エピソード3【愛、買いませんか?】③


「よし!」


とりあえず私は、出口が見えないなりにも前向きな心だけは失わないように、固く心に誓った。


前向きに。

前向きに。


止まってしまったら、もう全ての気力も無くなってしまう。

そんな気がしたの。


ポジティブ。

ポジティブ。


それだけが、私の取り柄だし。

絶対に、明るく生きていかなきゃ。


「よし!」


私は、両手で頬を叩いて気合いを注入。

とりあえず、気分転換に何でもいいからやってみようかしら。


「あっ……そういえば……」


いつもなら、この時期は、大掃除して新年を迎える準備に取り掛かっていたわね。

窓ガラスや網戸も、しっかりと汚れを落として、換気扇も綺麗に生まれ変わらせて。

タンスや冷蔵庫、食器棚も動かして、隅々まで汚れを取り、ついでにコンセントの埃もくまなくチェック。

本当に、年末のお掃除は大変だったわ。


「でも……」


さすがに、今年は無理でしょうね。

タカヒロもいないし。

そこまでは、きっちりと出来そうにないわ。

とりあえず、出来ることだけやろうかしら。


私は、簡単な拭き掃除をするため、雑巾を取りに行こうとした。

──すると、その時。


「ママ~!」


私の愛しの息子、コウタが、楽しそうにトコトコと走ってきた。


「ママ~、郵便受けに入ってた物、持ってきたよ~」

「あら、コウタ、ありがとう」


これは、コウタのお仕事。

郵便受けの物を持ってくるのは、半年前からコウタのお仕事になっていた。


「えらいわね、コウタ」

「わ~い、ママに褒められた~」

「アハハハ」

「わ~い、わ~い」

「アハハハ」



ハハ……ハ……



うぅ……なんて……なんて、この子は綺麗な目をしてるのかしら。

キラキラ、キラキラと、輝ける未来に溢れまくった目をしてるじゃないのよ。

まさか、この家は借金でどうにもならなくなっているなんて、夢にも思わないんでしょうね。


「コウタ……」


私は両膝を床につき、そっと小さな体を抱きしめた。

頑張るから。

お母さん、頑張るからね。

そういう気持ちを強く込め、コウタをしばらくの間、やさしく包み込んでいた。

そして、純真無垢な透き通った瞳に充分癒されたあと、テーブルの上に置かれている郵便物に目を通し始めた。


「えっと……」


宅配ピザのチラシ。

新しく出来た美容院のクーポン券。

英会話の勧誘。

それは、今の私には、全く必要のない物ばかりだった。


「うん……全部、捨てていいわね……」


1円でもお金が欲しい時に、こんなチラシを眺めている必要はない。

そう思い、くしゃくしゃに丸め、即効でゴミ箱へ捨てにいこうとした。

──しかし。


「あれ?」


私の目に、1枚の紙が飛び込んできた。


「これは……?」


そう。

まだ目にしていない1枚の紙が、くしゃくしゃに丸められたチラシの中に混ざっていた。

それは、小さな細長い紙。

誰がどう見ても、宝くじだった。


「フォーエバー宝くじ……か」


その小さな紙は『フォーエバー宝くじ』

普段、宝くじを買わない私も、名前は聞いたことがある。

年末ジャンボのように、この時期に発売されている宝くじだった。


というよりも、何で宝くじなの!?

何で、こんな物が郵便受けに!?


う~ん……何でかしら……全く意味が分からないわ。

ピザ屋さんが、チラシと間違って置いていったのかしら?

それとも、家の前に落ちてたから、親切な人が郵便受けに入れてくれたのかしら?


「でも……」


どういう経緯かは分からないけれど、1枚だけ手に入れても当たるはずないじゃない。

というか、これって、当選番号の発表はいつだったかしら。

私は携帯ですぐさまネットを繋ぎ、日にちを確認。

すると、フォーエバー宝くじの当選発表は、1週間後だった。


「そうか……1週間後なのね……」


じゃあ、とりあえず、もらっとこうかしら。

1枚でも、ひょっとしたら、当たるかもしれないわね。


私は、どこに置こうかと少し考えたあげく、宝くじを財布の中に押し込んだ。

レシートや何かのクーポン券を入れるように、乱雑に財布の中にしまいこんだ。


「さてと、ちょっとは、お掃除をしようかしら」


そして、雑巾を手に取り、窓ガラスの掃除に取り掛かった。



この時は、全く想像もつかなかった。


まさか、この1枚の宝くじによって、劇的に運命が大きく変わるなんて。




全く想像できなかった。







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