学校テロリスト 20
「おとなしく投降しろ。おまえのようなテロリストに対しても、国際異能連盟の協約にのっとった扱いをする用意はできている」
薩国警備の制服を着ている鵜飼は、そう勧告した。大昔に神の化身とも悪魔のつかいとも呼ばれた異能者たちに人権が認められて久しいが、無法のテロリストであってもそれは適用されるものである。
「薩国警備のEXPERか。鹿児島のローカル異能者ごときが俺様に勝てると思ってんのかぁ、おい?」
書架を搬入する業者に化けていた猿渡は作業用つなぎの袖をまくった。すぐに臨戦態勢をとれるのは哀しき戦士の性と言えるが、それは両者とも同じである。
すると猿渡の背後から突入部隊のEXPERが三人、銃を持って駆けつけてきた。鵜飼は左手を顔の高さにあげ、彼らに合図をおくった。“手を出すな”という意味である。
「へっ、仲間の加勢を断るとは、いい度胸してやがんぜ。後悔すんじゃねぇぞ」
猿渡は両手を重ねてゴツい指を鳴らした。
「俺はA型の超常能力者だ、銃は持っていない」
鵜飼は制服の上着を脱ぎ捨て、丸腰をアピールした。自分の能力を明かしたのは正々堂々とやり合う気でいるからだ。この男のまっすぐな性分である。
「黙っときゃいいのにバカな野郎だぜ、どうせ俺の力は知ってんだろうが?」
「ああ、だからこちらも隠すことはしない」
「けっ、てめぇみたいな正直者は早死にすんぜ」
猿渡は一瞬嘲笑ったが、戦士の挟持に理解はあるらしく、すぐに顔を引き締めた。対する鵜飼はネクタイも外し、投げ捨てた。戦いに際し、ワイシャツとスラックスだけの軽装を選んだ。
そして次の瞬間、両者は同時に前に出た。俊敏な異能者同士の接近は、まばたきする間もなく実現する。鵜飼、猿渡ともに巨体であるが、出足は速く、そして鋭い。
先制した鵜飼の最初の狙いは猿渡の顔面だった。左右の細かい掌打を散らすように繰り出す。猿渡のほうは自分の面前でガードする。鵜飼の打撃は小刻みで浅いものであり、初手の様子見にすぎない。巨漢同士の立ち上がりだが、地味な開幕となった。
なおも攻め続ける鵜飼は顔面への攻撃を見せながら、下段の蹴りを見舞った。これも浅い打ち方である。猿渡は両腕で顔を守りながら足を上げ、脛の外側でガードする。このとき間合いは少し離れたが、互いに相手を追うことはしない。大きく踏み込めば懐に潜り込むことができ、半歩退がれば仕切り直すことができるほどの距離を保っている。猿渡のほうは攻撃の意識が低いのか、ガードポーズを取り続け、前進の姿勢を見せない。
鵜飼は前に飛んだ。飛び蹴りである。猿渡の硬いガードの上から顔面を狙った。敏捷かつ恵まれた体格をいかした空中からの一撃は必中の軌道を宙に描く。そして必殺の威力を誇る。数種の格闘技をおさめた鵜飼の得意技だ。
それをガードした猿渡がのけぞった。百九十センチ以上ある鵜飼よりもさらにデカい男だが、さすがに今の一撃を喰らって体勢を維持することはできない。全身の均等強化を実現する鵜飼のA型超常能力は物理戦闘時に真価を発揮する。猿渡は後方に大きく一歩、よろけた。そして着地した鵜飼は追撃の拳を見舞った。
「それで、終わりかよ?」
しかし、鵜飼のボディーブローを腹に受けても、猿渡は微動だにしない。その顔は平然としたものである。
鵜飼は攻撃を継続した。ガードを下げている猿渡の顔面に数発の掌打を放って当てた。さらに右のハイキックを見舞った。
「おいおい、痛くも痒くもねーぞ」
鵜飼の蹴りを左のこめかみに喰らっても、猿渡はやはり平然としている。ダメージを受けた様子はない。
猿渡はH型の超常能力を持つ。鵜飼の飛び蹴りを喰らったあとに発動したそれは別名“硬気功”とも呼ばれる能力だ。気の
