エピソード1『ゲームと私』⑨



* * *



――10分後。


現在時刻は、午後8時。

すっかり薄暗くなった駅前の飲み屋街を、私はブラブラと歩いていた。

本当は、家に帰ってもいい所。

でも、私はいち早く、このカプセルの効果を試してみたい。

だから、心の中で思いを念じながら歩いていた。


想像しない出会い。

刺激的な出会い。

お願いします。

お願いします。


私は、ずっと心の中でそうつぶやいていた。

そして、そのまま歩き続けて数分後──


「お腹すいたな~……」


昼から何も食べていなかったため、私の胃袋の空っぽさは、ピークに到達。

まさに、お腹と背中がくっつきそうな状態だった。


まずいな。

もう、我慢できないな。


「どこかで食べていこうかな……」


自然とそういう考えが浮かび、ところ狭しと並ぶ飲食店を物色し始めた。


「あっ……あそこのお店、おいしそうだな」


すると、興味をひかれるトルコ料理の店を発見。


「えっと、値段は……」


私は小走りで駆け寄り、店の入り口前に置いているメニューを覗きこんだ。


「ディナーセットで3200円か……」


う~ん……3200円……

とほほ。

給料日前だから、1回の夕食でこの値段はちょっときついな。

せめて、あと千円安かったらいいんだけど……


「う~ん……他にいいお店ないかな……」


私は、再びキョロキョロと周りを見渡した。

──すると。



ドン!──



「キャッ!」


い、痛っ!

不意に誰かとぶつかった私は、よろめいてその場に倒れてしまった。


「い、いててて……」

「すみません、大丈夫ですか?」


相手の男の人が、私の背後からやさしく声をかけてくる。

まいったな……まさか、いきなりぶつかるなんて……


えっ……いきなり……?


はっ!

もしかして!

こ、これが想像しない出会いでは!?


確かに、ここでぶつかるなんて、全くの想像外。

じゃ、じゃあ、背後にいるこの男性が!?


運命に導かれし特別な人!?――


「え!?」


私は、最大級の期待を込めて振り返った。

──すると。


「ほへ……?」


私の目が、一瞬で点になった。

そして、私の顔をはっきりと認識した相手の男性も、大きく目を見開いて驚いている。

なぜなら、そこにいたのは、私が見慣れた男性。

そう。

私のお父さんだった。


「え!?」


ていうか、何で!?

何で、ここにお父さんが!?


「お、お父さん! こんなとこで何してるのよ!」


私は、慌てて声を荒げた。

それもそのはず。

だって、実家もお父さんの職場も千葉にあるんだもん。

ここは東京。

普通に考えたら、金曜のこの夜の時間にいるわけがない。

しかも、お父さんは、なぜか綺麗な女の人と腕を組んでいる。


「お、お父さん……お隣り……どなた……?」


私は、恐る恐る尋ねた。


何!?

どういうこと!?

すでに、思考回路はパニック寸前。

もう、何がどうなっているのか、全く理解できなかった。

すると、そんな私の空気を敏感に察知したのか、


「リ、リツコ! 頼む!」


お父さんは胸の前で手を合わせて、必死で懇願し始めた。


「母さんには内緒にしておいてくれ!」

「ど、どういうことなの??」

「実は父さん……以前、出張で東京に来た時に、キャバクラにはまってしまってな……」



へ?



「今日も出張だと嘘をついて東京に出てきたんだ……」



あ、あの……



「だから頼む!」



ちょ、ちょっと……



「母さんには黙っててくれぇぇぇ!」



でぇぇぇぇ~~~~!

全く想像していなかった展開~~~~~~!!



「リツコ! 聞いてくれ!」



は、はい!?



「父さんは、ここにいるアンナちゃんとの一時の恋物語を楽しみたいんだ!」



ぬおぉぉぉぉ~~~~!

めちゃくちゃ、刺激的な恋に燃えちゃってるじゃない~~~~!!



「父さんは、これからもアンナちゃんと、1日だけの青春を続けていきたいんだよ!」



うぎゃぁぁぁぁ~~~~!

お父さんは、確実にどっぷりとキャバクラにはまってるぅぅぅぅl~~~~!!



何で!?

何で、こんな場面に遭遇するのよ!?

はっ!

も、もしや!


これが、カプセルの力!?──


で、でも、確かによく考えてみれば、文面通りだ。


《想像していない刺激的な出会いをし、これからもずっと続いていく恋に直面する私》


そのまんまだわ。

確かに私は、直面しているわ。

キャバクラにはまっているお父さんの恋を、目の当たりにしているわ。

もちろん、こんなお父さんに出会うなんて全く想像していなかったし、私にとっては刺激的過ぎるわよ。

しかも、お父さんは、これからもずっとアンナちゃんとの1日だけの恋を続けていきたいと言っている。

うん。

おもいっきり『ずっと続いていく恋』に直面してしまったわ。


「リツコ……」


そしてお父さんは、ポケットからゴソゴソと何かを取り出しながら言った。


「これ、取っといてくれ」

「へ?」

「じゃあな」


そしてお父さんは、笑顔で私に手を振りながら、アンナちゃんと共に夜の街へと消えて行った。


私に千円札1枚を渡して――――


「い、いや、これって……」


私を買収してるつもり~~!?

ていうか、千円って安すぎるでしょ~~!

絶対、アンナちゃんには、これの何十倍もつぎ込んでいるくせに~~!!


はっ!

こ、これだ!

3個目のカプセルは、これを意味してるんだ!


《思いがけない大金を手にするあなた》


こ、これのこと!?

でも、千円が大金って!?


はっ!

そういえば、さっき私は『あと千円あれば、トルコ料理の豪華な夕食が食べられるのにな~』なんて思っていた。

確かに、あの瞬間の私にとっては、千円は大金だった。


「あ~、もう!」


今回は大失敗だわ!

ていうか、こんなカプセル、いらないわよ!


「よし!」


早くパロパロランドに戻って、もう1回クレーンゲームをしなくちゃ。

私はくるっと体の向きを変え、来た道を急いで戻り始めた。


あっ、そうだ。

あとで、お母さんに電話しなくちゃ。




私を千円で買収しようなんて、考えが甘すぎるのよ。






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