エピソード2【草食系は大嫌い!】③



  * * *




――2日後。


今日は、2月13日。

うちは『サンシャインデパート』っていう大きなデパートの化粧品売り場にいた。

目的は、明日にせまったバレンタインデーのプレゼントの買い出し。

そのために、このデパートを訪れとった。


「そういや……」


去年のホワイトデーは、ほんまにすごかったな。

付き合ってすぐやったから、まさかコウスケにあんな特技があるとは思わんかった。

うちは、普通に売ってるちょっと高めのチョコをプレゼントしたのに。

まさか、完璧なモンブランのケーキを作ってプレゼントしてくるとは。


ていうか。

ていうかな。

普通、24の男子が、手作りのケーキをプレゼントせえへんやろ!?

百歩譲って、生クリームの普通の白いケーキやろ。

それが、モンブランって、結構テクニックいりそうやん。

でもな……でも、コウスケは簡単に作ってまうんよね。


趣味で始めたお菓子作り。

今では、結構レパートリーも多いらしい。


この話を友達にしたら、たいがい羨ましがられる。

でも。

でもな。

いざ、彼女になってみたら、それは、ほんま良し悪しやで。

うちだって、こう言いたいやん。


『あんまり上手にできへんかったけど、一生懸命気持ちを込めて作ったケーキやで』


とかって言いたいやん。

けどな、彼氏がこんなに上手やったら言えへんで。

恥ずかしくて言えへんで。

というわけで、今回も市販のチョコ。

でも、それだけやったら、ありきたりかなと思って、香水もプラスしてプレゼントすることに。


なんちゅうか。

まあ、こういうプレゼントもええかなって。

せっかくのイベントやから、コウスケに似合う香水を選んだろうかなって。


ちなみに、うちとコウスケは、付き合ってちょうど半年ぐらい。

コウスケのやさしさに魅かれ、どちらともなく付き合い始めた。

でもな、うちは元々、引っ張ってくれるタイプが好きやってん。

男くさいタイプが好きやってん。


実際、今まで交際してきた相手もそういう感じやねん。

去年の夏まで付き合っとった元彼のタクヤなんか、まさに、うちの理想。

肉食系でありながら、時折見せる可愛らしい笑顔がたまらなく好きやった。

でも、やっぱり友達から略奪してもうたからか、それともあの時、ゲーセンでの最後のカプセルが原因やったんか、あんまり長続きはせえへんかったな。


まあ、そんな時、たまたま参加した合コンで、コウスケと出会ったんよね。

今まで、肉食系しか狙ってこうへんかったから、逆にコウスケが、やたら新鮮で輝いて見えたんよね。


「でもな……」


と言いながらも、うちはやっぱり、肉食系がタイプといえばタイプなんよね。

草食系の男はやっぱり……あんまり好きちゃうのかな……

まあ、草食系どうこうっていうよりも、うちとしては、もう少ししっかりしてほしいんよね。


付き合って半年──


そろそろ考え時かもしれへんな。

うちも、もう25やし。

結婚を意識して、本気で付き合いたいしな。


実は、この間の湖での一件をきっかけに、うちの中では、なんとなく悩み始めてる。

コウスケと結婚して、ちゃんと上手くやっていけるんかな……って。

そりゃね、コウスケみたいなタイプは結婚に向いてると思うんよ。

せやけど、本来、うちのタイプじゃないねんな。

やっぱり、そこが引っかかってしまうんよね。


「う~ん……でも、まあ、ええか……」


これから、ゆっくり考えていけばええんかな。

とりあえず、今、うちが好きな人は、コウスケなんやから。

コウスケのために、素敵なバレンタインを演出しよかな。



――10分後。



「えっと……」


うちは香水の売り場で、棚の上から順番に色々な商品を見比べとった。

どんなのがええんかな?

