文豪の決意4
「新作ですか」
「貴生川さん」
なんだろう・・・二人が子犬を見るような目でこちらを見てくる。
よほど、俺が「書かない人」で定着しているということがわかる。
「それでさ、出版社の中で缶詰状態で書こうと思って」
「!」
「それはオススメしませんね」
坂下の即答に俺は驚いた。今まで彼がそこまでハッキリと否定することはなかった。
もしかして俺の身を
「過去に貴生川先生を出版社に閉じ込めて缶詰状態にした時、謎の言語を話し始めたかと思ったら、象形文字を書き出したり・・・あんな状態の先生を見守るなんてまっぴらゴメンです」
「あ!病院に運ばれた時か!」
過度のストレスにより発狂したのは一度や二度ではない。その内の最も酷いのが記憶を失くした時だ。
俺は三日ほど謎の言語を話していたらしい。
林部先生が「もう少し発見が遅かったら、このまま帰ってこられなくなるところだった」と言っていたっけ。
でも、今を逃したら書けなくなりそうな気がした。もう引き下がれない。
俺は、その場に土下座した。
「貴生川さん?」
「先生?」
「坂下くん、頼む!書かせてくれ!」
坂下がどんな顔をしていたかは定かではないがかなり驚いていたのだろう。
しばらく返事が返って来ず、俺はしばらく土下座をし続けた。
「貴生川先生、私は先生がそこまでして書きたいという瞬間に出会うことができたことを光栄に思います」
「じゃあ!」
「ええ、出版社には話をつけます。書きましょう」
坂下はその代わりスパルタですが構いませんね?と言ったがほとんど耳には入っておらず俺は喜んだ。
書けることをここまで喜んだのは作家人生で初めてのことであり
「あれだけ逃亡癖があった先生がやっと人間らしいことをしているなんて今日は槍が振ってきてもおかしくない」
と坂下は空を何度も見て、時計を何度も確認している。
きっと彼にとって私は信頼に値しないに人間なのだろう。滅多に動揺しない彼を激しく動揺させてしまった。
「貴生川さん、行っちゃうの?」
サギはポツリと呟いた。
「ああ。でも、きっと新作を持ってお前のところに会いに行く」
わかってくれとばかりに手を握る。
サギは少し寂しそうにしながらも、頭を縦に振ってくれた。
「じゃあ、行ってくる」
逃亡した時とは違い、屋敷からまっすぐ出て俺は出版社へと向かった。
新作を作り上げること。
それはきっと難しいことだ。
でもきっとやり遂げてみせる。
そう、思っていた。あの時までは。
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