学校テロリスト 19

 

 静林館高校の生物室にいる十人の人質たちは皆が憔悴しきっていた。全員が女性であり、うち生徒が八名。結束バンドで両手を縛られた状態で、テロリストたちから銃を向けられ、いまだ命の危機に直面している。青ざめた彼女らの顔からは精神と肉体の限界をとうに越していることがうかがえるが、もう五時間以上もここに閉じ込められているのだから無理もない。

 

「お母さん……お母さん……」


 三つ編みの女子生徒が泣きはじめた。涙ながらに母を呼んでいる。


「たすけて……おまわりさん、はやくきて」


 この中で一番背の高いショートカットの娘が目をうつろにさせて言った。普段はバレーボール部の一員としてメンバーをひっぱっている。しかし、今この状況では持ち前の明るさを発揮することはできないようだ。


 すると二人の様子を見た他の生徒たちがすすり泣きをしはじめた。不安も悲しみも、その裏にある恐怖も伝播するものである。人の命が紙のように軽いこの状況で、少女たちが心の均衡を保つことなど不可能だった。

 

「オラオラ、うっせーぞガキども!」

 

 また猿渡が怒鳴った。彼らテロリストも緊張の中にいるのでピリピリしているのであろう。特に見た目どおりの野獣のようなこの男は凶暴性を隠すことがない。


「怖い……もう、おうちにかえして……」


 品行方正で普段おとなしい三つ編みの女子生徒は勇気を振り絞った涙声で訴えた。それに呼応するかのように皆のすすり泣きが大きくなっていく。


(まずいわ)


 教師の村永多香子は、そんな一同の様子を眼鏡ごしに見て危機感をおぼえた。テロリストたちを刺激するおそれがある。しかし少女たちに沈黙する気配はない。


「家にかえして」

 

 おかっぱ頭の女子生徒が言った。書道の有段者でコンクールで賞を取ったこともある。硬筆も得意な彼女は書記をつとめており、クラスの記録や皆々の意見を美麗な字で書き残している。


「そうだ、なんであたしたちが、こんな目にあわないといけないの?」


 次に言ったのは長い髪をうしろでくくった女子生徒である。彼女は新聞部の一員で、常にペンとメモ帳を持ち歩いている。“記者たる者、常に見えないアンテナをはって動くべし”と語るクラスの情報屋だ。


「そうだ、そうだ!」


「わたしたちはなんにも悪いことはしてない!」


「早く家に帰らせてよ」


 すると堰を切ったように、これまで黙っていた他の少女たちもテロリストに抗議をしはじめた。


「あ、あなたたち、ちょっと落ち着きなさい」


 多香子は止めた。しかし、教師の威厳はこの状況では通じず。人質の少女たちは皆そろって自由になれる権利を主張した。


「やめなさい、みんな落ち着いて」

 

 多香子は何度も止めた。隣に座っている司書教諭の楠原佳乃はまだ具合が悪いらしく、こんな状況になっても黙って俯いたままである。だから少女たちを止められるのは自分しかいない。生徒を守ろうという教師らしい義務感が働いた。


 けれど少女たちは、なおも不満の声をあげ続けた。それは次第に罵声のようになってゆく。今まで抵抗しなかったことにより、溜まっていたものが爆発しかけているのだ。勇敢な彼女たちの中には立ち上がる者まであらわれた。むしろテロリストたちのほうが困惑し、押され気味となっている。


「そこまでだ」


 しかし、か弱い少女らの抵抗に楔を打ちつけたのはテロリストのリーダー恩田のひとことだった。


「我々としては人質の諸君に危害を加えたくはないのだが、それは状況と場合による。もし君らが抵抗をしようというのなら、私たちはためらうことなくトリガーを引くことになるのだ」


 恩田が言うと、それまで困った顔をしていたテロリストたちが一斉に銃口を少女らに向けた。今まで他の者たちとは違い、常識人として振る舞っていたリーダーの重い脅しはさすがに効いたのか、皆があっさりと口を閉じてしまった。


