エピソード2【草食系は大嫌い!】②
* * *
「だ、大丈夫?? ユカちゃん??」
「コ、コウスケ……め、めっちゃ、さ、寒い……」
「ど、どうしよう!!」
「で、でも、まあ……大丈夫やで……」
「ほ、本当に!?」
「うん、だ、大丈夫やから……このまま暖まっといたら……」
「よ、良かった~!」
「アハ……ハハハ……」
う、うぅ……さ、寒い……
今日は、2月11日。
『建国記念の日』の祝日。
冬まっさかりの、めっちゃ寒い1日や。
「ハア……」
うちは、そんな肌寒い午前中のひと時に、ストーブの前で毛布にくるまって、ガタガタと震えとった。
うちの名前は、緑山ユカ。
25歳のどこにでもおる、ほんま、ごく普通のOL。
「ハ、ハハ……」
心配かけたら悪いかなと思って……大丈夫やでって口では言うてるけど……
あんな!
大丈夫なわけないやん!
何で、うちは、この2月の寒空の中、湖にバシャンって落ちなあかんねん!
湖に落ちる25歳の女なんか、絶対におらんやろ!
何で?
何でなん?
うちは、湖のそばにあるレストランの従業員用控室で、めちゃめちゃイライラを募らせとった。
ストーブの前で毛布にくるまりながら、爆発寸前の怒りを必死で抑えとった。
「もう、ほんま最悪や……」
うちがこんな事になってるんは、もちろん訳がある。
今日は、1つ年下のうちの彼氏、コウスケと一緒に、湖にデートに来ていた。
この湖の名は『ひまわり湖』
人工的に作られた湖。
ボートで湖を見学することもでき、周りには、カフェやレストランも多数ある。
カップルや、仕事をサボるサラリーマンにはうってつけっちゅうこと。
せやから、とりあえず、うちらもラブラブなカップルのように、ボートに乗ろうってなったわけやねん。
「コウスケ、ボートに乗ろうや」
「うん、いいよ。ユカちゃんがそう言うなら」
うちの言うことには、二つ返事でいつもニコニコ。
童顔で、少しウェーブのかかった茶色い髪をなびかせ、最高の笑顔をふりまく。
ほんま、何も変わらへん、いつもの光景や。
ということで、うちらは、ボートに乗ったっちゅうわけ。
そりゃね、最初は楽しかったで。
コウスケと一緒に仲良くオールをこいだり。
『あの小鳥、妖精みたいで、めっちゃかわいいね』なんて、メルヘンチックな会話をしてみたり。
それなりに楽しかったで。
でも、事件は起こった──
いきなり、大きなカラスが、うちらのボートに下りてきたねん。
カーカー、カーカー言いながら、めっちゃ早いスピードでボートに飛びこんできよったんや。
そしたら、コウスケはパニック、パニック。
「うわっ!!」
大きな声で叫んだかと思ったら、いきなり立ち上がったんや。
「ちょ、ちょっと!」
ていうか、あかんやん。
ボートで、いきなり立ち上がったらあかんやん。
バランス崩す恐れがあるやん。
「危ないって! コウスケ、はよ座ってや!」
うちは、すぐさま叫んだ。
いやね、そりゃ、叫ぶって。
だって、ほんまに危ないんやもん。
でもな、そしたら、コウスケは、
「ユ、ユカちゃん! 恐い!」
とか言うて、うちにもたれかかってきたんやで。
あかんやん。
あかんやん。
それは、ほんま、あかんやん。
「うそやん!」
叫んだ時には、もう遅かった。
うん。
遅すぎた。
バシャン!──
うちは、湖の中にまっさかさま。
凍えるような世界に放り出されてしもうた。
「ひっ! つ、冷たい!」
は、はよ、ボートに乗らな!
このままやったら、凍え死んでまうわ!
と、とにかく、この冷たさから解放されたい!
うちは、今までの人生で経験したことがないぐらい、めちゃめちゃ本気で泳いだ。
でもな、これが失敗やってん。
「あ、あれ!?」
落ちた時に、どうやらコンタクトがはずれた模様。
ボヤッとした視界で、方向もよく分からんのに泳いでしもうた。
そのために、うちが乗ってたボートと、少し距離があいてもうた。
ま、まずい!
こりゃ、まずいで!
何でもええから、つかまる物!
うちはこの冷たさから逃げるために、必死で目を凝らして探した。
――すると。
「大丈夫ですか!? 早くつかまって!」
近くのボートに乗ってたスーツを着た男の人が、うちに手を差しのべてくれたんや。
良かった!
助かった!
それは、まさに、舞い降りた神様のような存在。
ガシッ!──
うちは無我夢中で、その人の手をつかんだ。
――しかし。
「キャッ!」
次の瞬間、顔におもいっきり水をかぶってしもうた。
いやね、でもそれ、湖の水じゃないんよ。
その水じゃないんやわ、これが。
実は、その人が差し出してくれた逆の手も、無我夢中でつかもうとしたんやけど……
その逆の手に持っていたペットボトルのフタが開いて、うちの顔にバシャ。
ということで、こんな状況やのに、さらに湖以外の水までかぶってまう破目に。
「ケホッ、ケホッ!」
ま、まいったな。
ちょっと、気管に入ってもうたかも。
湖の水も少し飲んでもうたけど、まさか、ここでさらに飲むはめになるなんて思わんかったわ。
「ケホッ、ケホッ!」
しかし、これだけでは終わらんのよね。
グイッ!──
なんと、うちは混乱してたから、今度はその人のネクタイをつかんでしもうたんや。
「うわっ!」
バシャン!──
男の人もバランスを崩し、湖へ真っ逆さま。
2人して、極寒の水の中に落ちてもうたゆうわけ。
ほんま、最悪や──
自分だけやったらまだしも、関係ない人まで巻き込んでまうやなんて。
ていうか。
ていうかな。
コウスケは、ほんま、何してんの!?
