エピソード5【きみの未来を守るために】④




* * * *




「あれ?」


マンションから急ぎ足でコンビニへ向かっていた僕の足が、その途中でピタッと止まった。

コンビニへは、マンションを出て裏通りの近道を行けば、歩いて5分で着く。

その通り道。

タバコの自販機が、新しく設置されていた。


「いつからあったのかな……?」


3日前にここを通った時は、まだなかった。

ということは、昨日か一昨日に設置されたのか。


「タバコ……か」


僕は、タバコの自販機を見ながら、何気ないあの時のことを思い返していた。

あれは、ちょうど20歳になってすぐぐらいの時。

前々から興味があり、タールの軽いやつから吸い始めたんだよな。

たぶん、父親の影響もあったのかもしれない。

よつば銀行に勤務する父は、タバコが大好きでいつも美味しそうに吸ってたもんな。


とにかく、最初は吸い方も味もよく分からなくて、咳き込んでばかり。

でも、徐々に美味しさが分かってきて、気づくと1日に15本以上吸ってたこともあったっけ。


だけど、うららと付き合い始めて2週間後──


「こら! 何本吸ってるのよ! もう、マコトは2度と吸っちゃダメ!」


って、うららにすぐ止めさせられたんだよな。

『別にいいじゃないかよ』って、一応反論したっけ。

でも──


「マコトがタバコを止めないなら、私は別れるから! 友達にさえ戻ってやらないからね!」


って、余計に怒らせたっけ。


あれからだよな。

僕が、タバコをピタッとやめたのは。

だって、いくらタバコが好きでも、うららを失うなんて考えられない。


うららは、飛び抜けて大好きなんだから。

そのうららと別れるなんて、考えられないもんな。


今思えば、うららは、僕の健康のことを本気で心配してくれてたんだよな。

覚えたてで、吸うことが楽しくてたまらなかった僕にブレーキをかけてくれたんだよな。


でも、何だろう。

こうしてタバコの自販機を見ていると、また、タバコが吸いたくなっちゃったよ。


「うらら……」


僕の前から、きみがいなくなったからかな。

何でか分からないけど、無性に吸いたくなっちゃったよ。


「なあ、うらら……」


きみがいないと、誰が僕の健康管理をしてくれるんだよ。

いつもみたいに『タバコは絶対禁止だからね!』って言ってくれよ。


怒ってくれよ。

僕は、ヘビースモーカーなんだからさ。

このままじゃ、また毎日吸ってしまいそうだよ。


「あのさ、うらら……」


とりあえず、今日だけ大目に見てくれないかな。

少しだけ、あの時、きみに怒られた思い出に浸りたいんだ。


僕は心の中で、うららに手を合わせてお願いした。


ごめんな。


今日だけ許してな。


天国でふくれっつらになってるであろう、うららに、何度も何度もお願いした。



「さてと、どれにしようかな……」


そして僕は、自販機のタバコを見渡した。

ざっと見ても、20種類ぐらいはありそうだ。


「色んな銘柄があるな……」


その自販機は、タバコの種類が豊富だった。

メジャーなものから、あまり聞き慣れないものまで、色んな種類があった。


「あれ……これは何だろう……?」


すると、左上の1番はしっこに、見慣れないタバコを見つけた。

『リターン』

そのタバコは、リターンという銘柄だった。


何だろう?

タバコの種類には詳しいほうだと思っていたが、全く聞いたことがないな。


「値段は、いくらなんだろう……えっと……」


もう一度、リターンのタバコに目を移したその時、僕は「えっ!?」と思わず声を上げてしまった。


「200円!?」


ほ、本当かよ、すごく安いな。

タバコが値上げする一方の中、この安さはものすごく魅力だな。

僕は身を乗り出して、そのタバコをさらに覗き込んだ。


「あれ……? パッケージに、何か書いてあるな」


すると、とても小さな文字だが、何か書いていることに気がついた。

目を凝らしてその文章を読んでみると、そこにはこう記してあった。



《こちらのタバコは健康に問題ありません。あなたを綺麗に浄化する作用があります》



「え……?」


僕は、目を丸くして驚いた。

もちろん、その文章が原因だ。


健康に問題ない──


それは、とても衝撃的なフレーズだった。


「な、何だって……そんなことがあるのか??」


一気にそのタバコが気になり始めた僕は、さらに、張ってある小さなピーアールポップにも目を通し始めた。



《新発売! あなたはもう、この煙から逃れられない! 煙が無くなった時、新しい世界の扉がきっと開いているでしょう! さあ、さっそく吸ってみよう!》



新しい……世界……?



《ただし、吸い過ぎには注意してね!》



ピーアールポップの文章は、こんな感じだった。

まあ、健康に害がないって書いているくせに、吸い過ぎ注意っていうのは、どうかと思うけど。

今の健康ブームだと、そう書くのが当たり前なんだろうな。


ていうか、何だろう?

そんなに心地良くなれるんだろうか。

あんな文章でアピールされちゃ、他のタバコは目に入らないよな。


「じゃあ……」


これにするか。

値段も安いし、何より興味があるしな。



僕は久しぶりのタバコに胸を躍らせながら、百円玉2枚を投入した。






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