第3話 不死の少女はハッカーの夢を見るか?
ガルチュアは既に臨戦態勢だ。今回は三方が壁に囲まれているせいか、翼は生やしていない。そしてキルエも構えている。これまで爆殺するところしか見たことのなかったイヴは、彼が構えているのが意外だった。しかし、相変わらず顔はニタニタ笑っている。目の前は爆発による粉塵で判然としない。
「イヴ=サン、死なないとは言エ、一応離れておいた方がいいデスヨ」
イヴはなるべく隅の方へ退避しようと足を踏み出したその時! 煙を突き破って金髪男が強襲を仕掛けた!
「お前から死ね!」
男の掌底がイヴの顔面を捕える寸前、凄まじい蹴りが男の腕を叩き折らんとばかりに襲い掛かる。キルエだ!
「チッ!」
金髪男は素早く手を引き、バックステップ退避。反応が鋭い。身体能力はかなり高いようだ。キルエはイヴを逃がし、再び構える。
「一番弱そうなところから切り崩すのは定石デスガ、少々短絡的過ぎマス。それとその腕、義手デスカ。何か仕込んでマスネ?」
「ハッ! ご名答! イカれた格好の割には頭が切れるなピエロ野郎!」
金髪男の手からは紫色の液体が滴り落ちる。地面に落ちた雫は煙を上げ路面を溶かした。酸である。
「セッカクのワンピースが台無しになるのもなんデスカラ、貴方はボクが相手をしまショウ」
◆
一方、煙が晴れると義眼男はその場に立ったままだった。左腕はパージし、電磁シールドが展開されている。義眼男もどうやら、全身にサイバネティックスが施されているらしい。
金髪男をキルエに任せ、ガルチュアは義眼男と対峙した。義眼男とは反対にガルチュアの体にサイバネティックスは使われていない。代わりに彼の体は無数の動物の細胞が埋め込まれ、それらの爆発的な活性化が、彼の形態変化を可能にしていた。
義眼男のカメラアイ画面では、既にガルチュアに標準が定まっている。左腕に電磁シールドが素早く収納されると、今度は右腕が展開し、ガトリング砲が露になった。銃身が激しく音を立てて回転すると同時に薬莢を吐き出す!
ガルチュアは咄嗟に横に飛び退き掃射を躱し、そのあとを追うようにアスファルトがえぐられていく。隠れる場所の無い袋小路では、この状況は不利でしかない。ガルチュアは弾丸の雨を潜り抜け、義眼男との距離を詰める! 近付くほど掃射を逃れるのが難しくなり、何発かはガルチュアの体をかすめた。これ以上は避けられないという限界ギリギリのところで、ガルチュアは右腕の触手を爆発的なスピードで伸ばした。
凄まじい速度で迫りくる触手に対し、義眼男は再び左腕の電磁シールドを展開。機銃掃射が止んだ一瞬をついてガルチュアは一気に距離を詰める! ガルチュアは左手でそのまま義眼男をシールドごと殴りつける。男は素早く右手を元に戻し、今度は太腿のハッチから取り出した電磁ブレードで切りかかってきた。ガルチュアは斬撃を躱すと、義眼男の振り下ろされた右腕の関節に手刀を叩き込む。
ゴキっという鈍い音と共に義眼男の右腕はブラリと垂れ下がった。
◆
私は二人の闘いをただ見ているしかなかった。目の前で激しい応戦が繰り広げられているのに、何もできない。ただ死なないというだけでは役に立てないのだろうか。でも少なくとも私を守る必要は無い。だから足でまといになることはないはずだ。
二人の旅についていくためにも、私も何か役に立てるものを見つけなければ。
◆
キルエは金髪男の攻撃を寸でのところで躱し続ける。
「この距離ならお得意の爆弾は使えねぇだろピエロ野郎!」
「エェエェ、確かに不利デスネ。しかも貴方は近接戦闘に向いた能力をお持ちダ」
「その余裕が気に入らねぇな!」
「貴方の身体能力の高サ、そして義手の仕掛けはわかりマシタ。他に隠し玉は無いのデスカ?」
「ハッ! テメェは俺様の手が触れたら最後だってわかってんのか!?」
キルエはやれやれという顔をした。
「飽きてきたノデ、反撃しマス」
そういうとキルエはバールで金髪男の腕を叩き落とした。体制を崩した男の鳩尾にキルエは容赦ない掌底を叩き込む! 男の体が一瞬くの時に曲がり宙に浮く。キルエは男の目の前で勢いよく回転すると、男の首を刈り取るような強烈な回し蹴りを放った。
男は放物線を描き、落下。しかし、すぐに立ち上がる。男は口から血の塊を吐き捨て、ニヤリと笑った。男の手の中で、深紅の布が溶けている。イヴが「あ」っと声を上げる。キルエの右足は赤く血に染まっていた。キルエが男を蹴った時、相手もただ蹴り飛ばされただけではなかった。キルエの右足は、金髪男によって脹脛の辺りがえぐり取られていたのだ。
「ハッハー! これでもう逃げ回れないぜピエロ野郎!」
金髪男は勝ち誇った顔をしている。イヴは心配そうにキルエの方を見た。しかし、キルエはまたニタニタ顔に戻っている。
「イェイェ、もう逃げ回る必要はありマセン」
「あぁ!?」
「もうお遊戯の時間は終ワッタ、ということデス」
「言ってる意味がわかんねぇんだよぉ!!」
金髪男はイラつきながら、再びキルエに向かって走り出した。
「さっさと死――」
KABOOOOOOOM!KABOOOOOOOM! 突如、男の腕が爆発して弾け飛ぶ。
「っあぁぁぁっぁあチキショーめぇぇ」
男の拳はキルエに届くことなく明後日の方へ飛んでいく。
「駄目じゃないデスカ。不用意に爆弾魔に近付いチャ、アハハ」
キルエの体からガサガサと羽蟲達が這い出していく。
「残念デスガ、ゲームオーバーデス」
キルエの口角が吊り上がり、冷酷な笑みを浮かている。
KABOOM!KABOOM!KABOOM!KABOOM!KABOOM!KABOOM!KABOOM!KABOOM!KABOOM!
