エピソード1『ゲームと私』⑪



――15分後。


私は、再び駅前の商店街をブラブラとしていた。

そして、頭をフル回転。

その結果、彼氏のいない私が今、考えられる別れは1つしかなかった。


ルイ。


隣に引っ越してきたルイが、どこかに行ってしまう。


『新しい恋との別れ』


いくら考えても、これしか心当たりがない。

だが、やっぱり不安な私は、さらに色々なケースを想定しようと、もう一度、思考回路を働かせ始めた。


「う~ん……あとは、他に何かあるかな……」


その時「あっ」と思わず小さな声が上がった。

『別れ』のひとつの候補が浮かんだのだ。


『友情の別れ』


そう。

例えば、ユカッチや誰かに絶交される……とか。

これも考えられるな。


「いったい……どんな別れなんだろう……」


う~ん……分からない。

分からないよ。

候補は浮かんでも、どんな『別れ』が訪れるかなんて、やっぱり分かりっこないよ。

私の頭の中では、それからも、色々な考えがグルグルと回り続けていた。

――すると、その時。



♪~♪~♪



「あっ、電話だ」


カバンから聞こえてくる着信音に気づいた私は、携帯を取り出した。


「お姉ちゃんだ」


ディスプレイには『お姉ちゃん』という文字。

電話の相手は、千葉の実家に住んでいる、8つ年上の私の姉だった。


何だろう?

何か急ぎの用かな?


あっ!

ひょっとして!

いきおくれていたお姉ちゃんが、やっと結婚できるってこと!?


「そうだよ!」


絶対そうだよ!

だって、最後のカプセルは、自動的に私にとって最善の方法を選んでくれるはず。

結婚して新しい苗字になるお姉ちゃん。

同じ苗字のお姉ちゃんとの『別れ』

これなら、もちろんすごく喜ばしい。

私にとって最高に嬉しい『別れ』だ。


これだ!

絶対これだ!


「もしもし!」


私は心を躍らせながら、すぐさま電話に出た。



《あっ、リツコ! 聞いて!》



「どうしたの?」



ふふっ、慌ててる。

すっごく慌ててる。

早く言いたくてしょうがないんだな。

実はもう、全てお見通しだっつうの。

私は、左手で口を押さえ、笑いを抑えるのに必死だった。



「何よ~、早く言ってよ~」



《うん……実はね……》



お姉ちゃんは言った。



《お母さんが、夕飯を食べ終わったらいきなり倒れて……》



え……?



《何が原因なのか、まだはっきりと分からないんだけど……今、救急車で病院に運ばれたの……》



「う、嘘でしょ!」



《だから、リツコもできることなら、早く千葉に帰って来て》



「わ、分かった!」



パタン――



携帯電話を閉じる音が、夜の街に小さく響き渡った。


「う、嘘でしょ……お母さんが……た、倒れた……?」


電話を切った私は、膝がガタガタと奮え始めた。

ひょっとしたら、私が、お父さんのキャバクラのことを話したから?

そのショックで、お母さんは倒れたの?

いや、それはない。

絶対にない。

だって、お母さんは『帰ってきたらぶん殴ってやる!』って笑ってたもんな。

じゃ、じゃあ……何が原因なの……?


「あっ……」


そういえば、お母さんは血圧の関係上、医者からアルコールの摂取を控えるように言われていた気がする。

でも、お母さんはビールが好きで、毎日よく飲んでたな。

やっぱり、ビールの飲みすぎが原因なのかな……

だって、他には何も思い当たるふしが……

――その時だった。


「あっ!」


私は、あることが頭に浮かんだ。

そして、ポケットから、急いで例のカプセルを取り出した。


「も、もしかして……」


こ、このカプセルのせいなの?

お母さんが倒れたのは、このカプセルの力なの?

じゃ、じゃあ、この『別れ』の意味は……



『お母さんとの永遠の別れ』



って、ことなの??


「い、嫌だ、そんなの嫌だ!」


お母さんと別れるなんて、そんなの考えられない!


「ど、どうしよう……」


私は、その場でしばらくうずくまり、嗚咽に近い声をあげ泣いてしまった。

止まらない。

私の涙は止まらない。

通り過ぎる人の目なんか、全く気にならない。

私は、ひたすら涙を流していた。

――すると、その時。


「え? リツコ?」


あっ……


「どうしたんだ……?」


そこに現れたのは、たまたま仕事帰りで通りかかった、別れた私の元恋人。

タクヤだった。


「リツコ……」


タクヤは、驚いた顔で言った。


「何で、こんなとこで泣いてるんだ?」

「い、いや、あの……」


私は、なんて言っていいのか分からなかった。

お母さんのこと。

タクヤがいきなり現れたこと。

頭の中は、もうパニック状態だった。

とにかく、この場から立ち去りたい。

1人になりたい。

そう思った私は、すかさずバッグを抱え立ち上がろうとした。

――すると。



♪~♪~♪



「あっ!」


再び、私の携帯に着信が入った。

ディスプレイには『お姉ちゃん』の文字。


「もしもし!」


私は、すぐさま電話に出た。


「お母さんの容体は、どうなの!?」



《リツコ……》



お姉ちゃんは言った。



《大丈夫だったよ》



え……?