 そのとき……生物室内の窓ガラスが一斉に砕け散った。外から飛び込んできたのは黒に統一された戦闘用ベストとボディーアーマー、ヘルメットを付けた一団だった。数名の彼らは皆、マシンガンで武装している。






 突入したのは薩国警備のEXPERたちにより組織された異能テロ対策部隊だった。鵜飼丈雄らが所属する本隊は一隊から七隊まで存在するが、主にそれらの中から選抜され、対テロ訓練を受けた者たちの集団である。もちろん全員が異能者であり、高い戦闘能力を持つ。今回のような有事に隊の枠をこえて臨時編成される。


 三階にある窓ガラスを蹴破って突入した五人のEXPERたちはフルオートでマシンガンを撃ち放った。人質たちの悲鳴をかき消すほどの銃声の中、生物室の空間に多くの血の花が咲いてゆく。秒間数百発の弾丸が次々とテロリストの体を蜂の巣にし、ただの肉塊に変えていった。異能者であるEXPERは体幹が強いため、その射撃も通常人のものより正確で速い。人質たちに当てることなく、そしてテロリストたちに反撃の機会も与えることはなかった。


 校舎の外を見張っていたテロリストたちはすでに全員がサイレンサー付きの銃で射殺されていた。薩国警備は数時間にわたり近くの携帯基地局から電波を流し続け、ヤツらが装着していたダメージモニタリングシステムに電波干渉できる周波数を割り出したのだった。手間と時間がかかる古典的なやり方だが、もっとも確実であり、近年でも南アジアA国の武装勢力籠城事件や、ヨーロッパF国の病院立て籠もり事件などで同様の手が使われ突入作戦が成功している。判明した同一周波数内に多数の無線電波を流すことで帯域をパンクさせ、ダメージモニタリングシステムを無効化させたのである。外のテロリストたちが射殺されても、この生物室に置かれていた警報が鳴らなかったのはそれが理由だった。電波が届かなかったわけである。


 突入部隊は見張りがいなくなった校舎側面から屋上へとよじ登り、そこにいたテロリストたちを一瞬で仕留めた。その後、屋上の手すりに固定したロープをつたって、窓から生物室に突入したのである。これら一連の動きはテロリストが各所に仕掛けていた監視カメラの死角をつきながらも、わずか二分にも満たぬ短時間で実行された。隠密性にも優れたテロ対策部隊の真価を発揮した、と言ってよい。もちろん見習いEXPER豊浦海斗から送られてきた信号により必要な情報を得たことで実現できた迅速の突入劇だった。


 五人の突入部隊がテロリストたちを射殺した三秒後、さらに四人のEXPERが割れた窓からロープをつたって生物室に突入した。速業を見せた彼らは第二波であるが、そのころには、すでにケリがついていた。床に飛び散った肉片と血溜まりと、そして外の監視に使われていたレーダー機器類やモニターたちの残骸の中、目を閉じてふるえている十人の人質はすべて無事。テロリストたちは全員死亡。ただし死んだのは“通常人のテロリスト”のみである。






 異能者テロリストである猿渡は、いち早く逃げ出し、廊下を走っていた。仲間たちが殺された以上、多勢に無勢である。だから逃走をはかった。屈強な肉体で三階の窓をぶち破って、そのまま飛び降りる手もあるのだが、地上には薩国警備が張っていると踏んで、階段を行こうとした。二階の渡り廊下から裏山まで飛んで、そのまま駆け抜ける脱出ルートを使うつもりだったのだ。薩国警備のEXPERといえど、闇に紛れた異能者を追うことは非常に難しい。


 しかし、猿渡は途中で足を止めた。目の前に人影を見たからだ。


「てめぇ、何者なにもんだ?」


 猿渡は殺意剥き出しで訊ねた。


「薩国警備の鵜飼丈雄だ」


 鵜飼は答え、堂々と対峙した。テロリストを逃がさぬため、突入成功の知らせとともに裏山から校舎に侵入したのである。




 

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