エピソード1『ゲームと私』⑥
* * *
それから数分後、私は、エレベーターで3階に案内された。
3階は、ネットでオンライン対戦ができるビデオゲームやカードゲームのフロア。
その奥。
『関係者専用』と書かれた扉の中に私は入った。
――すると。
「いらっしゃいませ。そして、おめでとうございます。お客様は、当店2人目の10万枚保有者です」
スーツを着た女の人が、私に深々と頭を下げ始めた。
胸につけているネームプレートには、前島と書いている。
パーマをあてた黒髪を1つにまとめ、いかにもキャリアウーマンといった感じの女性だ。
ちなみに、この部屋は20畳ぐらいで、マシンが中央に1台だけ設置されてある。
あとは何もない。
「実はですね……」
前島さんは、やさしい笑顔でさらに話を続けた。
「メダルを10万枚保有してらっしゃる方には、そのメダルと引き換えに、クレーンゲームをすることができるのです」
「え……?」
クレーンゲーム……?
それって、アームを操作して、ぬいぐるみなんかをゲットするマシンだよね。
え?
それが特典なの??
「あ、あの」
私は尋ねた。
「いったい、どういうことなんですか?」
「簡単に申しあげますと……」
前島さんは、中央にポツンと置いているマシンを、手の平でそっと指し示した。
「こちらのクレーンゲームの中には、ある景品が入っています」
景品……?
「それは『色々な体験をするあなた』のことが書かれた景品です」
色々な体験をする……私……?
「このクレーンゲームをプレイできるチャンスは、5回までとなっております。どうされますか?」
前島さんは、私に選択を求めてきた。
ど、どういうことだろう?
『色々な体験をする私』
これって、どういう意味なんだろう?
とにかく、前島さんの話では、そのクレーンゲームをするには、10万枚のメダルが必要だと言っている。
う~ん、ここなんだよな。
せっかくゲットしたメダルだし、これだけあればずっと遊び続けられる……
はっ!
わ、私は何を考えてるのよ!
こんなに大量のメダルを持ってたら、下手したら毎日通っちゃうじゃないのよ。
そして、そのうち会社を休んでまで、メダルゲームにのめり込んで……
彼氏や結婚にも全く縁がなく、社内では最年長のおつぼね様になって……
『私はメダルと結婚したのよ、オホホホ~!』
なんて、周囲に自慢しだしたりして……
最後は、このゲーセンで常連客から、
『あっ、今日もメダルの神様がやってきた! 我にもご利益を~、ありがたや~!』
なんて崇められたりして……
あ~!
ダメよ!
ダメだわ!
大量のメダルを持ってても、悪い想像しか浮かばないわ!
じゃあ、私の選択は、1つしかないじゃないの。
「あの……」
私は言った。
「獲得したメダル……クレーンゲームに引き換えます」
「かしこまりました」
ではこちらへ、と言って前島さんは私をマシンの前に案内した。
そのクレーンゲームは、いたって普通。
アームを操作して、落とし口まで持ってきたらゲット。
遊び方は、どこにでもあるゲーセンとなんら変わらなかった。
ただ、そのマシンの中に入っている景品は、ぬいぐるみでも雑貨でもお菓子でもない。
それは、カプセル。
直径10cmほどの丸いカプセルのようなものだった。
「では、中川様」
前島さんは言った。
「いつでも、ゲームを始めてくださいませ」
「は、はい」
私は、慣れない手つきでクレーンゲームをし始めた。
ちなみに、アームの操作はこんな感じ。
1番のボタンで横移動。
2番のボタンで縦移動。
そして、3番のボタンで下がり、アームがカプセルを掴むということ。
「さあ、やるぞ……」
私は真剣な眼差しで、ゲームをスタートさせた。
「えっと……」
右に移動して……次は前に……
ボタンを押すことによって、アームは私の意思に従うように、前後左右に動いた。
ちなみに、1番と2番のボタンは何回でもやり直し可能。
3番のボタンを押すまでは、好きなだけ前後左右に動かせるということだ。
「よし、ここかな……」
少し迷ったあと、ついに照準を定め、3番のボタンを押した。
「そのまま! そのまま下がって!」
するとアームは、私の期待通りに順調に下がり始めた。
――そして。
ガシッ!
「あっ!」
つ、つかんだ!
アームが、しっかりとカプセルをつかんでいる!
「やった!」
ゲットだ!
このまま落とし口に!
コトン――
カプセルは小さな音を響かせ、マシンの中から外へと姿を現した。
「よ、よし!」
やった!
カプセルをゲットだ!
私は小さくガッツポーズをしつつ、落とし口からカプセルを取り出した。
「ん……?」
これは、何……?
