第15話 魔族の置き土産

 ぼくはパルムに体当たりするように突き飛ばした。

 バランスを失い、転倒しそうになる彼をかばうため、体の下に滑り込んで受け止める。

 衝撃。気が遠くなりかけた。

 細身の少年とはいえ、一人分の体重を体に受けたのだから当然だ。

 さっきまでぼくたちがいた空間を、黒い影が通り過ぎていくのを感じた。


「……ッ!」


 慌てて起き上がろうとしたが、どうやら転んだときに頭も打ったらしい。足が何かに絡まったようになり、うまく立ち上がれない。

 ぼくは自分の体と意識を𠮟咤し、地面を転がる。あの怪物から、なるべく遠ざかるように。


深蔓みつるさん!」


 不測の事態にいち早く気づいたのは、八木さんだった。


「そのまま動かないで!」


 地面で転がるぼくの視界に、八木さんの姿は映らない。

 何をするつもりなのか分からなかったが、いまは彼を信じるしかなかった。

 ぼくはパルムに覆い被さり、彼が動かないように両手で抱き、身をすくめる。

 バン、バン!という鋭い破裂音が耳を打つ。

 それと同時に、バスッ!という布袋を突き刺したような音がした。


 ——撃った? 何を? 銃!?


「いまです、逃げてください! 早く、走って!」


 ぼくは混乱しながら体を横に一回転させ、その勢いでパルムの体を魔族と反対の方向へと投げ捨てた。

 口の中に土が入り込み、鼻の奥に苦みが広がる。

 右腕がひどく痛んだ。投げるときに腕の筋を痛めたのだろうか。


 回転する視界の中に、茶色い落ち葉が舞い散る。

 その向こう側には、腰だめに拳銃を構える八木さんの姿があった。


「ルシル!」


 八木さんの声とともに、ルシルが跳ねるように飛び出した。

 その両手は、まるで蛍光灯でも持っているかのように白く輝いている。


「消えちゃえ!」


 ルシルの掌から閃光が放たれた。

 熱を感じる。髪の毛が灼けるような、イヤな匂いがした。


「深蔓!」


 母さんの声がした。


「母さ……、危な……来ちゃダメ……」

「大丈夫よ。アレならルシルが倒したわ。落ち着いて。しっかりしなさい」


 駆け寄ってきた母さんが、ぼくの体を抱き上げた。


「そっか……よかった」


 だとしたら、パルムもきっと無事だろう。良かった。


「まったくあんたは……子供のころから、臆病なくせに無茶ばっかりするんだから……」

「あはは、ごめんごめん。つい……」


 笑おうとしたが、右腕がズキンと痛み、顔が引きつるのを感じる。

 その瞬間、素早く動く何かが、ぼくに体当たりを仕掛けてきた。

 正体不明の生き物にしがみつかれ、思わず「ぎゃっ!」と悲鳴が漏れる!

 もしかして、まだ敵が残っていたのか!?


「うわああああ、なに!?」

「落ち着きなさい、あたしよ」


 気がつけば、ルシルの顔が目の前にあった。まさに眼前。お互いの鼻がくっつきそうな距離だ。

 なんだか、さっきから視界にモヤがかかったみたいになっているけど、そんな状況でも彼女の美貌はなんら損なわれないように感じた。

 ぼくは、ぼんやりする頭で「これで性格がアレじゃなければな……」と思った。


「び、びっくり……ないでよ……」

「ミツル、やっぱりあなたはソージローの血を引いてるわ」


 突然、何を言い出すのだろう。

 何か言い返そうとしたが、うまく言葉が出てこなかった。


「ううん、ソー……ローだけじゃない……あ……たは……の……」


 おまけに、ルシルの言葉もはっきり聞き取れない。「もっと大きな声でしゃべってよ」と言おうとしたが、ぼくの口は意味のない声をヒューヒューはき出すだけだった……。


「え……! ちょっと、ミ……ル! どう……たの!? しっか……しな……い!」


 目の前のルシルの顔が次第に色彩を失っていき……。


 ぼくの意識は、そこで途絶えた。

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