第11話 火山
エアロックの点検をしながら、お気に入りの曲を聴いている。
いつも聴く曲は「水谷風 沙涼子」のアルバムだ。
彼女の曲を知ったのはだいぶ前だが、どの曲も素晴らしい。
彼女は10枚のアルバムを出しているが、すべて売上ランキング1位をマークしてる。
これは驚異的な偉業だそうだ。
1年に1枚のペースで12曲入りアルバムをリリースするのだから。
一か月に一曲のペースで作曲してランキング1位を10年間キープし続けた。
彼女は自分で作詞作曲からライブやグッズのデザインまでこなす。
もちろん彼女にテレビ番組に出る時間は無い。
白色のエアロックは各体育館の左右に一つづつある。
三つの体育館で計6つのエアロックがある。
大きさと形は航空機のハッチぐらいで宇宙服を着た人間が立ったまま入れる。
「水谷風 沙涼子」の作詞のメインテーマは男女の恋愛関係だ。
しかし裏には人の生き方に関するテーマも隠されてる。
春夏秋冬の季節の描写がまた斬新で素晴らしい。
俺のように彼女の才能に惚れているファンは全世界にいる。
彼女はメディアに出ないから曲は聴いたことはあっても皆顔は知らない。
だから「水谷風 沙涼子」は普通に街を歩く。
熱心なファンだけが彼女を見分けるが声はかけない。
彼女が猛烈に働いているのを知っているのでオフを邪魔しないためだ。
こうして遠くから撮影された彼女の写真だけがネット上に増えていった。
エアロックを簡単に説明するとビルの回転扉みたいなものだ。
ビルの外と中の気圧が違うと風が吹き込んで砂などが入り込む。
だから外と中がツーツーにならないように小部屋が必要になる。
宇宙船も同じでツーツーになると一気に空気が抜けてしまう。
このエアロックは小部屋を作り出している。
「水谷風 沙涼子」の天性の声についてはどう書いて良いか分からない。
普通の声のように聞こえるが、やはり他とは違う。
独特の声質は直線的に心に響く。
たぶん日常生活では困る感じだっただろう。
彼女は顔も美人だが、それはたいした問題ではない。
手術でいくらでも顔を変えられる世の中だから。
そうなると俺は彼女の才能に惚れていると言った方が正しいだろう。
顔も好みではあるが。
ようやくエアロックの点検が終った。
忙しくしていると孤独は感じない。
デビュー11年目の夏に「水谷風 沙涼子」は火山に落ちて亡くなっている。
オーストラリアの火山の近くで行方不明になって、そう結論づけられた。
遺体は見つかっていない。
ミリオンセラーの歌手がオフの旅行で火山に落ちるかね?普通。
俺は「水谷風 沙涼子」は今でもどこかで生きているという説に賛同している。
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