《アルコールの急激な過剰摂取みたい。意識も今ははっきりしてるし、お医者さんも、もう安心していいってさ》



「ほんとに!?」



《うん。お母さんも明日からはアルコールを控えるようにするって言ってるから。ごめんね、余計な心配かけさせて》



「ううん」


私は、涙を拭いながら首を横に振った。


「ありがとうね、連絡くれて。来月は、実家に帰るから」



《うん、またね》



パタン――



さっきと同じように、携帯を閉じる音が、夜の街に小さく響いた。

でも、今回は違う。

すごく心地の良い音として、私の耳に飛びこんできた。


「良かった……」


これで、お母さんとの別れじゃないことは判明した。

あぁ。

良かった。

本当に良かった。


「でも……」


ちょっと待って。

じゃあ、いったいなんなんだろう。

ますます『別れ』の意味が分からないよ。

カプセルが意味する謎は、さらに深まるばかりだった。

すると、そんな私に向かって、


「なあ、リツコ……」


タクヤが、そっと話しかけてきた。


「ちょっとだけ、話できるかな?」

「う、うん」


私は、緊張からか、視線を合わすことなく頷いた。

そう。

今、私の目の前には、タクヤがいる。

さっきの電話のことで気が動転してたけど、こんな所でタクヤと出会うなんて、すごい偶然なんだよね。


「あ、あの……」


私は、なるべく平静を装うように気をつけながら、続けて口を開いた。


「久しぶり、タクヤ……元気だった?」

「あぁ、まあ、普通かな」


タクヤは、ネクタイを緩めたあと、ぽりぽりと頭をかいて、私と同様、視線を合わそうとはしなかった。

やっぱり、気まずいんだろうな。

そりゃ、私も気まずいよ。

今だって、逃げ出したい気持ちでいっぱいだもん。

でも……私はタクヤと話したいこと、いっぱいあるんだよね。

いっぱい、いっぱいあるんだよね。

そうだよね……ここで逃げちゃだめなんだよね。


よし!──


「あのね……」


顔をゆっくりと持ち上げた私は、タクヤの目をじっと見つめながら言った。


「あのメール……どういうことなの?」


それは、あの時のお別れメールについて。

どうしても真実を知りたい私は、それだけを言うと、あとは黙ってじっと待っていた。


伝わって。

タクヤに、私の思いが伝わって。


私は自分の2つの瞳から、そんな光線を激しく放ち続けた。

そのあとお互いが無言のまま、2分ほど経った時だろうか。


「あのさ、リツコ……」


その思いが伝わったのか、タクヤが私の目を見て、真剣に話し始めた。


「ごめんな……ちゃんと言わなきゃいけないとは思ってたんだ……」


そして、私に軽く頭を下げた。


「メールで別れを伝えたりして、本当にすまなかった……」

「タクヤ……」

「でも俺は、本当におまえが好きで付き合ってたから……だけど今は、他に好きな人がいるんだ……」

「そうなんだ……」

「あの時のメールは、自分でもテンパってよく分からない内容になっちゃったけど、リツコのことは本当に好きだったから」

「ありがとう……ちゃんと言ってくれて」


私は、深くお辞儀をした。

そして、タクヤと握手をしてお互いの幸せを祈りあった。


幸せになってね。

私は、タクヤの新しい恋を応援するから。

でも私は、タクヤに負けないぐらい、もっともっと幸せになるもんね。

そんな話をしながら、お互いに笑い合っていた。


自分でも不思議だった。

つかの間の談笑のあと、私の元から去っていくタクヤの姿を、笑顔を浮かべながら見送ることができるなんて。


「そっか……こういうことか……」


あぁ。

やっと分かったよ。

『別れ』の意味が。


タクヤときちんと別れるって意味だったんだね。


そして、おそらくもう1つ。

過去の恋にいつまでも捕われていてウジウジしていた私自身からの別れ。

そういう意味だったんだね。


「よし!」


私は気合いを入れるように、両手で頬をパンパンと叩いた。


始めよう。

せっかく、生まれ変わって新たなスタートをきることができるんだから。



新しい自分


新しい恋


そして、新しい世界を



頑張って見つけにいこう





* * *





――翌日。


「よし……」


私は2回、大きく深呼吸をしたあと、マンションの自分の部屋の隣、303号室のドアの前に立っていた。

その部屋の住人は、もちろんルイ。


「自分から、行動しなくちゃ……」


いけ!

いくんだ、私!


私は震える右手で、インターホンに手を伸ばした。

『ピンポ~ン』という柔らかい音に、心臓の鼓動がすぐさま反応し、どんどん勢いを増していくのを感じていた。

そして「は~い」という声と共に、ルイは玄関の扉を開けた。


「あ、あの!」


私は緊張で胸が張り裂けそうな中、すぐさま頭を下げた。


「あっ、ど、どうも……こんにちは」

「こんにちは」


ドアを開けたルイは、にこやかに私に微笑んだ。


「どうしたんですか?」

「あ、あの……」


いけ!

いくんだ、私!


「あのですね……」


私は、頬を真っ赤にしながら言った。


「もしよかったら……」


頑張れ!

頑張れ、私!




「明日……ご飯でも行きませんか?――――」





私の恋のゲームは始まったばかり。


結果は、どうなるかは分からない。


でも、自分から動かなければ、何も変化はない。


ジャックポットは当たらない。



そうなんだ。


今、スタートしたんだ。



頑張ればきっとそこには、素敵なジャックポットのご褒美がある。


だから、これから精一杯楽しもう。




私だけの



恋のゲームを







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