「おらおら、次はこっちから行くぞ」
鵜飼のコンビネーションアタックをものともしなかった猿渡の足が前に出た。それと同時に長い両腕を交互に振り回す。手刀の連打のような軌道の不格好な攻撃だが、握った拳の小指の付け根部分を当てようとしている点が異なる。これは拳法や空手で鉄槌打ちと呼ばれる技で、総合格闘技の世界ではマウントをとったほうが良く使うものだ。しかし、この猿渡という男は身長差をいかして、立ち技で使っている
鵜飼は、その鉄槌打ちを後退してかわす。すると猿渡は長い脚を蹴り上げた。顎を狙ったもので、風を切る良い音がしたが、鵜飼は頭を引いて回避する。猿渡はさらにパンチとキックで追撃し、鵜飼はそれらすべてをかわした。狭い廊下での戦いなので、両者の動きは直線的となっている。
数種の格闘技をおさめた鵜飼の洗練された技々と比べたら、猿渡の攻撃は見栄えが悪い。大味で大振りである。特に空振り後の隙は大きい。しかし鵜飼の攻撃を無効化できるので、フォロースルーに気を使う必要はないと言える。いくつか繰り出すうちのひとつでも当たれば良い、という考え方もできる。
またも猿渡の蹴りがうなりをあげた。これも大振りで、かつ速さに欠ける。鵜飼は難なくかわし、猿渡の喉に右手をかけようとした。プロレス技の喉輪落としを狙ったのである。ダメージを与えることが目的ではない。転倒させ、グラウンドポジションに持ち込むためだ。
しかし、猿渡は自分の面前で鵜飼の右手をとった。そのまま横っ飛びし、なんと鵜飼の右腕にぶら下がった。スタンディング状態からの腕ひしぎ十字固めを狙ったのだ。
「どうした鵜飼、このままだとてめえが負けるぜ」
うまく飛びついた猿渡は自分の股に挟んだ鵜飼の右腕を
「へっ、往生際の悪い野郎だ」
猿渡は腕力を発揮し、強引に鵜飼の右腕を関節と逆方向に伸ばそうとする。H型の超常能力は打撃に屈しない肉体を得る代わりに下半身のキレとスピードを失うが、上半身の力は上昇する。対する鵜飼は、攻められている自分の右腕の先にある右手首を左手で握り防御する。この手が離れたら完全に極められる。
「俺はコマンド・サンボを学んだ身なんだよ」
なおも執拗に鵜飼の腕を伸ばそうとする猿渡。旧ソ連で開発されたサンボは柔道に起源を持つが、コマンド・サンボはそれを軍隊式格闘技として応用したものである。異能者の中には格闘技を学ぶ者が多い。特に打撃技を無効化できるH型の超常能力者は、自身のウイークポイントとなる関節技を逆に学ぶことがよくある。使えるようになることで、それの防御手段も知ることができるからだ。猿渡は
鵜飼は自分の右腕を極められないように左手でかばいながら、野球のバットスイングのように上体を回転させて、ぶら下がる猿渡の体を廊下の壁にぶつけた。
「無駄だ無駄だ」
しかし物理ダメージを吸収するH型超常能力を発動させている猿渡はびくともしない。壁にぶつけられてもなお、執拗に鵜飼の腕を極めようとする。
「しつけえ野郎だな」
何度か振り回された猿渡は、関節技を防ぐために右腕をかばっている鵜飼の左手首を片手でとり、親指の先で脈を強く押した。人体の経絡のひとつが走っている場所であり、そこを押すと、痺れと痛みを感じる。そして、そのまま鵜飼の左手首を内側に曲げるようにした。急所を知り尽くしたサブミッションの使い手らしいやり方である。さすがの鵜飼もたまらず、命綱の左手を離してしまった。
「終わりだ」
猿渡は鵜飼の右腕にぶら下がったままで背筋を反らし、スタンディング式の腕ひしぎ十字固めの態勢に入った。完全な形で決まっている。鵜飼に逃げる手段はない。
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