うちは、ガタガタと唇を震わせ泳ぎながら、チラッとコウスケを見てみた。
すると、口を手で抑えて、かなり動転しとるご様子。
はぁ!?
何なん!?
なに、アワアワしてんねん!?
男やったら、飛びこんで助けろっちゅうねん!
うちの怒りは、すでに頂点に達しとった。
そして、それから、すぐやったかな。
うちと男の人が、湖の係員さんに助けられたんは。
――数分後。
陸に上がってから、うちは、真っ先にその男の人に謝った。
「すみません! こんな事になっちゃって!」
「あっ、いえ、僕は大丈夫です」
スーツも髪の毛もびしょ濡れになった男の人は、怒るそぶりも見せずにそう言うてくれた。
あぁ、めっちゃ、ええ人やん!
うちは、その人の心の大きさに、深く深く感謝するばかりやった。
でも、これだけやないねん。
その男の人は、逆にうちを気づかい始めたんやで。
「あの……僕が持っていたペットボトルの水……顔にかかってしまいましたが、大丈夫でした?」
「え? あっ、い、いえ!」
うちは慌てて、胸の前で右の手の平を横に振った。
「湖の水もちょっと飲んじゃったんで、全然大丈夫ですよ!」
「そうですか」
「悪いのは、全部私なんですから」
「いえいえ、ただ偶然が重なっただけですよ。別にあなたが悪いわけじゃないですよ」
「あ、ありがとうございます!」
うちはもう一度、直角に体を折り曲げ、頭を下げた。
「そう言っていただけると、ホッとします。本当にすみませんでした」
「いえいえ、こちらこそ」
なんか変な感じやけど、うちらはお互い謝り合っていた。
男の人は、ペットボトルの水をかけてもうたことに対して。
うちは勿論、湖に落としてもうたことに対して。
ていうか、ほんまに、めっちゃええ人やな。
そんな細かな気配りまでしてくれるなんて、やっぱり、かっこええ男の人は違うわ。
短髪の黒髪に、うっすらとしたあごひげ。
筋肉質な引き締まった体。
こういうのを肉食系男子っていうんよね。
肉食系男子――
ワイルドで男、男しとる人のこと。
『俺について来いや』っていう感じの人のこと。
うちの一番好きなタイプやねん。
どう考えても、この人は肉食系やんね。
だってな、後先考えずに、うちを助けようとしてくれたんやで。
こういうのは、もちろん、肉食系男子っていうやんね。
男の中の男って感じやもんね。
しかも、肉食系でも、女性を気づかう細かな気配りもちゃんと出来とるし。
ほんま、最高!
めっちゃ、最高やん!
それから、うちらは、近くのレストランの従業員控室を貸してもらい、暖をとった。
嬉しいことに、その店の制服を貸してもらえることに。
ほんま、良かった。
これで、なんとか家に帰れる。
そして、男の人は、会社に戻らなあかんみたいで、ずぶ濡れになったスーツを抱え、レストランの制服を着て、その場をあとにした。
幸い、その制服は、黒いズボンにカッターシャツ。
少し寒いけど、見た目には変やない。
そのまま会社に行くんか、いったん家に帰るんか、それは分からんけど。
ともかく、休日出勤をするほど忙しい男の人は、足早に立ち去っていった。
――と、まあ、こんな感じやねん。
こういう出来事があったため、うちは毛布をかぶり、ストーブで体を暖めとったというわけ。
しかし、あの男の人は、ほんま、かっこよかったな。
何も迷わんと、サッと、うちを助けようとしてくれたんやから。
ありがとう。
ほんま、ありがとうございます。
名前も知らない男の人。
ほんまに、ありがとうございました。
そして、そのあと、その場におるのは、うちとコウスケだけになった。
「ユ、ユカちゃん、寒くない?」
「うん……だいぶ、暖まってきた」
「ご、ごめんね、僕のせいで……」
「うん……もう、ええで……」
うちは、心の中で、大きなため息を吐き出した。
ハア……たぶん、コウスケみたいな男を、いま流行りの草食系男子って言うんかな。
草食系男子――
つまり、お弁当なども手作りしたり、何かと中性的な雰囲気をかもしだす男子のこと。
コウスケは、まさにそんな感じやねん。
草食系のフェロモンを、いつもガンガンに放出しとるって感じやねん。
いやね、別に、草食系が悪いってわけじゃないねん。
そうじゃないねん。
でもな……頼りなさすぎるんよね。
草食系でも、もうちょい、たくましくなってほしいんよ。
うちを守ってほしいんよ。
そうやねん!
男やったら、うちを守らなあかんやろ!
あ~!
うちはやっぱり、草食系は好みちゃうわ!
うちは!
草食系なんか!
大っっ嫌いや!
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