優雅な作家活動4
俺は神経質だとよく言われる。
過去にゆで卵が時間通り茹でたのに半熟でないことに発狂し病院に連れて行かれたことがあった。
しかも、内臓の不調ではなく精神の不調を診てもらう、
そう、心療内科を通り越して精神科に。
その頃の俺は明らかにおかしかった。
作家になってしばらく経過した時のことで
次回作を期待される時期だったのもある。
俺は、神経質かどうかは置いておいて、プレッシャーに弱いと自負している。
そのプレッシャーに押しつぶされたのだろう。
プレッシャーに押しつぶされた俺が、なぜゆで卵に発狂したかはわからない。
でも、次に正気に戻った時は、病院で精神安定の点滴を打たれて暫くしてからであった。
それから俺はその病院に通い始めた。
先生は優しく俺の話を聞いてくれる。カウンセラーでもあったのだろう。
キャバクラや風俗で自分を癒し、金をドブに捨てるのなら、金をこの病院に費やす方が何百倍も俺にとっては自分のケアになった。
しかし、病院は数年で無くなった。
経営不振だったと聞くが本当かは定かではない。
林部先生、お元気でしょうか?
あなたは今どこで何をしていますか?
「やあ、貴生川くん」
「は、は、は、林部先生?」
一瞬、我が目を疑った。
俺はサギにボスに挨拶に行くと聞かされ緊張しながらドアを開けたのだ。
「失礼します」と会社の面接のようにノックを二回ほどして入ると、そこにはかつての俺が心を許した数少ない人物が居たのだ。
「久しぶりだね」
林部先生は、あの頃と変わらない感じでにこりと微笑んだ。
まるで診察室にいるかのような気分になる。
あの頃の林部先生は白衣を着ていたが、今は高級そうな真っ黒なスーツを着て鎮座している。
「立っているのも何だし、まあ座りなよ。」
促されて座る。
「サギから話は聞いているよ」
その言葉でふと現実に戻された。
・・・そうだ。ここは診察室ではなかった。
裏社会の組織の根城なのだ。そしてそこに林部先生がいると言うことは
「林部先生・・・まさか」
「お久しぶりだね、貴生川くん。私はここの組織を統括する。まあ、皆からはボスと呼ばれている者だよ」
まさかのまさか。
かつて心を許した林部先生こそが、この組織のボスであった。
「は、林部というのはもしかしなくても偽名だったのですか?」
「そうだね。ちなみにボスというのも愛称に過ぎないからね」
ボスが本名ならそれはそれで驚きだ。
「では、病院!どうして病院の先生を?」
「病院の先生という名目で個人情報を集めるのが目的だったんだ。
あらかた集まったから病院は潰したけれどね」
俺にとってのオアシスがまさかそんない偽りだらけの場で、しかもものすごく簡単な理由で壊しただなんて。
「俺は先生を探したんですよ?お金に困って病院が無くなったと思って、
ご無事かと心配して」
「いやあ、それは済まなかったね。君が一所懸命病院に通ってくれていたのは知っていた。なにせ、三日に一回は来てくれていたからね。
しかし、こうしてまた再会できて私も嬉しいよ、ありがとう」
先生に言われ、思わず涙が出そうになる。
自分でもここまで純粋な部分があったのだと驚かされるほどに。
「はーい。感動の再会はいいけれど、そろそろ執筆活動の方へ移りませんか?」
サギが少し苛立ちながら俺と先生の間を割って入った。
「ああ、そうだったね。貴生川くんの作品は私も期待しているんだ。
是非とも頑張ってもらいたいね」
そう言うと、先生は腕時計を見た。
「おお、いけない。次の予定が入っているんだ。済まないが、サギ。貴生川くんを部屋まで案内してあげて」
「はい」
サギは俺の腕を引っ張りながら部屋を出た。
「ったく。あのオヤジは・・・」
俺は先生と会えたことに感動していたが、
サギは俺とは裏腹に明らかに機嫌が悪い。
「全く。貴生川さんも気をつけなよ。ボスは界隈じゃ名の通った詐欺師だ。貴生川さんなんかすぐに騙されて利用されるだけなんだからね」
あれほど、優しい先生が詐欺師だなんて到底信じられない。しかし、年齢を重ねた今、先生に裏の顔があってもおかしくはないのだろうと思う自分がいた。
「でも、サギ。どうして君が怒ってるんだ?」
俺が問うと、サギは「お茶にでもする?」と言いながら俺の話をスルーした。
「でも、先生。ご無事で良かった・・・」
そう言うとサギがため息をついて
「貴生川さんのそういうところだよ」
とだけ言い放った。
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