エピソード1『ゲームと私』④



* * *




――1時間後。



「ハァ~……」

「ハァ~……」


ユカッチと私は、空になったメダルかごを見つめ、立て続けにため息を吐き出した。

ダメだ。

そうそう、うまくいくもんじゃないな。

小さな当たりは結構あったけど、ジャックポットチャンスには全くかすりもしなかったな。

手元にあるメダルは0枚。

スロットが回るストックは、あと8個。

私たちに残された運命は、このスロットの結果を8回見守るだけだ。


「ねえ、ユカッチ」


私は、頬杖をつきながら寂しげに言った。


「もう、そろそろ終わりだね」

「まあ、こればっかりは運やからね」


でもな、とユカッチは言った。


「こういうメダルゲームも、遊んでみたら結構楽しいもんやろ?」

「うん!」


私は、興奮ぎみで言った。


「こんなに面白かったんだね! すっごく楽しかった!」

「アハハ、良かったね」


ユカッチは、にっこり微笑んだ。


「ほな、残りのスロットが終わったら、ちょっとだけ、お茶しに行こか」

「そうだね」


私は、後ろ髪をひかれる思いだが、素直にコクリと頷いた。


あ~あ……もうすぐ、ここから帰るのか。

あと8回……スロットが8回転すれば、もうここからおさらばか……


「ん~……」


い、嫌だぁぁぁぁ~~!

やっぱり、ジャックポットが当たるまで遊びたいぃぃぃぃ~~!


私は、表面上は平静を装いつつも、心の中ではジタバタと暴れていた。

それは、子供のような感覚。

もっと、ここにいたい!

もっと、ここで遊びたい!

そんな聞き分けのない子供のようだった。


とにかく、私は考えた。

何とかして続ける方法はないのか?

メダルを手に入れる方法はないのか?


そりゃ、メダルを買えばいいに決まってる。

千円で80枚。

お金を出して買えばいいのは分かってる。

でもね、スタート時点で手元には千枚あったわけでしょ。

今さら、千円出してたった80枚買うのが、もったいなく感じてしまうのよね、これが。


ん~……何か、いい方法はないかな……


「あっ!」


その時だった。

私が、なにげなく地面に目を向けると、他のマシンの下にメダルが落ちているのを発見した。


見つけた!

ついに見つけたわ!

これは、神様が私にくれたチャンスだわ!


「ラッキー!」


私は椅子から下りると、ウキウキでマシンの下に手を突っ込んだ。


「ちょ、ちょっと! 何してんねん!」


だがその直後、ユカッチが、すかさず私の服をつかんだ。


「リツコ、何やってんねん!」

「だって、このマシンの下にメダルが落ちてるんだもん」

「あほか! 恥ずかしいからやめてや!」

「え~、別にいいじゃない」

「あかんて!」


ユカッチは、呆れたように小さく息を吐き出したあと、私の耳元に小声で言った。


「そんなことしとったら、店員さんに出入り禁止にされるで。この店、ほんま厳しいんやから」

「えっ!」


う、うそ!

私は、急いで手を引っ込めて椅子に戻った。

あ、危ない。

何だか今、私は、2度と戻って来れないような危険な扉を開けようとしていた。

こんなことまでしてメダルを手に入れていたら、いずれ私はここの常連になってしまう。

そして、同じ常連のおばちゃん達と仲良くなって、自分が持っているメダルの枚数を競ったりするのかもしれない。


あ~!

ダメだ、ダメだ!


いくら彼氏に振られたからって、いくら私が本命の彼女じゃなかったからって、ゲーセンに毎日通ってちゃ、新しい恋なんか絶対に見つからないわ!


ダメよ!

メダルを拾ってまで、ゲームにはまっちゃダメ!


これで、最後。

とりあえず、あと8回スロットが回ったら帰ろう。


私は前かがみになり、再び液晶画面を眺め始めた。



――すると、その時。



「あっ、彼氏からや」


つい今しがた、受信した携帯のメールに目を通したあと、ユカッチが申し訳なさそうに言った。


「リツコ、ほんまごめんやけど……今から彼氏が会いたいって言うんよ」

「そうなんだ。そういえば、ユカッチって、今の彼氏といつから付き合い始めたの?」

「えっとね、まだ日は浅いで。せやから、今はラブラブモード全開……」


そう言いかけた時「あっ!」とユカッチは慌てて口をふさいだ。


「ご、ごめんな……」

「何、謝ってんのよ~」


アハハ、と私は笑った。


「私のことは気にしないでさ~、早く彼氏のとこに行ってきなよ」

「う、うん。ほんま、ありがとうな」


ユカッチは、舌をペロッと出しながら言った。


「ごめんな、残ったメダルはリツコにあげるから」

「ほんとに? じゃあ、このスロットに本気で祈りを捧げよっかな」

「うん、頑張ってな」


ユカッチは、笑みを浮かべながら私に手を振った。


「ほな、行ってくるね。うちも、ジャックポットが当たるように祈っとくわ」

「うん、バイバイ~」


私も軽く手を振って、ユカッチを見送った。


「ハア……」


そして、1人になった私は、ボンヤリとただ回転するスロットだけを眺めていた。


「いいな、ユカッチは……やさしい彼氏がいて……」


ほんとに羨ましいよ。

きっと、メールを見るのも楽しくてしょうがないんだろうな。

私は、タクヤのお別れメールのおかげで、当分メール恐怖症になっちゃいそうだよ。


「とほほ……」


1人になっちゃったよ。

ゲーセンに1人でいても寂しいだけだよ。

とりあえず、このスロットが終わったら、今日はもう家に帰ろうかな。


私は、バッグと薄手のスプリングコートを抱え、いつでも店を出られるように準備を始めた。



――だが、その時。



「え!?」


私の目が、液晶画面に釘付けになった。

そう。

それは、8回目のスロットが回り始めた時。

今までとは違う音楽が流れ始め、画面の中の演出効果も、何だかおかしな動きを見せている。


「き、きた! リーチだ!」


やがて画面には、ある絵柄が2枚映し出されていた。


「ド、ドラゴンだ!」


その絵柄はドラゴン。

ジャックポットチャンスに繋がるドラゴンの絵柄が2枚登場していた。


「う、うそ!」


きた!

ついにきた!

あと1枚で、ドラゴンの絵柄が3枚そろう!


私は胸のドキドキを抑えながら、さらに前のめりになり、液晶画面を覗き込んだ。


「ど、どうなるの、これ??」


リーチ状態から、なかなか決まらない。

絵柄が進んだり戻ったり、そのたびに私は一喜一憂。

お客さんを盛り上げるためのマシンのじらし大作戦。

私は、見事にその術中に、はまってしまった。


「ド、ドキドキする!」


でも、この時間がたまらない。

ドラゴンがそろうのかそろわないのか、この緊張感が最高にワクワクする。



――そして、15秒後。



「や、やった!」


ついに、その瞬間は訪れた。

そう。

待ちに待ったドラゴンが、見事に3枚、横一列に整列している。

もう動かない。

ドラゴンは仲良く3匹並んだまま、神々しい輝きを放っている。



ジャックポットチャンスの到来だ――



やった!

やった! ついにやったよ!



「きたぁぁぁぁぁ!!」



私は、すごい大仕事をやってのけたわよぉぉぉぉ~~!!




メダルゲームって!!




最高に面白いわ~~~!!






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