エピソード2【草食系は大嫌い!】④
* * *
――翌日。
今日は、2月14日。
バレンタインデー。
うちはコウスケを家に招き、手料理を振る舞った。
小さな雪が舞い散るほどの寒さやったから、今夜のメニューは温かいシーフードシチュー。
何を隠そう、うちの数少ない得意料理やねん。
「やっぱり、ユカちゃんのシチューは最高だよ~」
「ほんまに? ありがと」
「いくらでも食べられるよ~」
「多めに作ったから、めっちゃいっぱい食べてや」
「うん!」
あっという間にコウスケは、美味しそうに3杯もおかわりをしてくれた。
うん、自分が作ったもんを喜んで食べてもらえるのって、気持ちがええもんやね。
そして、シチューも食べ終わり、お皿を洗ったあと、
「あんね」
うちはソファーでくつろぐコウスケに、綺麗にラッピングされたピンク色の箱を差し出した。
「これな、バレンタインのプレゼントやねん」
「ほんとに!? ありがとう、ユカちゃん!」
コウスケは満面の笑みで、まずチョコの箱を開け、次に香水の箱を開けた。
「あれ?」
コウスケは首を傾げ言った。
「ユカちゃん、これは?」
「あっ、それな、香水やねん。こういうプレゼントもええかなって思ってな」
「へ~、香水か~! ありがとう!」
「でな、この香水面白いんやで。あんな……」
うちは、チェンジング・フレグランスの説明を始めた。
そしたら、コウスケは大爆笑。
肉食系はまだええとして、ナルシスト系を選んだうちのチョイスが面白かったらしい。
ハハッ、なんか、うちまで楽しくなってきたな。
ほんま良かったな、これ買って。
めっちゃ楽しいバレンタインになったな。
「なあなあ、コウスケ、はよ、つけてみてや」
「そうだね。どっちの香水がいい?」
「う~ん、そやな……じゃあ、とりあえず肉食系から」
「うん、分かった」
コウスケは慣れない手つきで、香水を首元につけ始めた。
その瞬間、やんわりとうちの鼻先に、ダンディーな匂いが流れ込んでくる。
それは、今までのコウスケのフェロモンを打ち消すような香り。
この部屋に徐々に充満していく空気感は、それまで味わったことのない雰囲気を漂わせとった。
「どう?」
ニコッと笑って尋ねてくるコウスケ。
「う、うん、めっちゃええで」
うちは、なんか分からんけど妙な緊張感を覚え、視線を合わさんと答えた。
あぁ、やっぱり、めっちゃ男っぽい匂いやな。
あれ……何やろう……なんか、抱きしめてもらいたいな。
コウスケ……コウスケ……
「コウスケ……」
気づいたら、うちは、コウスケの胸にそっと顔を埋めとった。
何やろう。
この匂いが、そうさせたんかな。
この匂いが、うちの心をそうさせたんかな。
うちを包みこんでほしい。
抱きしめてほしい。
そういう気持ちが、うちの全身を駆け巡っとった。
「ど、どうしたの? ユカちゃん?」
「もう少し……このままでええかな……」
「う、うん、分かった」
コウスケは、包み込むようにやさしく、うちの背中に手を回してくれた。
あぁ、暖かい。
コウスケの温もりが、めっちゃ伝わってくる。
何やろう。
なんか、今日は抱かれたいな。
やさしくなくてもええから。
乱暴でもええから抱かれたいな。
コウスケの胸の中で、うちはどういうわけか、そんなことまで思ってしもうた。
そして、しばらくそのままの状態で抱きしめ合ったあと、
「よし」
うちは、コウスケの頬っぺたを両手の人差し指でポンポンと軽く押しながら言った。
「ほんじゃあ、コウスケ、ゲームでもやろっか」
「うん、やろう」
コウスケもそう言いながら、お返しとばかりに、うちの頬っぺたを軽くつねってきた。
うってかわって、いつもの楽しい雰囲気に早変わり。
でも、本音を言うと、本当はあのままベッドで抱かれたかった。
めっちゃ激しく求め合いたかった。
でもな……でも、コウスケは、そんなことできへんのよね。
強引に獣のように愛し合う……なんていうタイプじゃないんよね。
まあ、ええか。
一瞬でも、肉食系の彼氏を体感できたんやから、よしとせなあかんよな。
そして、しばらくの間、うちらはテレビゲームに夢中になっていた。
最近買った、体感式のテニスゲーム。
これが、また燃えるんよね。
結構動くから、ちょっと汗までかいたりするんよね。
「やった! 勝ったで!」
「うわっ! ユカちゃん、強い! もう1回、もう1回!」
「ええよ、何回でもやったるで」
こんな感じで、1時間ほど夢中になってしもうた。
フフッ。
どうやら、うちは、このゲームが得意みたいや。
絶対に負ける気がせえへんわ。
よ~し!
スマッシュ~~!!
…………プチッ。
あ、あれ……?
「コウスケ、どうしたん?」
うちは、右腕を振り上げていたスマッシュのポーズを途中で切り上げ、コウスケに尋ねた。
なぜなら、いきなり、コウスケがテレビの電源を切ってしもうたからや。
「あっ、もしかして……コウスケ、怒ってんの?」
うちは、真っ先にそう思った。
というのは、ずっと、うちが圧勝してたから。
ひょっとしたら、すねちゃったんかな?
