第59話 反射

少し落ち着いたのでハンドサインでA子と会話を試みた。

俺が言いたかったことは、こうだ。

現在の二人の位置はゼラニウムのはるか下方に位置している。

A子が俺を突き落としても反動では正確に帰れないぐらい遠い。

一回のチャンスでは正確にゼラニウムに接近できない距離だ。

もちろん俺がA子を突き飛ばしてもゼラニウムには戻れないだろう。


先ほどの殴り合いとハンドサインでおおよそ伝わったみたいだ。

その証拠にA子は自分のテザーを俺のフックにかけて固定した。

さらに彼女は小物をつなぐワイヤーも俺の胸元のフックに固定した。

これで双方が相手を突き放すことは容易ではなくなった。


しかしそれにしても、不思議なのは人工知能の紫さんだ。

紫さんからの通信が全くないのは機器の故障の可能性がある。

故障の場合でも紫さんは船外カメラで俺たちを見ているはずだ。

常に隕石を監視する高性能カメラが二人を見逃すはずは無い。

もし見えていれば通信出来なくても迎えに降りてくるのが普通だ。

もしかすると俺たちの高度が落ちすぎたか。

いや、この程度の高度ならばやれるはずだ。

ゼラニウムが減速して高度を下げ俺たちをピックアップする。

それが無理だとは到底思えない。


酸素はどのぐらい持つか?

幸い、空気リサイクル装置が付いたタイプの宇宙服だ。

直前まで長時間の船外活動をしていたので偶然これを着ていたというのが正しい。

このタイプの宇宙服ならば数週間の船外活動に耐えられるはずだ。

よく見るとA子も同タイプの宇宙服だ。

彼女の場合は簡単に着られるタイプを室内で使いつくした結果だろう。


俺はA子の金色のヘルメットをじっと見た。

強く金色に反射して顔の表情は分からない。

しかし彼女は誰かとしゃべっている。

いや、そう感じる。

宇宙服を着ていても頭部の動きや雰囲気で分かることだ。

今、彼女は誰かと会話している。





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