コウスケは普段、香水はつけてへんみたいやから、初めてつける香水になるんよね。


「う~ん……」


やっぱり、コウスケの雰囲気にあった香水のほうがええよね……


「あれ……これは……?」


隣の棚に視線を移したうちの目に、1つの香水が飛び込んできた。


「チェンジング……フレグランス……?」


そう。

それは、聞いたこともない名前。

『チェンジング・フレグランス』という名前の香水やった。

製造元は、大手製薬会社の『ジュピターホールディング』か……誰でも知っとる有名な製薬会社やね。


「ん? 何やろ、これ?」


うちは、その香水を手に取り、棚に張り付けてある説明書きに目を通した。

すると、そこにはこう記されとった。



《これであなたも、内面チェンジ! 自分の性格を変えてみよう。つけるだけで、肉食系にも草食系にも早変わり!》



「内面チェンジ……? 何やねん、これ?」


うちは、その説明書きを読んだあと、思わず眉間にシワを寄せ、首を傾げてしもうた。

どうやら、最近出た新製品らしい。

『男性専用』と書いている。

おそらく、バレンタインのプレゼント用ってことやろうな。

そして、さらにその説明書きの下には、大きなポップが張り付けとった。

続けてその文章にも目を通すと、どうやら、このデパートのこの売り場だけのテスト販売のもよう。

その数量は、限定100個。


「へえ……限定なんか……」


まいったな。

『数に限りあり!』なんて言われたら、めっちゃ気になってまうやん。

うちは、じっくりと、もう一度、説明書きを読み始めた。



≪自分の性格を変えてみよう! これをつければ、たちまちきみも肉食系にチェンジ!≫



ふ~ん……香水をつけるだけで肉食系か……


「どれどれ……」


うちは、見本として置いているテスターを手に取り、鼻を近づけ匂いをかいだ。


「おっ……めっちゃ、ダンディーな匂いやな……」


そう。

それはまるで、胸毛の生えた彫りの深いイタリア人を想像させるような匂いやった。

なるほど、納得やね。

この匂いやったら、内面も変わった気になれそうやな。


「ちなみに、こっちはどんな感じなんやろう……」


次に、うちは『草食系にチェンジ』というタイプのフレグランスを試してみた。

う~ん、上手く言えへんけど……その香りは、広い芝生で大きな犬と笑顔でたわむれるような感じ……お花畑を想像させる爽やかな匂い……って感じかな。

男性専用みたいやけど、なんか、女の子がつけても違和感がないような中性的な香水やな。


「へえ~、こんな面白い香水が発売されたんや」


うん。

こういうのええかもね。

元々、コウスケは香水をつけてなかったんやし。

こういうお遊びっぽいのから、香水デビューしてもええかも。


「よし、このシリーズにしよかな」


とりあえず、うちは『肉食系にチェンジ!』と書かれたチェンジング・フレグランスを買うことにした。


「あとは……」


そして、さらにもう1本。

合計2本の香水を購入することに。

なぜかと言うたら、この香水、新製品でテスト販売のために、今だけ、2本買うと2本目が半額になるねん。

でもな、肉食系を2本買っても面白くないし、よう吟味して違う種類を買ったほうがええよな。

実は、この『チェンジング・フレグランス』には、他にもいくつかの種類があるんよ。


草食系。

肉食系。

ビジュアルバンド系。

ハリウッドスター系。


などなど、面白そうな名前が横一列にずらっと並んどった。


「う~ん、ほんま悩むな……どれにしよかな……」


ここまできたら、面白いやつを選びたいしな。

せっかくやから、コウスケにも楽しんでもらいたいやん。


うちは棚の前でしばらくの間、腕を組み悩みに悩んだ。


「よしっ、これにしよかな」


そして、ついに2本目を決定。

それは『ナルシスト系』

うちが選んだんは、ナルシスト系のチェンジング・フレグランスやった。

うん、これは面白そうや。

テスターで確認した所、匂いは中世の王子様を想像させるようなローズ系の高貴な香り。

うん、香りもめっちゃいい感じや。


なんやろ。

なんか、今年のバレンタインは楽しくなりそうやな。

あっ、あと、チョコも買わんとな。

とりあえず、高そうなブランドのチョコを買おかな。

よし、8階の催事場に行こ。

確か、バレンタインチョコのフェアをやってるはずやねん。

ついでに、普段食べられへんチョコの試食も堪能しちゃおかな。


「よ~し、行くで!」


うちは、ウキウキ気分で、チョコの買い出しに向かった。



この時のうちは、軽い気持ちやった──




ほんまに、軽いお遊びの気持ち。



まさしく、そんな感じやった。





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