エピソード3【愛、買いませんか?】⑨
* * *
「あ~、いいお天気」
私は、窓のカーテンを勢いよく開け、朝の日差しをおもいっきり体に吸い込んだ。
あれから、2週間が経過した。
そして私は、また多額の借金を背負ってしまった。
その額、7千万円――
前の借金が1億円だったことを考えると、多少ましのように感じてしまう。
いやいや、全然ましじゃないわ。
困った状態には変わりないわよね。
大きな大きな借金には、変わりがないのよね。
でも、前よりは、気持ちの面ですごく楽なの。
だって、この銀行は闇金のような無茶苦茶な取り立てはしてこない。
だから、少しホッとしている。
でも、なぜでしょう。
なぜ、こんなにゆっくりな返済で許されるのでしょう。
月々、たったの7万円返済でオッケー。
返済年数は、また後日ゆっくりと決めるという。
なぜでしょう。
なぜ、こんなに楽な返済でいいんでしょう。
やっぱり、大手の銀行だからでしょうか。
よく分からないけど、とにかく本当にいい銀行で良かったわ。
私は鼻歌混じりで、朝食の準備に取り掛かった。
すると、その時、リビングのドアが開く音がした。
「おはよう、マイコ」
「おはよう」
パジャマ姿のままでやってきたのは、夫のタカヒロ。
私は、笑顔で朝の挨拶を交わした。
何気ない挨拶。
どこの家庭でも交わされる当たり前の挨拶。
でも、私は幸せ。
この普通の日常が、すごく幸せなの。
ちなみに、タカヒロは本当にまっさらな状態だった。
初めは、言葉もろくに喋れなかったぐらい。
でも、吸収力はすごい。
スポンジが水を吸い込むように、色んな事を学習している。
それは、尋常では考えられないぐらいの速さだった。
春野さんの話では、1ヶ月ほどで、一般の知識や生活に対応できる人間になるらしい。
そうすれば、普通の生活に戻れる。
だから、私は今、色んな事を教えている。
日常生活に必要な言葉や常識。
スーパーでの買い物の仕方。
パソコンや携帯電話の使い方。
人との付き合い方。
そして、何より大事な事――
私たちが愛し合っていたこと。
お互いが大好きで大好きでたまらなかったこと。
家族3人がいつも幸せだったこと。
事細かに、私の心の中にある大切な思い出をゆっくりと語りかけていた。
私は多くは望まない。
以前のタカヒロに戻ってくれれば、それでいいの。
人が良くてやさしくて、今まで通りの、そんなタカヒロになってくれればいいの。
あっ、でも1つだけ、しっかりと教えておかなくてはね。
『連帯保証人にはならない』
これだけは、すぐに教えなくてはいけないわね。
タカヒロ。
これからは、コウタと3人で仲良く暮らしていこうね。
私は、お金よりも愛を選んだの。
多額の借金を背負い、もちろん、生活は決して楽とは言えない。
でも、この選択は間違っていない。
少なくとも、私はそう思っている。
だって、私にとって1番大事なのは、タカヒロが側にいてくれることなのだから。
だから私は、人から聞かれたら胸を張ってこう答えるわ。
愛、買いました――
……ってね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます