エピソード1『ゲームと私』⑦



 * * *




――3日後。



「な~んにも起こらないな……」


日が沈み始め、星が姿を現そうとウズウズしている午後7時すぎ。

私は、コンビニで買ってきたお弁当を食べながら、マンションの部屋でテレビを見てくつろいでいた。

あれから、3日が過ぎた。

でも、何も出会いらしいものはなかった。


「う~ん……」


何だろう。

やっぱり、こんなカプセル、何の効果もないのかな。

それとも、使い方が間違ってるのかな。


「あっ!」


そういえば、前島さんはこんなことを言ってたな。


《あなたの思いによって、何かしらの1つの結果をもたらします》


確か、こんな感じのことを言ってたな。


「ということは……」


このカプセルの文章通りになりたいという『私の思い』が足りないってことか。


「じゃあ……」


ギュッ──


私はカプセルを握りしめ、強く願った。


お願いします。

私に、最高に素敵な出会いが来ますように。


「お願いします……お願いします……」


私は気づくと、目を閉じ真剣に5回も、ブツブツとつぶやいていた。

――すると。



ピンポーン──



「ん?」


インターホンの押される音が、私の耳に飛びこんできた。

あれ?

こんな時間に誰だろう?


「あっ……そうだ」


そうだった。

今日は、千葉の実家から荷物が届くんだった。

米や野菜や落花生、鰹節などなど、いろいろ食料品を送ってくれるって、お母さんが言ってたな。

東京で1人暮らしをするようになってからは、宅急便で届くこの荷物が本当にありがたいんだよね。

たまに、お隣の301号室の島田さんにもおすそ分けしてるけど、すごく喜んでくれてるしね。


「あれ……ちょっと待って……」


宅急便……?


「あっ!」


も、もしかして!

荷物を届けてくれた人が、超イケメンとか!?

確かいつも、荷物は『コウモリ急便』って会社に頼んでいるはず。


『引っ越しするなら真夜中がお得! 夜逃げをするならコウモリ急便!』


って、訳の分からないCMをテレビでバンバン流してるあの会社だ。



ピンポーン──



さらに、チャイムの音が鳴り響く。

あぁ。

何だろう。

何だかその音が『きみの推理は正解だよ』って知らせる音に思えてくるな。


「よ、よし!」


来たわ!

ついに、最高の出会いがやってきたわ!


「い、いま開けま~す」


ガチャ──


私は、玄関に駆け寄りチェーンロックを外すと、すぐさまドアを開けた。

さあ!

最高級のイケメンよ!

私の前に姿を現して!

私の期待を一心に背負い、ドアの前に立っていたのは――


「どうも~、コウモリ急便で~す」


あ、あれ……?


「お荷物、お届けに参りました~」


お、おじさん……?


「いや~、今日は5月にしては暑いですね~」


あ、あの、イケメンはいずこに……?


「えっと、こちらの紙に……」


ハ、ハハ……


「受け取りのハンコ、お願いしま~す」




いや~~~ん!!

完璧なおじさんじゃ~~~ん!!



そう。

ドアを開けるとそこには、満面の笑みを浮かべ、鼻毛が3本飛び出している中年のおじさんが立っていた。

こ、この人が、最高に素敵な出会いの相手なの!?

なわけないよね。

そんなわけないよね。


で、でもちょっと待って!

もしかしたら、実はすごいお金持ちとか!?

それなら、確かに、最高に素敵な出会いだ。

と、とりあえず、ハンコを押さなきゃ。

私は、そのおじさんをちらちら見ながら、受け取りのハンコを押した。


「どうも、ありがとうございました~、またご利用くださいませ~」



フワッ――



その瞬間、うつむいていた私の横顔に、涼しげな風が通り過ぎた。

その風が、私に何か違う感覚をもたらした。

うまく言えないけど、顔を上げると、私にとって何かが変わっているようなそんな気がした。


やっぱり!

やっぱり、このおじさんには何かあるのかもしれない!


