文豪の決意3

人間というのは年齢と共に経験が付着する。

好きなものが増える人も居るかもしれない。

でも、どちらかというと苦手が増えるものだと俺は、そう思っている・・・。


プルルルル・・・・ガチャ




出た。



『はい、もしもし』


電話の相手は淡々とした口調で俺の返事を待っている。

どうしよう、どう話そうか。

怒らせないように、怒らせないように!


『もしもし?』


マイナス一ポイント。少し口調がきつくなったように感じた。


「や、やぁ、坂下くん」


おずおずと彼の名を呼ぶ。それ位しか浮かばなかった。


『お久しぶりです、貴生川先生』


「久しぶりだね、げ、元気?」


とにかく無難に会話を進めたかった。

しかし、このまどろっこしい言い方は確実に彼の癇に障ったようで


『形式めいた挨拶は結構。ご要件は?』


バッサリと切られてしまった。


「あのさ、少し話したいことがあって今から来てもらえないかな?」


『ハァ~・・・』


「?」


明らかに深いため息をついて坂下は電話越しからも呆れているのが伝わってきた。


『アパートを引き払われたと聞いて、ホームレスにでも転職したのかと思ったらどこで何をやっているのですか?』


「それは来てもらったら全部話す」


『全く。出版社の方に来て頂くのは難しいのですね』


サギにも俺の話を聞いて欲しかったので「それは少し難しい」と伝えると


『わかりました、そこの地図を送って下さい。すぐに向かいます』


とだけ言い、プツリと電話が切れた。






「貴生川さん、電話の相手って」


「俺の編集の坂下くんだ」


「じゃあ、地獄よりも怖いところって」


「出版社だよ」


そう言うと、サギは吹き出し爆笑した。


「アハハハ!貴生川さんの本を作ってるところこそが貴生川さんが一番怖いところなんだ!」


よほど面白かったのかサギは声を出して笑い

続けた。



マップを転送し、しばらくすると屋敷の前に一人の小柄な男がやって来た。

メガネをかけて、やせ型ながらもきっちりと灰色のスーツを着こなし、青いネクタイをしている彼はその豪邸に動じることもなく凛々しく立っていた。


彼を応接室へと通してもらい俺はそっと出た。


「坂下くん、わざわざありがとう」


「いえ。貴生川先生からの電話なんて一年に一度位の、さらに本当にピンチになった時しかかけてこないですからね。一体今回はスランプに引き続きどんな面倒を持ってきたのかと思ったら・・・」


「?」


「一体いくら借金して、働かされているのですか?」



どうやらこの状況を坂下くんは借金返済の為の労働だと思っているらしい。



「そんなことするわけないだろ!」



「では、私から逃げる為に裏社会に手を染められたとでも?」



「・・・坂下くんなら、裏社会でも上手くやっていけるよ。なんたって元ヤン」



そう言いかけたところで、口を手で覆われた。

その意図は簡単だ。

喋ったらコロスという意味である。




「ところでそちらは?」


坂下はサギの方を向いた。


「ああ、そいつはサギ。えっと何て言うか」



下手したら喧嘩勃発するかもしれないと思うと説明がしづらい。





「貴生川さんの作品のファンです。先生の新作が読みたくて、我が屋敷に招待しました」





サギは最高の笑顔でそう答える。





「これはこれは。ご挨拶が遅れました。私は坂下友久(サカシタトモヒサ)。この締切遅れの常習犯の編集を不本意ながらやっております」




坂下も最高の笑顔でそう答えるが、俺から見ると明らか二人の後ろには龍と虎が見える。




「それで、貴生川先生。ご要件は何でしょうか?」




急に真顔に戻るな。怖いから。



「あ、そのことなんだけれどさ」



俺は手をぐっと握る。





「俺、新作を書きたいんだ」

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