションをすることになった」

「例の〈宝探し〉か」

 と雅史。

「そう。私達はよくその秘密基地のある山の中で、幾つかの宝物を隠して、それを探し当てるっていうゲームをしていた。そして、その時にした〈宝探し〉では、宝を探す役の私が、全部の宝を探し当てることができたら、空君を〈レインボウズ〉の正式な仲間に入れてあげることになっていた」

「うん、そうだったね」

 そう肯いたのは、それまで黙し続けていた空だ。

 沖本空おきもとそらは、〈レインボウズ〉の中で、唯一名前に虹を構成する色を持たない、文字通り異色の存在だった。当時、転校生として藍達の同級生となった彼は、大人しくて控え目な性格で、人づき合いが苦手ではあったが、小学生だてらにコンピュータのプログラミングを得意としていて、その点では一目置かれていた。現在ではその特技を活かして、兄が立ち上げたゲーム制作会社に勤めていると聞いている。

「滝川さんは、転校したばかりで周囲に旨く溶けこめずにいた僕を心配して、〈レインボウズ〉のメンバーに入れてくれようとしたんだったよね」

 空が続けた。

「そう。美登里がいくら説得しようとしても、雅史君と貴人君が空君の〈レインボウズ〉入りを許してくれずにいたから、二人がどうせできないだろうって思うような条件を出すことで、なんとかそうしてあげようとした」

 藍のその言葉に、雅史と貴人が決まりが悪そうにする。

「その時二人を説得してくれようとした滝川さんが、

『綺麗な虹だって、それが架かる空がないと輝けないでしょ?』って言ってくれた言葉は、今でも忘れられずにいるよ」

 と空はその当時を追憶するように、そして、少し寂しげに目を細めた。

「私もよく覚えてるよ」

 藍は返してから、

「その条件っていうのは、目隠しをされた私が、幾つかの宝箱が隠されている場所まで案内されてから、一旦秘密基地まで戻って目隠しを解かれた後、その宝箱を一人で全部探し当てることができたら、空君が正式なメンバーに迎えられるっていうものだった」

「俺と貴人は絶対に無理だって踏んでたんだけど、藍はそれをやってのけたんだよな」

 と雅史が当時の藍を感心するように言った。

「あれにはまじで驚いたよ。いくら藍が記憶力抜群だからって、まさかそんな芸当ができるなんて思わなかった。いつもの〈宝探し〉と違って、その場所を覚えていない限り、絶対に見つからないような隠し方をしていたし、そこに目隠しさせて連れて行く時も、普通じゃ覚えられないような複雑なルートを辿らせたってのにな」

「そうだったな」

 と貴人。

「だけど、それで空を仲間にしてやることになりはしたけど、その間に美登里がいなくなってたんだよな」

「ああ、あれは確か、藍が目隠しをして俺達が隠した宝箱のところまで案内されてた時のことだった。あの日美登里は、俺達の結束が永遠だっていうことの証として、秘密基地の周りに虹と同じ色の七色の花を植えようって、その種を持参して来ていた」

「それ、私も覚えてる」

 と莉佳。

「確か予定だと、藍ちゃんのアトラクションの後そうする予定でいたから、それを美登里ちゃんは一番楽しみにしていたはずだったんだけどね」

「それに、あの美登里が一言も告げずに勝手にいなくなるのも考え難かったからな。それで俺達は、莉佳の送迎会を早めに打ち切って家に戻って、美登里の家に連絡をとってみた。だけど、美登里はまだ帰って来ていなくて、夜になっても戻らないからって、心配した美登里の親が警察に連絡して、台風の中美登里の捜索が始められたわけだったけど、結局その後美登里が戻って来ることはなかった」

「つまり、美登里がその時ほんとに死んだのかどうかは分からないけど、その美登里が秘密基地からいなくなった後、皆が崖の方に近づいていないってことさえ分かれば、余計な疑いは晴れるってことじゃないかな」