すると、カプセルを見つめたまま、私の目はキョトンと丸くなった。
そのカプセルの中には、小さな液晶画面があり、そこには、こういう文字が映し出されていた。
《最高に素敵な出会いをするあなた》
「何これ……?」
分からない。
全く意味が分からない。
「あの、すみません……」
私は、首を傾げながら尋ねた。
「これって、どういう意味ですか……?」
「それはですね」
前島さんは、やさしい笑みを浮かべながら言った。
「その文章の内容を、中川様が体験できるということです」
「え?」
体験できる?
な、何それ?
私は、さらに訳が分からなくなった。
「あの……どういうことですか?」
「実はですね……」
前島さんは言った。
「私たちは、ある発明をしたのです。まあ、元々は、新型のメダルマシンを開発する途中のプログラムで偶然生まれたものですが」
「は、はあ」
「そのカプセルの中には、とても小型の高度なコンピューターが搭載されています」
そして、と前島さんは言った。
「持っているだけで、人体に害のない特殊な『H53-rB』型の68マイクロテスラほどの電磁波、そして、2万8千ヘルツの弾性振動波をさらに改良した『ZJ-01』型の超音波がそこから放出されます」
さらに、と前島さんは言った。
「そこにあなたの気持ちが上乗せされた時……1つの何かしらの結果をもたらします」
何かしらの……結果……?
「もっと詳しい説明がお望みなら、パソコン内に保存されているプログラムデータ等をお見せいたしますが?」
「い、いえ、結構です」
私は、即座に首を横に振って断った。
これ以上、説明されても、機械に強くない私にとっては混乱するばかり。
でも、こんな私でも、今の説明で大まかなことは、だいたい分かったような気がする。
要は、こういうことなんだろうな。
『このカプセルを持っていれば、私に最高に素敵な出会いが訪れる』
って、ことなんだろうな。
今回出たカプセルの内容が『最高に素敵な出会いをするあなた』だから、多分、こういう意味で間違いないはず。
で、でも、そんなことが、本当にあるの!?
もし、この文章のことを私が体験できたら、この企業はとんでもない発明をしたことになるよね。
「す、すごい……」
私は、めったにお目にかかれない宝物を見るように、色んな角度からそのカプセルを眺めていた。
すると、そんな私に対して、
「ちなみにですが」
前島さんは、さらに説明を続けた。
「先程、5回までカプセルをゲットできるチャンスがあると申しましたが……次にクレーンゲームをされた場合、そのカプセルは没収させていただきます」
「え?」
「その代わり、次のカプセルを狙うチャンスが貰える……そういうことです」
「チャンス……」
「まあ、そこの見極めも、ゲームの楽しさということでございます」
「は、はあ」
なるほど、そういうことか。
つまり、私がこの『最高に素敵な出会い』を放棄すれば、次のカプセルが手に入るということか。
じゃあ、今、このカプセルを放棄すれば、また新しいカプセルをゲットできるということだよね。
もしかしたら、次のカプセルには、もっといいことが書いているかもしれない……
う~ん……迷っちゃう……
確かに、これは見極めが重要なポイントになってくるよね。
「あの……」
ひとつ質問なんですが、と私は尋ねた。
「その5回のチャンスって、有効期限はあるんですか?」
「ええ、1ヶ月です。その間なら自由にカプセルを活用することが可能です」
あっ、と前島さんは言った。
「申し訳ございません」
そして、丁寧に頭を下げ始めた。
「もう1つ、補足説明をよろしいですか?」
「は、はい、どうぞ」
「最後の5回目のカプセルに限り、返却は不可となっております。というのは、5回目のカプセルは、ゲットした時点で、コンピューターが中川様にとって最善の結果をもたらすようにプログラムされています」
「は、はあ、そうなんですか」
どうやら、5回目のカプセルだけ特別なようだ。
つまり、4回目までは『私の思い』によって結果が違ってくる。
でも、5回目は、自動的に私に最善の結果をもたらしてくれる。
なるほど。
ちょっとしたボーナスみたいなもんか。
それにしても、科学の進歩はすごいな。
いったいどうやったら、こんな魔法みたいな機械が作れるんだろう。
そして、さらに、前島さんは私にこんな話もしてくれた。
メダルの10万枚保有者は、私が2人目。
よって、このクレーンゲームをプレイしてカプセルをゲットしたのも、私とあとはその1人だけということになる。
前回の人は、このカプセルによって最高の幸せをつかんだ模様。
それを聞いて、私の期待度は一気に高まった。
「よし……」
このカプセルを使うか。
気に入らなかったら、返却すればいいんだしね。
とりあえず『最高に素敵な出会い』がどんなものか、じっくり見させてもらおうかな。
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