第58話 前蹴り

俺がA子のヘルメットを殴ると彼女の上体はのけぞった。

A子の両足のクラッチが外れたが距離は50センチ程度に固定されている。

A子とは向かい合わせでワイヤーなどでフックしてある。

俺とA子は正対したまま離れられない関係だ。


A子が前蹴りで俺の下腹部を鋭く蹴った。

しかしこの宇宙服の耐爆性能により全くダメージは受けなかった。

とはいえ今の前蹴りは生身で受ければ大怪我になることは分かった。

A子が格闘術を学んでいることは間違いない。

彼女の前蹴りに激怒した俺は続けてA子のヘルメットを殴った。


俺は「ォオ!」という声をもらしながら力を込めてA子を殴り続けた。

おそらく彼女にダメージは届いていないだろう。

こちらも彼女が続けて繰り出す蹴りのダメージは無い。

いくら殴っても殴られてもフワフワ夢の中の感覚だ。

現実の事とは思えない。

宇宙空間でのチェーンデスマッチは。


お互いに100回以上相手を殴ったり蹴ったりして闘争は終わった。

疲れて二人とも手が出せなくなったのが正直なところだ。

ヘルメット内には俺の荒い呼吸音だけが反響していた。



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