エピソード5【きみの未来を守るために】③




* * * *





――2016年5月16日。



「ちょっと、コンビニへ行こうかな……」


日曜のお昼前。

冷蔵庫を開けても、お腹を満たしてくれる物は何も入っていない。

しょうがなく、僕は昼ご飯の買い出しのため、コンビニへ行く準備を始めた。


「少し寒いな……」


もう5月だというのに、今日はいつもより気温が低い。

あっ、そういえば……この2、3日は、季節外れの冷え込みだと天気予報で言っていたような気がするな。


「何か上着を羽織らなきゃ……」


出かけようとする気持ちをいったん抑え、僕はクローゼットの中を物色し始めた。


ちなみに、今着ている服は、ベージュのチノパンに白のロングTシャツ。

結局、僕は1番手前にあったモスグリーンの薄手のジャンバーを、その上に羽織った。


あっ、そうだ……上着といえば、3日前は恥ずかしかったな。

あの日は、有給休暇で会社も休みだったから、朝ご飯を買いにコンビニへ行こうとしたんだっけ。

買いたてのグレーのパーカーを来て行ったんだけど、値札を取り忘れてたんだよな。

首のあたりに、ずっとプラプラと値札がぶら下がってたっけ。


ハハッ。

もし、うららがいたら大笑いしてたんだろうな。

まあ、部屋に戻ったらすぐにハサミで切ったし、誰にも気づかれなかったのが、せめてもの救いだな。


「今日の昼は、唐揚げ弁当にでもするか……」


そして、僕はお昼の献立を考えつつ、自分の部屋がある3階から、マンションのエントランスに下りてきた。

──すると。


「おう、春野くん。お出かけかい?」


僕に声をかけてきたのは、このマンションの管理人さん。

年は70歳。

年齢を感じさせない、とても元気のいいおじいさんだ。


マンションの住人からは、すごく評判がいい。

なぜなら、日頃から面倒見がよくて、困ったことがあったら、すぐに駆けつけてくれるからだ。

僕も以前、トイレの水が流れなくなった時に、かなりお世話になっていた。

あの頃から、管理人さんとは親しい付き合いだ。


「はい、そうです。ちょっと、コンビニまで」


僕は、笑みを浮かべながら言った。


「何も食べる物がないんで、昼ご飯を買いに行ってきます」

「そうかい、そうかい。おっ、そういえば……」


管理人さんは、僕の首の後ろに顔を近づけ、ジャンバーの襟元を覗き込んだ。


「良かったの~。今日は、値札はついていないようじゃの」

「えっ! 知ってたんですか!」

「そりゃ、目立ってたからの~」

「えぇ!?」


僕は、ポカンと口を開け、手で顔を覆った。


「言ってくださいよ~、恥ずかしい」

「いやね、若い人のファッションかと思ったんじゃよ。でもやっぱり、取り忘れてたんじゃな~。ハハハハ~!」


管理人さんは、お腹を抱えて笑っていた。

僕も、顔をひきつらせながら笑うしかなかった。

ふう……今度からは、服を買ったらすぐに値札を切るというチェックをしなきゃな。

そして、徐々に笑いがおさまってきた時、


「あっ、そうじゃ、春野くん」


管理人さんは、胸の前で手を合わせながら、軽く頭を下げた。


「3日前は本当にすまなかったの~」

「あっ、あの事ですか」


僕は、慌てて手を横に振った。


「いえいえ、大丈夫ですよ。本当に気にしないで下さい」

「迷惑かけて悪かったのぉ……もう、エレベーターの調子はバッチリじゃからな」

「そうみたいですね。ありがとうございました」

「でも、まあ……」


管理人さんは、フーッとため息を吐いた。


「あの時の修理は、川崎エレベーター整備に頼んで失敗じゃったけどな」

「え?」


僕は、意味が分からず少し首を傾げた。


「どうかしたんですか?」

「いやね、レインボーメンテナンスという会社が、うちのエレベーターの修理をできたらしいんじゃよ」

「そうなんですか」

「そこが、仕事も丁寧な上に、また値段が安かったんじゃ。うまくいけば、半額ぐらいの出費で抑えることができたんじゃよ」

「うっわ~、かなり損しましたね~」

「そうなんじゃ。だから……」


管理人さんは、ニヤッと笑った。


「春野くんの家賃を倍にさせてもらおうかの~」

「ちょ、ちょっと、勘弁してくださいよ!」

「ワハハハ! 冗談じゃよ! じゃあ、ゆっくりコンビニへ行っておいで」

「は~い」


ふう、まいったな。

管理人さんには敵わないや。


僕は変な冷や汗をかきながら、頭を下げマンションをあとにした。



実は3日前、エレベーターの調子が悪く、少しの間、扉が開かなくなってしまうという事件があった。


あれは、朝ごはんを買いにコンビニへ行った帰りのこと。

新聞とチョコクロワッサン、ヨーグルトに缶コーヒーが入った袋を持ってエレベーターに乗ると、すぐに故障で外に出られなくなった。

僕1人が閉じ込められたので、管理人さんはすごく気にかけてくれていた。


しかも、今の話を聞く限りじゃ、修理に結構なお金がかかったようだな。

おそらく、次に故障した時は、真っ先にレインボーメンテナンスに依頼するんだろうな。


「おっと」


とりあえず、唐揚げ弁当を早く買いに行かなきゃな。


このままゆっくりしてたら、昼飯を通り越して夕飯になっちゃうな。






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