優雅な作家活動3

そうして案内されたのがこの場所。


サギは「狭い家だけれど」なんて言うが、俺のアパートの何百、何千倍の敷地が広がっていた。


それに、間違いなくこれは「アジト」だ。


外部からの侵入を防ぐ為の高くて分厚い壁。恐らく爆弾が投げ込まれても大丈夫な為に設計されているのだろう。戦車位ぶつけないと壊れはしないだろう。




どうしよう、ここは表の世界ではない!




そう感じた瞬間に鳥肌がぶわっと溢れ出す。

とんでもないところに来てしまった・・・。




「貴生川さん?」





サギはどうしたのとでも言いたげに見てくるが、俺は気づいた。


こんな豪邸を狭いと表現するということは俺のアパートはゴキブリの・・・いや、これ以上考えると悲しくなるから止めておこう。




「まあ、見慣れない場所にいきなり連れてこられたら誰だって緊張するよね。お茶でもする?」





俺は首を振った。こいつのペースに巻き込まれると、なんだか恐ろしい契約でもさせられそうな気がする。



俺は黙って下を向いた。



扉を部下らしき黒ずくめの男が開くと、

そこには綺麗なシャンデリアがドンと存在し




「大きな部屋だな」




と独り言を言うと




「ここ玄関だよ」





とサギの残酷な言葉が俺に投下された。






既に六畳一間の俺のアパートは負けていた。






「で、ここが、貴生川さんの部屋」



立派な木で作られた分厚いドアを開けると



「!??」



あのアパートを全力で否定するかのような豪華絢爛な佇まいになっていた。


いかにも金持ちの作家が使いそうな作業机に無数の万年筆。本棚には大量の資料やかつての文豪の本。




「貴生川さんほどの作家さんならば、これ位のスペースを使って文章書いているのかと思って準備したんだけれど、実際は全然違ってびっくりしたよ」




いや、びっくりしたのは俺の方だ。




「これを用意した?」


冷や汗をかきながら問うと、そうだよと嬉しそうにサギは頷いた。



「資料もたくさんあるし。これで新作に打ち込めるよ!」



「いや!そんなことされても」



困る。非常に困る。


こんなに与えられて新作を書けなかったら、間違いなく殺される。



それにそんなプレッシャーをかけられたら


ストレスで胃に穴が空いてしまいそうだ。


もしかしてかつての文豪たちが吐血したケースなどは

ひょっとしてこういうことなのか?




「え?足りなかった?」



「足りすぎだ!」


「足りすぎなら良かったじゃない」


「いや、そういう意味でなくて」


「貴生川さんの新作楽しみだなあ」



この青年、全く話を聞いていない。


ひょっとしてこいつはストレスやプレッシャーというものとは無縁の生活を送ってきたのか?



「裏社会っていると面倒が多くて、一回胃に穴が空いちゃって、その時は、ああ俺は死ぬのかなって思ったけれど、意外と人間って頑丈なんだなって思えたよ」



平然とした顔でアハハと笑うサギ。


それを聞いて決してストレスを知らないわけではなく



恐らく幹部という地位から言ってプレッシャーを知らないわけでもなさそうで。

そう考えると、この年齢の青年が背負うには重すぎるものを背負っているのではと少し同情しそうになった。




「ま、そんなわけだから貴生川さん。もし胃に穴が空いたとしても凄腕のドクターが居るから安心して治療を受けられるから新作頑張ってね!」




前言撤回。こいつは意地でも新作を書かせようとしている。


もうすでに俺の胃はキリキリと音がし始めていた。




「あ、そうそう」


サギがぐるんとこちらを向いた。


「今から、ボスのところに行くから」



ボス・・・。どうやらもう一難来そうだ。




俺はお腹を抑えた。

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