少しだけでも話してみよう。

そうすれば、今の状況から変化があるかもしれない。


「あ、あの!」

「はい?」

「あのですね……」



…………



私は再び無言になり、重力に逆らえないかのように、下を向いてしまった。

だって、初対面でいきなり何を喋れっていうのよ。

何か、きっかけがあるならまだしも……

う~ん……でも、気になるな。

やっぱり、ここは少しでも話をするべきだな。


「あ、あの!」


私は、勢いよく再び顔を上げ、おじさんを正面から覗きこんだ。

――すると、私の目に!


「あっ!」


あるものが飛び込んできた!

そう!

それは鼻毛だ!


「ハ、ハハ……」



ぬおぉぉぉ~~~~!

鼻毛が5本に増えてる~~~~~~!!



そう。

さっきの風の影響だろうか。

飛び出している鼻毛が、3本から5本に増えていた。


ち、違う!

絶対違う!

これは最高の出会いなんかじゃない!


「な、何でもありません。荷物ありがとうございました」

「では、失礼しま~す」


おじさんは、ニッコリ微笑むと丁寧に頭を下げ、その場をあとにした。


「ハァ~……」


そして、1人になった私は、玄関先でがっくりと肩を落とした。

やっぱりね……こんなカプセルが、そんな奇跡みたいなこと起こせるわけないよね。


「バカバカしい……」


早く、ご飯の続きを食べようっと。

私は何度もため息を吐きながら、ドアを閉めリビングに戻った。

すると、その直後だった。



ピンポーン──



「あっ……」


また、インターホンの音だ。

さっきのおじさんが、まだ何か用があるのかな。


「は~い、いま開けま~す」



ガチャ──



「ほへ!?」


その瞬間、私の視線がフリーズした!


いや、体全ての感覚が硬直するような、そんな現象に襲われたという感じだろうか。

なぜなら、目の前に、見たこともないイケメンが立っていたからだ。

25、6歳のアイドル系の甘いマスク。

白い肌。

明るいブラウンの髪。

吸い込まれそうな綺麗な瞳。

長くしなやかな指先。

身長が高く、8頭身の誰もが羨むスタイル。

全てが私のタイプ。

ストライク中のストライクだった。


「……!?」


電流が走る。

私の体に、一目惚れをした時の、あの何万ボルトにも感じるような電流が全身を駆け巡った。


こ、この人は……だ、誰……?

私は、ただ、ただ、無言で彼を見つめていた。


「はじめまして」


彼は、ニッコリ微笑みながら言った。


「今日から隣の303号室に引っ越してきました伊集院と申します」

「ど、どうも」



い、伊集院~~!?

な、なんてイケてる苗字なの~~! !



「ちなみに、下の名前はルイです」

「へ、へえ~」



ルイだと~~!?

なんて、オシャレな名前なの~~~~!!



「僕、フランスと日本のハーフなんです。まあ、日本生まれなので、フランス語は苦手ですけど」

「そ、そうなんですか」



いや~~~~ん!

百点満点~~~~!

ようこそ、お隣りへ~~~~!

ボンジュ~ル~~~~~~!!



「これから、よろしくお願いします」

「あっ、は、はい、こちらこそ」



うきゃきゃきゃ~~~~!

気を抜くとにやける~~~~~~!!



私は、必死で平静を装いながら、しばらくルイの顔に見とれてしまった。

目の前に、最高に素敵な男性がいる。


間違いない。

本物だ。

このカプセルの効力は本物だ。


《最高に素敵な出会いをするあなた》


この文章の通りになったもん。

最高に素敵な出会いをしたんだもん。


それから約1分間。

磁石のN極が、S極に吸い寄せられるように、私はじっとルイの顔を見つめていた。


──すると。


「あ、あの……」


ルイは、苦笑いをしながら言った。


「僕の顔に何かついてます?」

「ううん……」

「鼻毛でも出てますか?」

「ううん……」



鼻毛なんか出てないよ。


1本たりとも出てないよ。




でも、今はもうちょっとだけ




最高に素敵な出会いの余韻に浸らせて







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