第14話 侵入者……?
「のわああぁぁぁああ! やめて! おろして!」
「やめっ……やめなさい、ルシル!」
人間の体は、空を飛べるようにはできていない。
自然の摂理に逆らって空を飛べば、恐怖に襲われるのは当然の道理である。
非日常的な浮遊感に襲われながら、ぼくと八木さんはだだっ子のように手足をばたつかせた。
「すぐ着くから、静かにしててよね。えーっと、Kの2地点というと、このへんね」
ルシルは迷惑そうに言い放つと、空中で一度停止し、眼下を見下ろした。
「見つけたわ。赤い服」
言うなり、急降下した。地面がすごいスピードで迫ってくる。
ぼくと八木さんは思わず「ひえええええ!」と情けない悲鳴を発っしたが、ルシルはお構いなしである。
やがて森の中に、人影らしきものが見えた。
鬱蒼とした木々の枝に隠れて姿はよく見えないが、赤い服は嫌でも目に付く。
よく見れば、いっしょに誰かいるようだった。赤い服の女に捕まってる……? パルムだろうか。
「その子を放しなさい!」
そう叫びながら、ルシルは強引に森の中へ着陸した。
ぼくたちを包み込む大気の壁がバキバキと耳障りな音を立てて木の枝をへし折り、地面に落ちた木の葉を巻き上げる。
いま気にすることでもないが、エルフって木を大切にするんじゃなかったっけ……? こんなに枝をへし折っても大丈夫なのだろうか……?
もう一方の手は、傍らにいるパルムの腕を掴んでいる。パルムが捕まったのを見て不安になったものの、いまのところ危害を加えられた様子はなく、ぼくはほっと胸をなで下ろした。
数秒のときをおいて、風が収まった。
宙を舞っていた木の葉が、ゆっくりと地に落ちていく。
侵入者の女が、顔を覆っていた腕をゆっくりと下ろした。
そこにあった顔は……。
「あれ?」
「あら?」
「んん?」
侵入者の顔を見た瞬間、ぼくとルシルと八木さんは、三人三様の間抜けな声をあげた。
「お久しぶり、ルシル。よくもわたしをコケにしてくれたわね」
それは涼やかで、美しい声だった。
しかし、ぼくにはその声に怒気がはらまれていることを一瞬で理解した。
なぜなら、その声は聞き慣れたものだったからだ。生まれてこのかた二十八年、毎日のように聞き続けた声。そこに含まれる感情を捉え違えることなど、ありえない。
「母さん……?」
「マリコ……?」
もうとっくに五十歳を超えているというのに、若々しい風貌。
ショートボブにした、サラサラの黒髪。パルムが二十代と誤認するのも仕方がないほど、滑らかな肌。
濃いルージュの引かれた唇は挑戦的な弧を描き、強い光を
ぴっちりした深紅のスーツに身を包み、腰に手を当てて仁王立ちしているのは……間違いない。
ご近所で評判の美魔女にして、ぼくの母——西鷺宮茉莉子だった。
「マリコ。あんた、なんでここにいるの?」
「あらルシル。無駄に長生きしすぎてボケたのかしら? さっきメールで伝えたでしょ、ぶっ殺しにいくって。それにここはわたしの実家よ。いつ帰ってこようが勝手でしょうが」
「そうね。三十年近くほったらかしにしとくなんて、本当に勝手なこと。それより、パルムを放しなさい」
「はいはい、放すわよ。別に危害を加えるつもりはなかったの。わたしの知らない子がいたから、捕まえて話を聞こうとしただけよ。ほら、きみ。行って良いわよ」
母さんがパルムから手を放した。哀れな若いエルフは、気まずそうな顔で数歩後ずさる。
そして、ルシルと母さんは互いに歩を進めると、至近距離で
長身の母さんに比べ、頭一つほど背が低いルシルが見上げる形だ。
「ほんっと、無駄に図体と態度ばっかりでっかくなって!」
「あなたは見た目も中身も子供のままね。何百年経ってもお子様なのかしら?」
「ぐぬぬぬ、言わせておけば……!」
いまにも取っ組み合いのケンカが始まりそうだ。
「母さん、ちょっと落ち着いてよ」
「静かにしなさい、このバカ息子! そもそも、あんたがいい歳して誘拐なんかされるからいけないんでしょうが!」
「え、ぼくが悪いの!?」
二人を止めようと声をかけたわけだけど、とばっちりが飛んできただけだった。
八木さんがぼくの耳元で「やらせといたほうがいいですよ。何言っても無駄です」と
パルムはオロオロするばかりだ。
母さんたちのほうと、ぼくのほうに交互に視線をやりながら、「どうにかしてください」という表情で見てくる。
そのときだった。
ぼくはパルムの後方の森の中に、一抱えほどもある、不自然な黒い塊があるのを見つけた。
最初は、木の枝の影か何かだと思ったのだけど、それは意思を持っているかのように、不気味に蠢いている……!
パルムは、母さんとルシルの口論に気を取られ、それの存在に気付いていなかった。
それ——おそらくは亜竜の体から産み落とされた、悪意と力の残滓——はゴムで出来ているかのように体を膨らませ、パルムを背後から包み込むように迫る。
「……ッ!」
危ない!と叫ぼうとしたが、恐怖で声を出せなかった。
しかし、かわりにぼくの足は、持ち主の意に反するかのように、独りでにパルムのほうへと走り出した。
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