エピソード3【愛、買いませんか?】⑦


そして、警察もなぜか手を出さない。

この事実を知らないのでしょうか?

いや、知っているでしょう。

おそらく、警察の上層部の誰かと、この『クリアラバーズ』を扱っている組織は繋がっているのかもしれないわ。

あの闇金が元締めなのは間違いない。

だから、こんな違法行為を行っていても、何もおとがめがない。

そう考えるのが1番しっくりくるわ。

まあ、そこまでの内情を私に教えてくれるわけもないが。


そして、この銀行のように、宝くじ当選者にセールスする銀行もわりと多いようだ。

だからでしょうか。

宝くじに当選した人が、めったにその事実を公表しなかったり、銀行で別室に連れていかれたりするのは、この裏取引があるからでしょうか。

まあ、そこまで深いことが、私に分かるわけもないが。


そして、しばらくの間、商品として置かれている男性をチラチラと遠巻きに眺めたあと、


「あの……」


私は小さな声で尋ねた。


「買う人って……いるんですか?」

「ええ」


春野さんは、にっこりと微笑んだ。


「世の中には、自分だけの愛を手に入れたい方は、数多くいらっしゃいます。そのまっさらな愛がお金を出せば手に入るんです。安い買い物ですよ」

「そうですか……」


そうか……いるんだ……


私は、すごく胸が痛んだ。

今は、愛をお金で買う時代。

どんどんと、何でもお金で手に入れる時代になってきたのかと思うと、何だかやりきれない気分に陥っていた。

しかし、そんな私の気分とは裏腹に、春野さんはさらに話を進め始めた。


「では、お値段の説明をさせていただきます。まず1体目……」


私は説明されるがままに、春野さんが指差す男性に目をやった。


1番左はしの男性は、製造番号『BG1829』

ただし、年齢が60歳近いため、あまり需要はないらしい。

だが、この手のタイプは、一部の若い女性に人気があると聞いてびっくり。

どうやら、お父さんを早くに亡くしたり、生まれた時から事情があり、一緒にいられなかった女性が買うようだ。

父親の姿を投影するのでしょう。

自分を包み込んでくれる温かい愛情を得るために。


値段は、1千万円――


それを聞いた私は、今まで生きてきて初めてというぐらい、目を大きく見開いた。

だが、この世界では、手頃な価格のようだ。


「次に、こちらですが……」


そして、春野さんは、2人目の説明に取り掛かった。


左から2番目の彼は、製造番号『YA3050』

かなりポッチャリぎみ。

元々、力士だったんじゃないか?

そう思わされるような体格をしていた。

年齢は30台前半。

おでぶちゃんが好みという女性は、世の中には多数いるようで、そういう人たちに人気のようだ。


値段は、3千万円――


一気に、さっきの3倍に跳ね上がった。

そして、さらに驚く事実が。

このタイプは、先週、某有名クラブのママが買っていったらしい。

3千万円を、ポンと即金で。


すごい。

すごすぎるわ。


実際に売れたという事実を知り、現実味がぐっと膨れ上がった。


「そして、3番目……」


春野さんは、説明し慣れているのか、滑らかに流れるように話を続けていく。


左から3番目の男性は、製造番号『PD4511』

なかなかの筋肉質。

格闘技か何かをやっていたのではないかと思わされる体格をしている。

年齢は20代前半。

ヒゲや胸毛が濃いので、好き嫌いは別れるが、かなりの売れ筋らしい。


値段は、8千万円――


金額的には、とても考えられない値段だ。

だが、このタイプは、ワイルドな男性が好きな女性にはたまらないらしい。


「最後は、こちら……」


春野さんの分かりやすく丁寧な説明は、さらに続く。


1番右端は、製造番号『HJ0331』

いま、最も人気のタイプらしい。

20代後半で、笑顔もさわやかな癒し系。

OLからセレブ系のマダムまで、女性から絶大な支持を得ているようだ。

かなり深くうつむいているので、顔ははっきり見えないが、確かに綺麗な顔立ちをしていそうだ。

いったい、1番人気のタイプは、どんな感じなのかしら。

一緒に暮らすと、それほど愛を提供してくれるのでしょうか。

多少、好奇心もあったが、あまり深入りしたくない気持ちのほうが強かったので、私は何も言葉を発しなかった。


すると、春野さんは「おや?」と言いながら首を傾げ、


「おっと、すみません」


と、私に対して軽く頭を下げた。


「こちらの商品は、少し顔が見えにくかったですね」


よいしょ、と春野さんは彼の体勢を整えた。

姿勢を正され、彼の顔が明らかになる。

私の目に、その姿が飛び込んでくる。

彼の顔を認識して、私の脳が反応するまで、わずか0.2秒。

――そして、次の瞬間。



「あっ!」



う、嘘!?



私は、思わず口を両手で押さえ、彼の顔をより一層覗き込んだ。

なぜなら、その商品、製造番号『HJ0331』は、見覚えのある顔だったからだ。



「タ、タカヒロ……?」



そう。

そこにいたのは、私の夫。





タカヒロだった。







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