エピソード5【きみの未来を守るために】⑨




* * * *




――2週間後。



今日は、日差しが暖かい。

もう、夏がそこまで来ているんじゃないか、そう思わせるような昼下がりだった。


「カーネーション持ってきたよ……」


そんな汗ばむような日中、僕はお墓の前にいた。

そのお墓に眠っているのは、おじいちゃんでもおばあちゃんでもない。

ましてや、お父さんでもお母さんでもない。


お墓で眠るその人物は、僕の恋人、浦本羅々。


うららだ。


交通事故に遭った直後から、意識がなく重体。

12時間にも及ぶ大手術のかいもなく、うららは2日後の早朝に亡くなった。


「くそっ……」


何で……何でなんだ。

あの時、看板の事故から助けたことによって、うららの未来は変わったんじゃないのか?

なのに、どうしてこんなことに……

どうして……どうして……


「あっ……」


もしかして……未来は変えられないということなのか……?


うららが、あの日、事故に遭うことは運命で決められていた。

僕が看板から救っても、何かしらの事故に遭うのは決まっていたのか?

いや、おそらくそうだ。

そうに違いない。


だって、あの時の自動車事故も不自然だった。

天気も良くて、まだ空も暗くなく、見通しのいい直線の道路。

しかも、うららは、ちゃんと青信号で横断歩道を渡っていた。

車を運転していた加害者の女性は、一瞬、よそ見をしてしまい、信号が赤に変わっていたのを見落としていたらしい。

やはり、不自然で不運すぎる偶然が多すぎる。

ということは、もしあの時、車の事故から助かっていても、うららは他の事故に巻き込まれ、亡くなっていたかもしれない。


あの日、事故に遭って亡くなること。

それが、うららの運命と言うのならば。


「うらら……」


僕は、お墓に水をいっぱいかけてやった。

暑がりな彼女のために、何度も何度もやさしく水を流してやった。


「うらら……絶対、助けてやるから……」


誓うよ。

僕はきみを助けると、心に固く誓うから。


「絶対……助けてみせる……」


そして、唇をぐっと噛みしめた。


未来がある。

僕とうららには、絶対、明るい未来が待っているはずなんだ。


そう。

再び、うららの死を目の当たりにしても、僕はまだ希望を失ってはいなかった。


僕には考えがあった。

まさか、2度体験することになろうとは思いもしなかった、うららの葬儀を終えたあと、ふと頭にある考えが浮かんだ。


それは、至極、簡単なこと。

もう1度、戻ればいい。


『リターン』


このタバコを使えば、過去に行くことができるんだから。


戻ればいいんだ。

うららの未来を守るために。


「うらら……待ってろよ」


何度でも、何度でも、戻ってやる。


うららを助けることができるのなら。




僕は、何度でも過去に戻ってやる――――







* * *






――1年後。




「あった!」



2011年5月15日――



僕は、例のタバコの自販機の前にいた。


ここまでくるのに、1年の月日が流れていた。


そう。


実をいうと、あれから約1年を普通に過ごさなくてはならなかった。


まあ、だいたい予想はしていたことだが。


2011年の5月14日から16日の間に設置されるだろうと、おおよその見当はついていた。


だから、この自販機が設置されるまで、また1年待つ必要があった。


長く苦しい1年だった。


そして、やっと、この自販機の前に僕はいる。


そこには『リターン』のタバコもあった。


やはり、ピーアールポップには『煙が無くなった時、新しい世界の扉がきっと開いているでしょう!』と書いている。


そして、パッケージにも前と同じく『あなたを綺麗に浄化する作用があります』と書いている。




なるほど。


今となっちゃ、この意味も良く分かる。


だって、吸えばタイムスリップして、1からリスタートできるんだから。



「よし……」



僕は自販機に200円を投入し、待ち焦がれて夢にまで出てきたタバコを手に取った。



これだ……あの時と全く同じリターンのタバコだ。


だけど、次に吸ったら、僕はどの日にタイムスリップするんだろう。


おそらく、またトイレの個室に戻るに違いない。


だって、人生で『早くここから出してほしい』と思ったのは、あれぐらいだからな。


あっ、あとはエレベーターもあったな。


最初にタイムスリップした時のエレベーターも可能性は高いな。


でも、それ以外は、もう思いつかない。


『閉じ込められて早く出たい』と思った場所は、他に心当たりがない。



「まあ、でも……」



いいんだ。


違う場所にタイムスリップしても、別に問題ない。


失敗したら、何度でも戻って助けてやる。


うららの運命を変えられるのは、僕しかいないんだから。



変えてやる。


絶対に、うららの未来を変えてやる。




――10分後。



「うらら……待ってろよ……」



僕は、急いで家に帰り窓を閉め切ったあと、すぐさまタバコに火を灯した。



「き、きた!」



すると、前と同じく、煙が僕の周りを急激なスピードで覆い始めた。



「ゲホッ! ゲホッ!」



く、苦しい!


やっぱり、煙が充満するにつれて、息ができなくなる。



「ゲホッ! ゲホッ!」



出たい!


この煙の外に、一刻も早く出たい!



「ゲホッ! ゲホッ!」



出してくれ!


煙の牢屋から僕を出してくれ!



そして、うららの側に!


うららの側に連れてってくれ!




神様


あぁ、神様




うららに


生きているうららに会わせてください








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