【Episode:02】 レインボウズ

犯人捜し


 耐え難い不安と恐怖に怯えながらのドライブが終わったのは、その始まりからおよそ一時間程が経った後だった。

 辛い時間をすごす時は、時間の流れが遅くなったように感じると言われる。体感ではもっと長く感じられたが、流されるロックミュージックの曲数からするとそれくらいだっただろう。

 藍は、ヘッドフォンとシートベルトを外されて車外へと連れ出され、銃口を背中に押し当てられながら少し進んだところで、その細い右肩を掴まれてぐいと後ろに引かれ、立ち止まらされた。

 鍵で錠を開ける音が聞こえたかと思うと、藍は勢いよく背中を突き飛ばされ、後ろ手に手錠を嵌められて両手の自由が奪われた状態だったため、上手く受け身をとれず、敷かれていた床に身体を強かに打ちつけることになってしまった。歯を噛み締めて痛みに耐える。固く、冷たい感触のする床だった。

 藍が、これからどんな乱暴を受けることになるのだろうかと、恐怖に震えていると、口を塞いでいたテープが剥がされ、目隠しが解かれた。

 長く視界を覆っていた闇から解放され、ゆっくりと瞼を開いた藍が、瞼を瞬かせながら、次第に明るさに慣れていくその目に映すことになったのは、意外にも懐かしい顔ぶれだった。最近はほとんど会う機会もなくなった小学生の頃の友人達が集っていたのだ。

 藍は、小学生の高学年だった頃、それぞれの名前に虹の色をもつ仲間達で結成された、〈レインボウズ〉という仲良しグループのメンバーの一人だった。そこにいたのは、その〈レインボウズ〉の他のメンバー達だったのである。

 こういう形での再会でなければ、ともに再会を喜び久闊を除すこともできただろうが、他の皆も、藍と同じように両手を手錠で拘束されながら、冷たいコンクリート敷きの床に腰を据えさせられているというような状態だった。

 どういう理由でかは知らないが、〈レインボウズ〉のメンバーだった者達が揃って拉致されたらしい。

 地元での成人式でも顔を合わせることがなかった、小学校を卒業して以来の者もいて、成長して顔つきや体格もだいぶ変わってはいるが、そこかしこにあの頃の面影を残している。

 ただ、その中に一人だけ、〈レインボウズ〉のメンバーとして知らない顔の青年が混じっていた。アイドルかモデルかというような、鼻梁がすっと通った端正な顔つきをしているが、どこか作られた感がある美貌だと藍は感じた。

 藍は覆面の男によって、その〈レインボウズ〉のメンバーだった皆と見知らぬ青年の元へと背中を押して進まされ、同じように腰を床に据えさせられて、その輪の中に加えられた。

「これで、全員が揃った」

 覆面の男が、妙に甲高い奇矯な声を出した。自宅の庭でラグナが口汚く怒鳴られた時に聞いた声とはまったく違う。覆面の口許あたりが前に突き出ているので、そこでボイスチェンジャーを通しながら喋っているのだろう。

 その覆面の男は、被っている黒い覆面の下も、薄手の黒いサマーロングセーター、黒い革手袋、黒いスラックス、黒い革靴と、全身黒ずくめで、黒光りする銃を右手に持っている。顔で覗いているのは、そのぎょろりとした双眸だけだ。

「まずは、ここにお前達を集めた理由を説明してやろう」

 覆面の男が、甲高い声で続けた。

「今から十三年前、お前達がまだ小学生だった頃、鼻ったれたガキのくせに、〈レインボウズ〉なんていう格好つけたグループを作っていたな。その中に滝川美登里たきがわみどりという名前の女の子がいたはずだ」

 確かにその通りだ。滝川美登里は、大人びていて綺麗で性格も良く、周囲から羨望の眼差しを向けられて憧れの的となるような女の子で、〈レインボウズ〉においてもアイドル的な存在だった。

