第61話 仮止め
俺とA子のテザーを全て足した長さでも届かない。
それほど輸送機ゼラニウムと離れてしまった。
最後の、そして唯一の帰還手段だと考えていたことが粉砕された。
俺とA子は今、高速で惑星Tの周りを飛びながら少しづつ落ちている。
通信が不通なので身振り手振りでA子に会話を試みた。
A子もハンドサインで色々質問をしてきたので答えた。
まず彼女は宇宙服の部品を一つづつ外すのはどうかと聞いてきた。
細かい部品を外してそれを投げた反動で微調整しながら上昇、帰還する方法だ。
しかしこれはすぐに無理だと分かった。
実はテザー(命綱)の収納されたボックスなど外せる部品は多い。
しかし簡単には外せない。
ゼラニウム内で特殊工具を用いてやっと外すことが出来るだけだ。
分厚いグローブでネジを回して外せるような簡易な作りではない。
(船外活動中にどこかに引っ掛けたぐらいでは外れないようになっている。)
次にA子はどちらかが踏み台になってゼラニウムに戻る方法を手振りで示した。
一人が輸送機に戻り急いで踏み台役を救助する方法だ。
A子を100%信頼する前提でもこの方法では帰還できないことは明白だ。
微調整の出来ない一発勝負ではこの長距離は戻れない。
こんな時に炭酸ガスのスプレーがあればと思った。
あの緊急時に使うスプレーはA子に追いつくために使ってしまった。
後悔は無い。
あの時にスプレーを使わなければ今ごろ俺は船外に締め出されていただろう。
しばらくしてA子は俺の中断した作業のことを手振りで聞いてきた。
彼女に先を越されると思って途中までやり残してきた作業のことだ。
俺は船外活動でゼラニウムの連結部分を解除していた。
これは第一と第三体育館を投下する準備作業だ。
ロックを外して仮止めのような状態にまでしている。
もしかしてこの作業が原因か?
人工知能の紫さんは必ず俺たちの位置をつかんでいるはずだ。
通信途絶の原因は不明だが助けに来ないのはおかしい。
紫さんがこの高度まで降りてくれば良いだけだ。
それが出来ない理由がこれか。
仮止め状態の体育館を抱えて無理に軌道を変えればどうなるか分からない。
バランスを崩してゼラニウム全体が惑星Tに落下するか。
仮止めが外れて体育館同士が衝突するか。
何が起こるか分からない。
さらに仮止め状態なので紫さんの判断で体育館を投下することも出来ない。
そう考えるとA子は最悪のタイミングで船外に出てきたことになる。
最もデリケートな作業中に第一と第二体育館を乗っ取ろうとした。
偶然と考えるにはあまりにもタイミングが悪過ぎる。
何か俺は重大な見落としをしているという気がした。
気づくとA子はまた誰かとしゃべっている雰囲気を出していた。
分厚いヘルメットで表情も分からず音声も聞こえないが、そう感じる。
人間は意外に他人の物腰を見ていて、こういう勘はよく当たる。
しばらくしてA子はバッテリーパックとテザーボックスを指さした。
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