金髪男に羽蟲達が殺到し、無数の爆発が起きる。男の体が見る間にズタズタになっていく。足は片方しか残っておらず、焼け焦げた胴体と頭がそのまま地面に倒れ込んだ。だが、驚くべきことに、まだわずかながら息がある。
「……テメェらよぉ……ハァ……派手に暴れ過ぎたぜぇ……俺達以外にも……テメェらを狙ってる連中が動き出した……このまま……ハァ……生き延びられると……思うなよ……」
そこで男は力尽きた。呪いのような言葉を残して。
◆
ガルチュアの方も既に勝負はついたようである。義眼男の頭部をもぎ取ったガルチュアの目の前で、男の体は膝から崩れ落ちた。ガルチュアはほとんど無傷のようである。
イヴはキルエに駆け寄った。
「足、大丈夫なの?」
「エェ元々義足デスノデ。替えを探さなければいけマセンガ。遊び過ぎマシタネ、アハハ」
キルエが右足を上げると足先がプラプラと揺れている。
「おい、手間を増やしやがって」
ガルチュアは相変わらず不愛想だ。
「新しい義足が必要デスネ。ゴトー=サンに連絡してみマスカ」
「誰?」
「言ったデショ? 面白い人形は破壊シナイ。彼は研究所生まれジャナクテ、ご自身でボーグになられた方デスガ」
「技師だ。こいつをただの蟲使いから爆弾魔に仕立て上げたイカれた爺さんさ」
「面白そう」
「エェエェ、なかなか興味深いお方デスヨ」
◆
都心近くまで来ていたおかげで、幸いにも公衆端末はすぐに見つかった。キルエの足では、こちらからゴトーに会いに行くのは流石に骨である。ガルチュアがゴトーに連絡を付け、明日の夜に落ち合うことになった。
「こういう場合、移動手段が無いとやはり不便デスネ」
「車、盗んだらいいのに」
これまでの二人のやり方なら、それくらいやりそうなのに。不思議がっている私に、キルエは丁寧に説明してくれた。
「我々には盗めないのデスヨ。最近の車はすべてネットワークによってセキュリティーが管理されていマス。だからドアを壊して、運転席に座ったところで車は動きマセン。車を盗むナラ、セキュリティーにハッキングをかける必要がアル。でもボクもガルチュア=サンも、残念ながらハッカーではありマセン」
そうか。だから研究所を襲った時も、あんなに強引だったのか。この先もハッカーがいれば何かと便利かもしれない。私がハッカーならよかったのに。
「ねぇ、私、ハッカーになりたい」
「ハッカー、デスカ。どうでショウネ。いかんせん我々にはその知識がナイ。ハッカーになりたケレバ、ハッカーに弟子入りするノガ一番でショウネ」
「私、向いてると思う。ファイアウォールに脳を焼かれても、死なないから」
「フムフム、それはそうかもしれマセンネ。シカシ別に、貴女が我々の役に立つ存在である必要はありマセンヨ?」
「私が嫌。今のままじゃ、ただのお荷物だから。フェアじゃない」
キルエは顎を撫でて考えている。
「……いいじゃねぇか。嬢ちゃんの好きにさせてやれ」
珍しくガルチュアが私の意見に賛同してくれた。
「そうデスネ。自発性は尊重されるベキダ。ゴトー=サンにも相談してみマショウ」
「ありがとう」
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