文豪の決意2

「えっ・・・」



「いや、殺したようなもんだって言ったらいいのかな」



驚くサギに俺はたどたどしく説明を続けた。





「俺は印税で慎ましく生活を送っていた。

そんな時に握手会で病気の女の子が来た。

その子は治療の為に高額が必要で、親が俺に頭を下げて来たんだ。

でも、俺は実際貧乏だったし、そんな額が無くって・・・でもお客さんも周りに居たから言えなくて、ついお金目当てで握手会に来るなって言っちゃって・・・その子からは毎月ファンレターが届いていたことを後になって知って、慌てて女の子に会いに行った」




思い出す度に自分の言動がその子を深く傷つけたと再認識させられる。





「でも、もうその子亡くなっていたんだ。遅すぎたんだ」




その子の家に行ったお骨の箱が脳裏に浮かぶ。



「その子の両親はもう大激怒。「お前があの子を殺した。一生恨んでやる」って言われる始末さ」







忘れもしない。あんな形相を人にされたのは初めてだった。





「そしたら、その日から夢に血まみれのその子が現れるようになっちまって、ロクに眠れなくなるし、何も思い浮かばなくなっちまった」





正直、呪われたのかなんて思ったが、きっと自分が殺したと自分でも認識できていたのだろう。俺が書かなくなったのはその日からだ。





「人(キャラクター)を生み出す人間が現実でそんな酷いことして・・・

   のうのうと書いていていいはずがない。だから俺は書くのを辞めたんだ」





わかってくれ。俺は新作を書くわけにはいかないんだ。

そんな誰かに恨まれた状態で書きたくないんだ。




サギは俯いていた。こんな作家できっと幻滅しただろう。





「だから」


「だから何?」






ようやく口を開いたサギが真っ先に言った言葉に開いた口が塞がらない。





「それって、他人に脅されてトラウマになっちゃっただけでしょ?」



それだけのことじゃんとサギは不機嫌そうに項垂れる。



「でもな、お前」



「刺したの?撃ったの?殴ったの?違うでしょ?俺は全部経験しているよ?

            貴生川さんの秘密なんて大したことないんだね」



「なっ!」



「その子は確かに貴生川さんのファンだったかもしれない。

     でもそこに付け込んでお金下さいって言う親はおかしいよ」




「その人達は悪くいうな!」



悪く言ったことを認めたくない。俺は両親の形相を思い浮かべ震える。






「その子が死んだのはその子の寿命。

        両親が貴生川さんを恨むのはお門違いだよ」





サギは冷静に分析し俺のように感情を交えない状態で淡々と話す。


それが俺の凝り固まった思考とトラウマを解いていく。





『貴生川君、

   もしよかったらサギに君が書かない本当の理由を話したらどうだろうか』





林部先生の声が脳内で響いた。先生はきっとここまで見越して提案したのだろう。





「貴生川さん、その子のファンレターはどのように書いてあったの?」




「俺のこと、応援してるって・・・」






その言葉がその子の真意を物語っていた。






書きたい。






俺の目から涙が止めどなく溢れてくる。


年とったら涙腺弱くなるって本当だな。


サギは俺の手を握った。





「貴生川さん、あなたは優しいね。でも、もう解放されていいはずだよ」







そうか。俺は書いてもいいのか。





俺は涙を勢いよく拭った。







そして俺は携帯を取り出した。


充電はあと数パーセント。


ギリギリセーフか。





電話をかける。






「貴生川さん、どこにかけるの?」






サギには皆目見当もつかないだろう。




俺は冷や汗を流しながら、ベタベタになっていく携帯に耳をつけた。









「俺が地獄よりも怖いところだ。」

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