エピソード2【草食系は大嫌い!】⑤




 * * *




――翌日。


今日は、2月15日。

バレンタインデーの次の日。


「よし、今日や……今日ではっきりするはずや……」


うちはテレビを見ながら、1人でブツブツとつぶやいとった。

クッションを抱きかかえソファーに寄りかかり、小さな声で独り言を繰り返しとった。


昨日の夜──


あれから、うちらは再びゲームを始めて、夜中の1時に就寝。

別に、体を求め合うこともなく、ぐっすり眠った。


「いや、別に……別にね……」


コウスケは、なんも悪くないんよね。

せやけど、うちの気持ちが冷めてもうたんよね。

だから、そういう雰囲気になることもなかったんやろうな。


そして、今日になって、うちは1つ気づいたことがあんねん。

コウスケは、昨晩、確かに肉食系の男子っぽくなっとった。

でも、シャワーを浴びたとたん、いつものコウスケに逆戻り。


「ということは……」


やっぱり、あの香水をつけたからじゃないんやろか。

草食系のコウスケに戻ったんは、あの香水がシャワーで洗い流されたからじゃないんやろか。


「そうや……絶対、そうや……」


そうに違いないで。

あの香水には、不思議な力がある──

それしか考えられへんわ。


うちは、そういう考えに辿りついとった。


「よし……」


論より証拠や。

今晩も、コウスケはうちにやってくる。

その時、もう一度、香水をつけてもらおう。


うちの『1人ブツブツ会議』は、こういう結論に達しとった。



──午後7時。


「ユカちゃ~ん、お邪魔するね~」


お土産のドーナツが入った紙袋を抱え、コウスケがやってきた。

うん。

やっぱり、今のコウスケは草食系やね。

だって、そのドーナツはコウスケの手作り。

どっからどう見ても、いつものコウスケやね。


よし。

はよ結果が見たい。

さっそく、香水をつけてもらおう。


「あんね、コウスケ」


うちは、紅茶のティーパックが入ったコップにお湯を注ぎながら言った。


「せっかくやから……また、昨日の香水、つけてみいひん?」

「え?」

「ほら、昨日あげた香水……もう1つあったやん」

「あっ」


コウスケは、パンと手を叩いた。


「あったあった。じゃあ、試しにつけてみるね」

「うん、つけて、つけて」


うちは、なるべく自然な流れを装い、コウスケにさりげなくお願いした。

それは、昨日の肉食系とは、別の香水。

ナルシスト系のチェンジング・フレグランスをつけてほしいとお願いした。

これで……これで、はっきりするはずや。


「えっと……確か、この中に……」


コウスケは、カバンの中のミニポーチから、ナルシスト系の香水を取り出した。


「じゃあ、つけてみるね」


そして、やはり慣れない手つきで首筋につけ始めた。

さてと、どうなんやろ?

昨日は、単なる、うちの勘違いやったんか?

それとも、この香水には、やっぱり特殊な力があるんか?

うちは、ローズ系の高貴な香りを漂わせるコウスケだけを、じっと穴があくほど見つめとった。


時間にして、わずか数秒。

でも、うちにとっては、とてつもなく長い時間に感じてしまう。

ほんまに、なんて果てしない数秒なんやろ。

生唾をゴクリと飲み込み、うちの緊張はさらに高まっていく。

どんな変化も見逃さへん。

瞬きするのも、もったいないぐらいに、うちはコウスケを凝視しとった。


「ユカちゃん、どう? いい匂いする?」

「う、うん、ちょっと待ってな」


うちは、緊張で胸の鼓動がめちゃめちゃ早くなるのを感じながら、コウスケの首元に顔を近づけた。


「うん……めっちゃ、ええ匂いやで……」


ローズ系の高貴な香りが、ふわふわと、うちの鼻の奥まで流れ込んでくる。


「ほんまに、めっちゃええ感じやで。コウスケ、最高やわ」

「ほんとに!? ありがとう、ユカちゃん」


コウスケは、よっぽど嬉しかったんか、あいかわらずの素敵な笑顔を振りまいとった。

とにかく、これで、うちの目的は完了や。

コウスケは、昨日のように香水を身に付けた。

これで、はっきりするはずや。



――3分後。


「コウスケ、ほんま、ええ匂いやで」

「嬉しいな、ユカちゃんが気に入ってくれて」

「あんね、ところで……」

「何?」

「コウスケ、何か変わったことない……?」

「え? どういうこと?」

「い、いや、何でもないねん。アハ、アハハハ」

「変なユカちゃん、アハハハ!」

「アハ、アハハハ」

「アハハハ!」

「アハハ……」



…………



あ、あれ!?

何でなん!?


うちは、思考回路をフル回転させて考えとった。

なぜなら、コウスケに何の変化も現れんかったから。


う~ん。

何でやろう。

やっぱり、昨日の出来事は、うちの勘違いなんかな。

ただ、コウスケがふざけてただけなんかな。


「あっ……」


その時、1つの事が、うちの頭にピンとひらめいた。

そういえば、昨日は香水をつけてから、1時間後ぐらいに変化があったんよな。

うん、そうや。

そうやった。


「ねえねえ、コウスケ」


うちは、テレビを指さしながら言った。


「昨日のテニスゲームしよか」

「うん、いいよ! 今日は負けないからね!」


パチン!――


うちらは笑いながらハイタッチをしたあと、昨日と同じようにゲームを始めた。

もちろん、単なる時間つぶし。

1時間を費やすことができれば、方法はなんでも良かった。


1時間──


あと、1時間ではっきりする。










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