「それがどうしたってんだ! 早くこの手錠を外しやがれ!」

 そう声を荒らげて食ってかかったのは、青葉貴人ときわたかと。メンバーの中で一番やんちゃで体格のいいガキ大将タイプだった彼は、現在は、地元の自動車販売会社でセールスマンをしていると聞いている。子供の頃は身なりに頓着するような彼ではなかったが、大人になるにつれて環境が彼を変えたんだろう。着ているTシャツには、高級ブランドのロゴが入っていて、首からは、自分の名前が漢字で刻印されているシルバーアクセサリーを提げている。

 覆面の男は応じることなく、かつかつと革靴を鳴らしながらその貴人の元へと歩み寄ると、身を屈ませ、その右手に持っていた銃のグリップで、床に腰を据えている貴人の左頬を力強く叩いた。

「がはっ!」

 貴人が、唾を飛ばしながら痛みに小さく叫ぶ。

「俺が許可しない限り、お前達に発言は許されない。今後その禁を破って俺を侮辱するような発言をしたとあれば、この程度の罰では済まされないことを覚悟しておくんだな」

 覆面の男は、ぎょろりとした双眸で、痛みに喘ぐ貴人を睨めつけながら脅し、話の続きを始めた。

「滝川美登里は、十二年前の今日、突然消息不明となり、今になってもその行方は分からないままとされているが、実は、お前達が山中に作っていた秘密基地のあった場所の近くの、フェンスが張られて立ち入りが禁止されていた先の崖から滑り落ちて死んでいたんだ。だが、それは事故なんかじゃなかった。その日その秘密基地で一緒に遊んでいたお前達の中に、滝川美登里を崖から突き落とした犯人がいることは、既に分かっている」

「俺達の中に、美登里を殺した犯人がいるってのか?」

 そう声を向けたのは、〈レインボウズ〉の中でリーダー役を務めていた赤井雅史あかいまさしだ。色んな場面でイニシアティブを発揮して皆をまとめていた。性格的な理由でということもあるが、幼い男児が夢中になる戦隊ヒーローもののリーダーは『レッド』といういつの時代も変わらぬ不文律があり、その赤が苗字に含まれていることが一番の理由だった。父親は県知事を務めたこともある地元の名士で、彼もまた、その地元の若手市議会議員として、政治の世界に身を置いている。

「許可しない限り、発言は許さないと言ったはずだ」

 覆面の男は言うと、手にした銃を雅史へと突きつけながら、

「お前も、そいつと同じ目に遭いたいのか?」

 脅された雅史が、くっと悔しげに唇を噛む。

 覆面の男は、それでいい、とばかりに満足げに肯くと、

「お前達の中にいる犯人が、『私が滝川美登里を殺しました』と名乗り出て、その罪を贖うことを約束するのであれば、お前達全員を家に帰してやる。これから一分間だけ時間をやるから、そのつもりがあるのなら、その間に名乗り出ろ」

 と左手首のセーターの袖の部分に嵌めた腕時計に目をやった。

 だが、重苦しい一分間がすぎたが、沈黙が破られることはなく、「一分が経った」と覆面の男は顔を上げ、

「誰も名乗り出ないということは、お前達の中にいる犯人は、その罪を告白し贖うつもりはない、ということだな。であれば、それなりの対応をとらせてもらう。これからお前達を、この廃ビルにある六つの部屋の中に、それぞれ一人ずつ監禁する。そこには、各々で通信が可能なように、その設備が整えられたノートPCが置かれている。それを使って会話することで、この中に潜んでいる滝川美登里を殺した犯人を、自分達の手で突き止めてもらう。だが、お前達に与えられた猶予は無制限というわけじゃない。後二十分程が経った午後九時にその〈犯人捜し〉が開始されてから、二時間が経過するごとに一人ずつが消されていき、十二時間後――明朝の午前九時までにその犯人が突き止められない場合、お前達全員がこの世から消えていることになる」

 『最後に待つのは、』――その言葉に戦慄を覚えながら、藍は思わずごくりと生唾を飲んだ。

「その〈犯人捜し〉のルールにおいてだが、それから逸脱した無駄な会話ばかりを続けるようであれば、〈犯人捜し〉を放棄したとみなして、制限時間とは関係なく、お前達の中の一人が責任を被ってペナルティを受けることになる」

 そう告げられた後、藍達は覆面の男によって、一人ずつ、この建物の中にある別々の部屋へと連れて行かれることになった。

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