 と藍。

「私はその時、目隠しをされて宝の隠し場所まで貴人君に案内されていたから、共犯だって疑われない限りは、私と貴人君のアリバイは成立していると思う。他の皆はどう?」

「俺は確か、その間暇だったから、秘密基地に来るのはたぶんこれが最後になるだろうからって、その莉佳と一緒に、辺りをぶらっと散策しに行ったような覚えがあるな」

 雅史は応えると、「莉佳、そうだったろ?」

「えっと……」

 と莉佳は、顎先に人差し指を当てて一旦目を伏せてから、

「うん、確かそうだったよね」

「そうだったか?」

 と貴人が怪訝に目を眇める。

「俺は、藍の案内役でくっついていく時に、お前ら二人が後から秘密基地を出て行くのを遠くから見たけど、二人とも別々にそうしてたような覚えがあるんだけどな」

「それはお前の思い違いだよ。莉佳は秘密基地を出て行った俺を、すぐに後から追いかけて来て一緒になったんだ」

「でも……」

 貴人は納得がいかない様子ながらも、思い直したように、

「いや、そうだったかもな。十年も前のことだから、俺も確かなことは言えない」

「俺だってそうだよ。小学生の頃のことを思い返してみると、あれが夢だったのか現実だったのかさえ分からなくなる時がある。思い出のほとんどは、色褪せたり薄れきったりで、曖昧にしか残っていない。だけど、〈レインボウズ〉の皆といた時のことは、忘れてることも多いけど、そのほとんどが、まるで昨日のことだったみたいに鮮明なまま残っているんだよな。おかげで、夢の中にいるみたいに楽しい時間だったけど、あれは確かに現実だった、って言えるんだ」

「相変わらず格好つけた言い方するよな、お前は」

 貴人が、面白くなさげに、ふんと鼻を鳴らす。

「そういう性格なんだ。ほっといてくれ」

 雅史は肩を竦めつつ返すと、

「それで空、お前はどうなんだ?」

「僕は秘密基地で滝川さんと二人きりになったわけだけど、そうなってしばらくしてから、滝川さんは、ちょっと一人になりたいからって秘密基地を出て行ったんだ。そしてその後、そのまま消息不明になってしまった」

「おい、ってことは、お前だけがアリバイがないってことじゃないか?」

 貴人は噛みつくように迫ると、厳しく責め立てるように、

「美登里は、いつもぼっちだったお前を、何とかして仲間に入れてやろうとしてた優しい女の子だったんだぞ? そんな美登里を、お前は殺しちまったってんじゃないだろうな、あ?」

 凄まれた空は、気圧されたように、身を縮こまらせながら顔を俯かせるだけだ。

「貴人君、やめてあげてよ」

 莉佳が困ったようにして、そんな空を庇う。

「空君、怖がってるじゃない」

「いやさ、もしそいつが犯人だとしたら、ちょっと脅せば白状するかなって思ってさ」貴人は悪びれることもなくさらりと言うと、

「それに、そいつ昔のままでなんかなよっちいからさ。見ててイライラさせられんだよ」

「だけど、空君にアリバイがないとしても、確か嗣郎君も、彼昆虫採集が趣味だったから、その間に虫を探すからって秘密基地を離れてたんじゃなかったかな」

 と藍。

「戻って来たのは、私が目隠しを外して宝を探しに出る時だったはず。その間の彼を、誰も見てなかった?」

 藍は尋ねたが、それを見ていた者は誰もいないらしく、応えは返ってこなかった。

「……ってことは、あの覆面男を納得させるだけのアリバイを得ることはできない、ってわけか……」

 溜息まじりに雅史が零した。

「せっかく藍ちゃんがいいアイデアを出してくれたって思ったんだけどな……」

 と莉佳も、つられるようにがっくりと肩を落とす。

「じゃあ、どうすんだよ」

 貴人が険のある声で言う。

「美登里が殺されたってのがあの覆面野郎の勘違いだったとしても、アリバイを成立させられないってんなら、『犯人は自分です』って誰かが名乗り出てこない限り、後一時間もすれば、この中から誰か一人が殺されちまうことになるんだぞ?」

「まあ、落ち着けよ」

 雅史がそんな貴人を宥める。

「殺すっていうのは、ただの脅しって可能性が高い。六人も監禁して殺したなんてことが明るみになれば、確実に死刑の判決が下されることになるんだ。十年以上も前の事件を今更持ち出して、そんなリスクの高い真似をするとは俺には思えないな。あの銃だって、よくできたモデルガンなんじゃないか」

