エピソード5【きみの未来を守るために】⑦
――それから、数分後。
僕は、病院のロビーに移動して、椅子に座りこみ、あることを考えていた。
それは、このタイムスリップの仕組みについての、僕なりの推測だった。
あのタバコ『リターン』を吸うと、煙に覆われて『魂』が過去にタイムスリップする。
『本体ではなく、僕の中身だけ』が過去に飛んでしまうといったところか。
そして、タイムスリップする場所だが、この2回の経験で、だいたい分かりかけてきた。
おそらく『どこかに閉じこめられていた場所』に行くようだ。
1回目は、エレベーターの中。
2回目は、トイレの中。
2つとも、僕が過去に閉じこめられていた場所だ。
どうも、このあたりが、煙とリンクしているように感じる。
というのは、煙、エレベーター、トイレ、これらには共通点がある。
『僕が、ここから出たいと思っている』
ということである。
だから、煙に覆われて『ここから出たい』と思った時に、同じように『ここから出たい』と思った過去の場所に、魂がタイムスリップしているようだ。
とまあ、これが、僕なりに考え出した結論だった。
そしてもう一つ、あのタバコのピーアールポップには、こう書かれてあった。
《煙が無くなった時、新しい世界の扉がきっと開いているでしょう!》
なるほどな。
確かに、誰も体験したことがないような世界に辿り着いてるよな。
いったい、あの自販機は何なんだろう?
分からない。
そこまでは、分からない。
とにかく、いま僕は約1年前にタイムスリップしている。
それは、まぎれもない現実だった。
「さてと……」
とりあえず……これから、どうしようかな。
タバコの効力も分かったし、いったん家に帰ろうかな。
そして、これからのことをゆっくり考え……
――その時だった。
「あれ?」
僕は、自分の服がいつもと違って、全て着飾っていることに気がついた。
「ダークブラウンのジャケット……?」
まず、上着。
このジャケットは、普段はあまり羽織らない、とっておきの服だ。
「この白ソールの靴は……」
そして、今履いている靴は、普段めったに履かないクラシックなイタリア製の靴。
何か特別な日に履く靴だ。
「え……?」
とっておき……特別……
あっ!――
「わ、分かった!」
僕は、思わず椅子から立ち上がり、息を飲み込んだ。
それは、心臓が止まるかと思うぐらいの驚きだった。
そうだ!
そうだよ!
「今日は、あの日だ!」
僕はやっと、自分が今いる場所の正確な日付を見つけることができた。
もちろん、1年ぐらい前にタイムスリップしてきたことは、なんとなく分かっていた。
だが、やっと分かった。
今日が、何月何日かはっきりと分かった。
今日は、2015年4月29日。
『昭和の日』の祝日。
ということは、うららと付き合って、半年目の記念日の日。
午後6時半に、フランス料理店『アムール・エトランジュ』で待ち合わせをしているあの日だ。
「い、今、何時だ!?」
僕は、腕時計に慌てて目をやった。
5時58分――
そう。
デジタルの腕時計は、5時58分を示している。
待ち合わせの時間は、6時半。
ここから、アムール・エトランジュまでの距離を考えれば、時間的にはまだ少なからず余裕がある。
だが、そこじゃない。
大事なのは、そこじゃない。
「ちょ、ちょっと待てよ……うららと付き合って半年目の記念日ということは……」
すなわち、うららが亡くなった日だ――――
そう。
それは、絶対に忘れられない事実。
うららはこの日、アムール・エトランジュに行く途中、落下してきた看板に衝突し命を落とした。
「た、確か……」
看板が落ちてくるのが、6時23分。
うららの腕時計が、看板落下の衝撃によりその時間で止まっていたから、それは間違いないはず。
この病院から看板の事故現場までは、急げば約15分。
現在時刻は、5時58分。
ということは、今から走れば6時13分に現場に着く。
間に合う。
今からなら充分間に合う。
落下する看板から、うららを助けることができる。
うららが死ぬのを防ぐことができる。
「す、すごいぞ! これはすごいことだ!」
僕は、全速力で病院を飛び出し、事故現場に向かった。
できる。
できるぞ。
僕は、未来を変えることができる。
うららを救うことができるんだ。
「待ってろ! 待ってろよ、うらら!」
この近辺の道は夕方だと渋滞で、タクシーを拾うより走ったほうが早いはず。
だから、走った。
僕は、うららを助けたい一心で、全力で走った。
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