学校テロリスト 18

 午後十時をまわった静林館高校敷地内には秋夜の冬風が吹いていた。南国鹿児島といえど、十一月下旬のこの時間帯は昼間と違って寒い。日中、青空のもと、どこかしらに飛んでいた虫たちの姿はいずこかへ消え、いま空気中に存在しているのは人々が吐く白い息と、相対しているテロリストと薩国警備の間にある火花だけである。双方の睨み合いは五時間以上続いていた。


 現在、静林館高校の校舎周辺を見張っているテロリストは確認できるだけで校庭側に七人、裏庭側に五人。さらに校舎両端側に二名ずつの計十四人。屋上にもいるが、地上からその実数は正確に把握できない。この高校の体育館は校舎横に位置するが、その入り口付近にも二名。皆、ときおり微妙に立ち位置を変えているが、大きく動くことはない。


 ヤツらは全員が銃で武装している。そして薩国警備側の突入を防ぐため、体育館そばの二名を除いた皆が校舎から十五メートルほどの位置に横一線になって立っていた。これは“このラインを越えたら人質を殺す”という意味である。校舎内のテロリストと見張りを交代することはないが、これは各々の顔を見られることで、おおよその全体数を把握されることを防ぐためであろう。そんな見張りのテロリストたちはダメージモニタリングシステムを装着しているため、薩国警備側は手出し出来ない状況である。現在判明しているのは十人の人質の存在と、テロリスト側に恩田敏高と猿渡の二名の異能者がいること。他に異能者がいるかどうかは不明である。


 夜闇にそびえ立つ校舎はすべてのカーテンが閉じられている。その上でほとんどの教室や廊下の電気がついている。外から見たとき、多くの窓の様子が同じに見えるため、人質がいる部屋が識別できない。おそらく狙撃、突入がしづらい最上階の部屋のどれかであることは予想できるが、連中が裏をかこうとしている可能性も考慮される。確信がない限り、突入はできない。失敗は人質の死につながる。


 テロリストに対峙している薩国警備は警察とともに校庭に陣取っている。集まった両組織の車両は四十台超におよび、事の大きさを物語る。校庭の数ヶ所に配置された照明により、敷地内は昼間のように明るいが、現時点ではテロ打倒への見通しは暗い。既に薩国警備上層部は連中が要求している同志の解放を考えはじめているころであろう。期限は明日正午。それが成されなかった場合、人質に危害が及ぶ可能性がある。






 薩国警備の畑野茜は警察関係者が集中している校庭中央付近からやや後方の位置にいた。広い範囲の様子を目で把握できるこの場所から見ても静林館高校の校舎のどこにテロリストがいるかはわからない。上司の鵜飼丈雄と一条悟が裏山にまわっているが、おそらく簡単には潜入できないだろう。見張りの他にテロリストが持ちこんだ監視カメラやレーダー機器も隙なく配置されているはずだ。


 茜自身は、ぼうっと突っ立って状況を見守ることしかできなかった。鵜飼と悟の潜入作戦は恩田、猿渡という二人の異能テロリストを仕留めるための二次的手段であり、薩国警備の方針はあくまで正面からの突入を是としている。茜は鵜飼のサポートをするためにここに来た身のため、ひとりになった今はすることが何もなく、手持ち無沙汰である。もっとも、他の目上のEXPERたちもテロリストたちとの睨み合いのさなかで、そんなに忙しそうにしているわけではない。連中に関する情報が得られないため誰も動くことができないのである。自分だけが暇、というわけではないので居心地の悪さは感じない。


(あれ、なんだろう……?)


 待ち疲れのせいで集中力が切れそうになっていた茜だったが、ほとんどの灯りがついている校舎の、数少ない暗い窓のひとつに光を見た。それは不規則に点滅している。誰かが、意図的に発信しているものだ。


(さっこく信号!)


 茜は気づいた。“さっこく信号”とは薩国警備の関係者が用いる符号化された通信手段である。音の間隔もしくは光の点滅の間隔を利用したもので、五十音や数字、アルファベットなどをあらわすことができる。可聴、可視環境においては仲間同士の暗号としても使われる。いま見えたものは間違いなくそれだった。






(誰か、気づいてくれたかなあ)


 二階と三階をつなぐ階段の踊り場で豊浦海斗は、窓から同内容のさっこく信号を二度送ると、懐中電灯を消した。体育倉庫の片付けのために副担任の中馬から借りたこれが役に立つとは思ってもいなかったが、校舎内が電波ジャミングされ、テロリストに占拠された今となっては校庭にいる薩国警備のEXPERたちに事態を知らせる唯一の手段だった。さっこく信号は彼のような見習いEXPERも覚えさせられる。頭の良い海斗は同期の誰よりも早く習得していた。


(まあ、ここは暗いから、誰か気づいてくれたと思いたいけど)


 この踊り場は光源がなく、電気がついている三階の廊下から漏れる光だけが足もとの頼りとなる。窓が暗いので、懐中電灯で送った光の信号は仲間のEXPERたちに届いたと思いたい。下に見える見張りのテロリストたちが監視のため、ほとんど校庭側を向いていたのが幸いだった。今もこちらに背を向けている連中に慌てた様子はないので気づいていないはずである。


 懐中電灯の光の点滅によるさっこく信号で校庭のEXPERたちに知らせた情報は自分が豊浦海斗であることの他、体育倉庫で聞いたさっきの見廻り二人組の会話の中身だった。テロリストの数は全部で二十五人。十人の人質はすべて三階の生物室にいること。そして異能者が恩田敏高と猿渡の二名のみであること。突入を計画しているであろう薩国警備としては知りたい情報が含まれているはずだ。


 緊張の糸が切れ、海斗は懐中電灯をブレザーのポケットに戻すと踊り場に座り込んでしまった。この学校の体育館は校舎の真横にあるため入り口から出ると見張りに気づかれるおそれがあった。そのため彼は立ち見に使う二階のキャットウォークの窓から外に出て体育館の屋根によじ登り、そこから校舎の連絡通路に飛び降りたのである。そのままテロリストたちに気づかれぬよう校舎に侵入し、この場所から光の信号を送ったのだった。身軽な異能者なら難しいことではないが、敵の目をかいくぐるのに気を使ったので、さすがに疲れてしまった。


(まったく……まさか自分がテロリストに出くわすとはね)


 フリーランス異能者狩りを目的とするテロ集団セルメント・デ・ローリエのメンバーである自分がテロリストから隠れている立場である。笑えない状況なのがおかしくて、ひとりで声を出さず笑ってしまった。まだあどけなさを残す十七歳の顔は整ったもので、緩んでも造形の良さが変わるものではない。


(おっと、こんなことしてる場合じゃないな)


 だが、すぐに表情を引き締めた。テロリストたちは校舎内を見まわっているはずだ。近くに人の気配はないが、どこかに身を隠したほうが良い。海斗は立ち上がると、今来た道を引き返した。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る