エピソード2【草食系は大嫌い!】⑥



――そして、1時間後。



「アハハ、やっぱりユカちゃん強い~」

「ちゃうって。コウスケが弱いんやって」

「よ~し、もう1回やろう」

「ええで、何回でもやったるで」

「今度は負けないよ」

「うちに勝とうなんて、100年早いっちゅうねん」

「あ~、言ったな!」

「アハハハ。ごめん、ごめん」

「よ~し、頑張るぞ」

「あ、あんな……ところで、コウスケ……」

「何?」

「いや、その……なんか変わったことない……?」

「えっ? それ、さっきも言ってたよね? どういうこと?」

「い、いや、何でもないねん。アハ、アハハハ」

「やっぱり、今日のユカちゃん、変だよ~。アハハハ!」

「アハ、アハハハ」

「アハハハ!」

「アハハ……」



…………



う、う~ん……そろそろ……そろそろやねんけどな。



あれから、1時間が経過。

うちの思考回路は、もうパンク寸前やった。

なんも変わらへん。

コウスケには、何の変化も現れへん。

昨日のような変身ぶりは、何ひとつ訪れんかった。


う~ん……やっぱり、違うんかな。

これは、普通の香水やったんかな。

単なる、うちの勘違いなんかな。


あ~、ダメや。

こんなこと、考えても分かるわけあらへん。


うちは、コントローラーを握りしめたまま、がっくりと肩を落とした。

テレビ画面には、変わらず、テニスゲームが映し出されとる。


ハア……なんか寂しいけど、まあ、ええか。

とりあえず、コウスケをゲームでコテンパンにやっつけよかな。

うちは気持ちを切り替えて、目の前のテニスゲームに全神経を傾けた。



よ~し!


スマッシュ~~!




…………プチッ。




「えっ?」


あ、あれ?

うちは、振り上げとった右腕を、ゆっくりと元に戻した。

ちょ、ちょっと待ってや……いま、コウスケ……テレビの電源を消したよね……?

確か……昨日も、こういう状況あったやんね……


こ、これは!?

ひょ、ひょっとして!?


「コ、コウスケ……?」


うちはコントローラーを床に置き、そっと顔の向きを左に変え、コウスケに視線を移した。

するとコウスケは、うつむきポケットに手を入れて髪をかきあげている。

それは、明らかに、今までのコウスケとは違うオーラ。

全く別物の空気感を身にまとったコウスケがそこにおった。


き、きた!

ついに、きたで!


ドキドキ――

ドキドキ――


うちのドキドキという胸の高鳴りは、再び激しく活動を始めとった。


――すると。



「きれいだ……」



う、うそ!



ドキドキ!――

ドッキーン!――



コウスケがボソボソとつぶやきながら、うちに近づいてくる。

一歩、一歩、ゆっくりと、うちに近づいてくる。


き、きた!

やっぱり、この香水には特殊な力があるんや!



ドッキーン!──



うちのドキドキ感は、もう抑えることができへんかった。


さあ!

来て、コウスケ!

壊れるぐらい、めっちゃ、おもいっきり抱きしめていいんやで!

うちは、今日こそ、燃えるように激しく愛し合えると思った。

――そして。



「きれいだ……」



キャッ!



「あぁ、きれいだ……」



め、めっちゃ、恥ずかしい!



コウスケは照れもせず甘い言葉をささやきながら、どんどん、うちに近づいてくる。

さあ!

コウスケ!

うちを、はよ抱きしめて!



「きれいだ……」



さあ!

コウスケ!

うちを、はよ奪い去って!



スーッ――――



さあ!

コウスケ!

スーッと、うちを通りこして、いったいどこへ!

はよ、うちを抱きしめ……


「え……?」


あ、あれ……今、うちのことを見向きもせずに通りすぎたよね……?


な、なぬっ!?

見向きもせずに!?


うちは目を見開き、急いで後ろを振り返った。

すると、コウスケは、画面の消えたテレビをじっと見つめとった。



「きれいだ……」



そして、両手を広げ天にかざしながら口を開いた。



「やはり、テレビを消すと、真っ暗な画面にうっすらだが、私の顔が映る……」



へ?



「きれいだ……鏡に映る私も美しいが、このようにぼんやり映る私も最高に美しい……」



あ、あの……



「最高だ……」



コ、コウスケ……



「私は最高に美しい……」



お、おい……



「世界一のビューティフルフェイスとは私のことだぁぁぁぁ~~~~!!」



でぇぇぇ~~~~!

めっちゃ、ナルシスト~~~~!!



そ、そうやった!

今日、うちがつけてほしいってお願いしたんは、ナルシスト系のチェンジング・フレグランスやった!

だからや。

だから、コウスケはこんなにもナルシストに。

自分の美しさに見とれとるんやわ。


せやけど、めっちゃ凄い。

凄すぎるで。

やっぱり、この香水には特殊な力があるんやわ。

それは、はっきりと証明されたわ。


せやけど……せやけどね……



「あぁ……どうして、私は……」



せやけどさ……



「私は……」



あ、あんね…………




「なぜ、私は、こんなに美しいんだぁぁぁぁ~~~~~~!!」




この状態、なんとかならへんの~~!?



ていうか、いつの間にか、今度は全身、鏡の真正面に移動しとるやん!

めっちゃ、なんちゅうか、ボディービルみたいな色んなポーズ、とりまくってるやん!

さすが!

さすが、ナルシストやで!

今のコウスケは、うちには全然興味があらへん。

自分しか興味がないんやわ。


「え……?」


自分にしか……興味がない……?

ということは、うちには興味が……ない……?


「う、うそやん……」


うちは、今のコウスケを見ながら、そんなことを考えとった。

でも、当たってるはず。

自分にしか興味がないんやから、うちのことなんかどうでもええはず。


そっか……どうでもええ……か。

う~ん…………


「い、嫌や!」


こんなん嫌や!

うちの好きなコウスケは、こんな風に自分大好き人間やない。

もっと、うちのことを気にかけてくれて、もっと、うちにやさしくしてくれる。

うちのことをほったらかしにして、鏡で自分だけを見とるなんて、そんなんコウスケやない!


どうしよう。

ほんま、どうしよう。

とりあえず、一刻も早く、この状態をなんとかせんとな。


あっ!──


「そうや!」


うちは、急いでコウスケのミニポーチから、昨日使った肉食系のチェンジング・フレグランスを取り出した。


「よし!」


そして、鏡に夢中になっているコウスケの首元に勢いよく振りかけた。

これで、コウスケは肉食系になるはず。

うちに興味を持ってくれるはず。

うちを激しく愛してくれるはず。

うちは、そう信じて疑わへんかった。


――しかし。

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