「どうだかな。知らないぜ? 後で泣きを見ることになっても」

 言ったかと思うと、貴人はがたりと席を立ち、ディスプレイから姿を消した。

「おい、貴人、ちょっと待てよ、なんのつもりだ?」

 雅史が慌てて呼びとめる。

「寝るんだよ」

 内蔵スピーカーから、貴人のふて腐れたような声だけが届いてきた。

「どうせ俺達皆殺されちまうんだ。どれだけあがいても無駄だ」

「こんな状況で、一人だけ眠る気かよ」

 雅史が声を向けるも、返答はなかった。

「貴人君のそういうところ、変わってないね」

 莉佳も呆れ気味だ。

「ああ、相変わらずだ」

 雅史は意見を同じくすると、肩を竦めながら、

「よくこんな時に眠る気になれるもんだよ。その図太さに羨ましくなるくらいだ」

「セールスのノルマを熟すのが大変で疲れが溜まってるのよ」

 と藍。

「無理強いしないで、そのまま眠らせておいてあげよう」

「そうさせてやるか」

 雅史は仕方なさそうに返すと、

「第一、体力だけが自慢の貴人がいたところで、いい打開策を出してくれるとも思えないしな」

「聞こえてるぞ」

 と不服そうな貴人の声が届く。

 雅史はその声には応えず、

「それで、これからどうする? それぞれのアリバイを成立させるのは無理ってことが分かった。だとすると、後は強硬手段しか残ってないんじゃないか?」

「強硬手段って?」

 と莉佳。

「こうするんだよ。あの覆面男がほんとに俺達を殺すにしろなんにしろ、いずれ俺達を監禁してる部屋に一度はやって来るだろうから、その時を狙って不意をついて、返り討ちにしてふん縛ってやるんだ」

 雅史は意気盛んに言い放つと、片腕をぶんぶんと振り回しながら、

「監禁されてはいるけど、こうして自由に動けるわけだからな」

「そんなことして大丈夫?」

 と不安げな莉佳。

「男の雅史君だったらどうにかなるかもしれないけど、私や藍ちゃんが最初に狙われたらどうするの? それに、武器になるようなものもないし……逆に覆面の男を怒らせるだけになるんじゃ……」

 と言葉尻を弱める。

「こいつを武器にすればいい」

 と雅史は、ノートPCの脇に立て置かれていた、藍達の会話を拾っていたマイクスタンドを手にとった。

「こいつを折って尖った棒にして持ちながら、ドアの横の壁に張りついていて、あいつがこの部屋に入ろうとドアを開けた瞬間に、それを突き立ててやるんだ」

「そう旨くいくかな……?」

 莉佳は自信なげだ。

「無理だろ」

 それまでディスプレイから顔を背けていたケイトが割って入った。不満げに、

「それに、そんなことして、もし失敗でもしたら、他のやつらもペナルティを受けることになるに決まってるんだ。巻き添え食らうのはごめんだからな」

「せっかく雅史君が考えてくれたその案だけど、とり下げた方がいいと私も思う」

 と藍。

「なんでだ? そのやり方じゃやっぱり不安なのか?」

「それもあるけど、あの覆面男は、この〈犯人捜し〉を私達にやらせるにあたって、事前に幾つかのルールを課していた。とすれば、私達がそのルールを守っているかどうかをチェックする必要がある。つまり、このノートパソコンを通じての会話や映像は、全部別の場所でチェックされている――そう考えるのが自然ってこと」

「そうか……それもそうだな……」

 と雅史は気勢を削がれたように項垂れながら、

「だとしたら、今俺がしゃべっちまった以上、その奇襲作戦も、全部筒抜けになってたってわけか……」

「多分、そう。だから、あくまで仮にだけど、皆が殺されてしまうのを避けるために、この中から一人を犠牲にして犯人として差し出すなんていう手段をとろうとした場合も、あの覆面男に、そうするための会話を聞かれているとしたら、それでも納得させることはできない」

 せっかく雅史が捻り出した策も、藍にその抜け目を指摘されてとり下げられることとなり、その後も色々と検討を重ねてはみたものの、いい案が浮かんでくることはなかった。


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