第25話 往復

暗い体育館に白い宇宙服が浮いている。


ハルカワが船外活動の訓練をしたいと言うのでプログラムを組んだ。

実際に宇宙空間でパニックになると困るのでまずは第二体育館内で行う。

幸い室内も無重力なので照明を落とすと船外のように見える。

会社としても緊急時に俺の代わりにハルカワに出てもらえるメリットがある。

というわけで体育館室内の前後を壁沿いに往復する訓練が続いている。

俺はコックピット内でハルカワのインカムと通信して支援してる。


俺「セーフティーテザーをフックの確認は?」


ハルカワ「確認した。」


俺「じゃあ、ローカルテザーを外してもう一往復開始。」


ハルカワ「了解。」


ローカルテザーとは短い命綱だ。

両手を離しても体が船体から離れないためのもの。

セーフティテザーは長い命綱だ。

もしローカルテザーが切れた時はこれが重要になる。

このどちらかの命綱を船体にフックしておく必要がある。

俺は登山に似ていると思う。

何か別のことを話していても自然に出来るようにわざと雑談する。


俺「ハルカワは陸軍で治療経験とかある?」


ハルカワ「何で?」


俺「衛生兵とかよく聞くから。」


ハルカワ「自分は応急処置ぐらいは訓練したけど。」


俺「ふーん。じゃあ無理か。」


ハルカワ「何が?」


俺「大怪我した時の治療がね。」


ハルカワ「あ、そうか。この環境では大怪我は怖い。」


俺「そそ。大ヤケドとか怖いね。」


ハルカワ「たしかに。でも皮膚なら第三体育館に移植用の検体があるはず。」


俺「検体? 遺体のことか。あれって使えるのかな。」


ハルカワ「冷凍睡眠装置から解凍すれば使えそうだけど。」


俺「紫さん、あの検体って使えるの?」


紫さん「はい、使えますが問題があります。」


俺「問題って?」


紫さん「このゼラニウムには医師が乗ってません。」


ハルカワ「そうか。臓器があっても手術する医者がいないか。」


俺「忘れてた。」


ハルカワ「でも地球から遠隔操作で手術出来るのでは?」


俺「お、小型ロボットアームの遠隔手術か。いいアイディアだな。ハルカワ。」


紫さん「残念ですが。通信に数時間かかる距離では遠隔手術は無理です。」


ハルカワ「・・・」


俺「・・・」


紫さん「・・・ぺィ。」


ハルカワ「ぺィ?」


俺「気にすんな。鳴き声だよ。」


ようやく往復作業が終わりそうだ。

この白い宇宙服は各体育館に数個づつ積まれている。

船外活動で損傷した時の予備だそうだ。

宇宙服の形は爆弾処理班の対爆スーツに似ている。

胴体の装甲のわりには手足の布が薄いと思う。

小さな隕石が当たったときは手足が消し飛ぶだろう。

しかし手足にも装甲を厚くすると動けなくなるジレンマがある。


最後にわざとハルカワにローカルテザー無しで両手を離すように指示した。

彼の体が壁からスルスルと離れていった。

セーフティテザーが伸び切ると、力が全くかかっていない状態になる。

この長いテザーは巻き尺のように弱いバネが入っている。

全く力をかけないとバネの力でジワジワとテザーが巻き戻る。

やっとハルカワが壁に戻ったので訓練終了になった。


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