エピソード3【愛、買いませんか?】⑤



 * * *




――3日後。



「ママ~、おなかすいた~」

「じゃあ、ホットケーキ作るから、ちょっと待っててね」

「やった~!」

「アハハ」


ウフフフ。


楽しいわ。

なんて楽しいのかしら。


あれから3日が過ぎた今、私はコウタと一緒に平穏な生活を送っている。

やっぱり、あの領収書は本物だったようだ。

現に、あれからヤクザの取り立て人は来ていない。

私の借金は、完全に無くなっていた。


よかった。

本当によかったわ。

私はもう、綺麗な体なのよね。


とにかく、この3日間は、バラ色の日々だったわ。

何気ない毎日がこんなに素晴らしいものだったのかと、再認識ばかりしていたわ。


「ウフフフ……」


ムフ。

ムフフフ。


そして私は、毎日笑いが止まらなかった。

だって、手元には例のアレがあるのだから。

そう。

5千万円の当たりくじが。


ムフ。

ムフフフ。


借金が無くなった今、この5千万円は全部私のもの。

最高級のおいしい料理も食べられる。

ブランド物の服だって着ほうだい。

コウタが欲しがってた、電車の模型も買ってあげられる。

いやだ、もう。

何でも、買い放題じゃない。


そして、贅沢するだけじゃなくて、もちろん貯金もしなくちゃね。

雀の涙ほどに少なかった貯金額が、ガボッと増えるわ。


もう最高。

いい事づくしじゃないの。


「あ~、生きてるって素晴らしいわ~!」


私は満面の笑みを浮かべ、1人で舞い上がっていた。

だって、地獄の中の地獄から、いきなり天国にお引っ越しが出来たのだから。

これが、舞い上がらずにいられますかっての。


「さてと!」


じゃあ、そろそろ銀行に行って、この当りくじを大金に換えようかしら。


「よし! 行くわよ!」


私は母親にコウタを預けて、弾むような足取りで銀行に向かった。



――30分後。



「よつば銀行……ここだわ」


家から電車で3駅の所に、その目的地は存在していた。

銀行の中でも、大手の部類に入る、よつば銀行。

結構、近い所にあるのだが、普段この銀行は利用したことがなかった。

しかし、まあ、銀行員のおえらいさん達は、びっくりするでしょうね。

なんたって、私は高額当選者なんですから。


「ど、どうしよう。なんだか緊張してきちゃったわ」


あ~、ダメ。

胸が高鳴るドキドキ感を抑えきれないわ。

と、とりあえず、平静を装わなきゃ。

浮かれた怪しい変質者に思われかねないわ。


「落ち着け……とにかく、落ち着け……」


私は、自動ドアの前で一度大きく深呼吸をしてから、銀行の中に入った。


「えっと……」


そして、まずは周りを見渡した。

というのは、宝くじが当った場合、どうすればいいのか全く分からなかったから。

こんなケースは初めてだから、どう手続きするかもよく分からない。

私は、首を軽く動かし、誰か手頃な人がいないか探し始めた。


「あっ……」


すると、融資係のあたりにいる、40代ぐらいのスーツを着た男性が目に止まった。

よし。

このまま、ここでウロチョロしててもしょうがないし、あの人に声をかけよう。


「はぁ……緊張するわね……」


でも行かなきゃ。

大金を手にするために。


ゆっくりと2本の足が、一歩、また一歩と、その男性に近づくたび、私の胸の鼓動は速さを増していた。

そして、その男性の真横に到着するやいなや──


「あ、あの……」


私は小さな声で言った。


「じ、実は……」

「どうされました?」


男性は、にっこり微笑んで、やさしく対応してくれた。

うん。

想像した通り、感じのいい人だわ。


「あのですね……」


私は、男性だけに聞こえるように、さらに小声で話を進めた。


「宝くじが当たったんです。1等なんですけど……」

「えっ?」


男性は少し驚いたあと、私と同じように声をひそめた。


「さようでございますか。では、奥の部屋へご案内いたします」

「は、はい」


きた!

きた、きた!


私が待ってたのは、この状況なのよ。

明らかに、他の人とは違うこの対応。

私だけへの特別なおもてなし。


あ~、楽しい~!

幸せすぎるわ~!


私の頭の中は、すでに満開のお花畑。

加えて、蝶々も飛び回ってるときたもんだわ。


「こちらの部屋で、少々お待ちくださいませ」

「は、はい」


私は、男性に案内されるがまま、奥の部屋に辿り着いた。


皮張りの茶色いソファー。

大理石のテーブル。

天井には大きすぎるシャンデリア。

豪華な額縁に入れられた洋風な絵画。

窓際に置かれたビーナス像。


全てが、普通の部屋とは違う雰囲気をかもしだしていた。


「す、すごい」


私は、そんな空気感を楽しみながら、差し出されたミルクティーを堪能していた。

というか、美味しいわね。

このミルクティーも、ただものじゃないわ。

まさに、王室の味って気がするわ。


いやいや、ミルクティーは、普通なのかしら。

この部屋の雰囲気が、そう思わせてくれるのかしら。

というか、細かいことはもう別にどうでもいいわ。



幸せ!


幸せすぎるじゃないの!







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