自然な考えで、そんな風に思ってしもうた。
しかし、それは、うちの思い違いやった──
ガバッ!──
え!?
な、何なん!?
声が出えへんほど驚くのも無理はない。
コウスケが、いきなり、うちを強く抱きしめてきたからや。
それは、誰が見ても乱暴な抱きしめかた。
欲望のおもむくままに行動したという感じやった。
そして、コウスケはその状態のまま、
「いつまで、こんなゲームやらせんだよ……」
と、耳元で吐息混じりにつぶやいた。
――さらに、その直後。
ブチュ!――
うちの唇を激しく奪った。
え!?
だ、だから、ほんまに何なん!?
うちは強く抱きしめられたまま、ただ、ただ目を丸くして驚くしかできへんかった。
今まで味わったことのないキス。
こんなに強引で濃厚な口づけは、生まれて初めての経験やった。
こ、こんなコウスケは見たことあらへん。
や、やだ。
めっちゃ、ドキドキするやん。
「今夜は寝かせねぇからな……」
「は、はい……」
や、やだ。
何で、うちは敬語になってるんよ。
「シャワー……一緒に入るか?」
「へっ!? あ、あっ、コウスケ、お先にどうぞ」
「そうか……じゃあ、先に入るな」
チュッ──
「キャッ!」
コウスケは、うちの唇に今度は一転して、めちゃめちゃやさしいキスをした。
まるで、妖精が挨拶をするかのような。
まるで、しゃぼん玉の中に入ってしもうたんやないかと思わされるような。
そんな、夢心地の世界に、一瞬で連れて行かれるような幻想的な口づけやった。
な、何なん!?
このテクニックの使いわけは!?
さっきの乱暴なキスのあとに、今みたいな愛情たっぷりのキスをされたら、もうメロメロになっちゃうやないの。
うちは、ずっとドキドキしとった。
コウスケと付き合ってから、こんなドキドキ感は味わったことがなかった。
危険な香り。
近づいたら危ない、でも近づきたい。
今のコウスケは、そんな雰囲気を存分に漂わせとった。
でも、何で?
何でやろう?
まるで、人が変わったみたいに……
あっ!――
「も、もしかして、あの香水をつけたからちゃうの!?」
うちの頭に一瞬、さっきの香水が浮かんだ。
そう。
『チェンジング・フレグランス』
ふっと、その事を思い浮かべとった。
確かに、コウスケが人が変わったようになったんは、あの香水をつけてからや。
1時間経った今、急に普段とは全く違う雰囲気を漂わせ始めとるもんな。
でも、何で?
何でやろう?
あのダンディーな匂いをかいでたから、自分で成りきってしもうたんやろか?
う~ん……そこまでは、よう分からんな。
でも、とにかく、これはうちにとって、めっちゃ嬉しい出来事や。
コウスケが初めて、肉食っぽくなってくれたんやもん。
嬉しい。
ほんま、嬉しすぎる。
やっぱり、うちは肉食系が好き。
こういう強引な男が、めっちゃ大好き。
しかも、それが、元々好きやったコウスケ。
最高やん!
もう言うことあらへんやん!
「やだ、もう! めっちゃ嬉しい! 嬉しすぎるわ!」
うちは、ベッドに横たわり、枕に顔を埋めて喜んどった。
もうすぐ、コウスケがシャワーから出てくるやん。
そしたら、うちもシャワーを浴びるやん……ほんじゃ、そのあとは……
いやん!
ほんま、どうしよ!
もう、ドキドキが止まらへんわ!
うちの心の中は、すでにお祭り状態やった。
──すると、数分後。
ガチャ──
あっ!
お風呂場のドアが開いた!
ど、どうしよ。
ひょっとして、腰にバスタオルを巻いて、出てくるんかな?
『おい、早くシャワー入れよ』って、そっけなく言うてくるんかな。
「や、やだ……なんか、めっちゃ興奮する」
うちは、枕を抱きしめベッドに座ったまま、そっとお風呂場に視線を送った。
さあ、コウスケ!
なんも身にまとってへん、ワイルドな姿をうちに見せてや!
ドキドキという音を響かせ、うちの胸の高鳴りは、今まで味わったことがないぐらい最高潮に達しとった。
――しかし。
「ユカちゃ~ん、お先にシャワーいただいたよ~」
へ?
「やっぱり、ゲームといえども、あれだけ動くと汗かくね~」
あ、あの……
「よ~し! ユカちゃん、ゲームの続きしよう~!」
こ、これは……
「アハハ~、次は負けないぞ~~!」
ハ、ハハ……
…………
えぇぇぇぇぇぇ~~~~~~!
草食系に戻ってるやん~~~~~~~~!!
な、何で!?
何で、元に戻ってんねん!?
腰にバスタオル1枚のワイルドな姿で、出てくるんじゃなかったん!?
何で、持参のスウェットを上下、ピシッと綺麗に着こなしてんねん!
あと、そのなんていうんや、タオルを髪の長い女子がするように、頭にそっと巻くなや!
あ~!
さっきの肉食系は、いったいどこにいったんよ~!
うちのドキドキを返してや~!!
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