学校テロリスト 15


 


(まいったなぁ……)

 

 体育館のステージ横にある倉庫の中。そこの奥に積み重ねられているマットの影に片膝ついて身を潜めながら、豊浦海斗は困り果てていた。副担任の中馬から片付けの手伝いを頼まれ、一人で作業をすすめていた彼は、もう二時間以上ほども、ここに隠れている。


(中馬先生がなかなか来ないから、おかしいとは思ったけど……)


 片付けの途中、家で帰りを待っている母に連絡しようかと思いスマートフォンを見たら、電波が入っていなかった。不思議に思ったので倉庫から外に出てみたら、体育館内を銃で武装した二人の男がうろついているのを見たのである。それで倉庫に引き返してきた結果、今の状況になってしまった。


(まさか、こんな田舎の高校にテロリストがやって来るとはね)


 いつまでたっても来ない副担任の中馬、ジャミングされているに違いない携帯の電波、武装した二人の男。これらの事態から、この静林館高校が不法に占拠されたことを悟った海斗。フリーランス狩りを目的とする鹿児島の異能テロ集団セルメント・デ・ローリエの一員である自分がテロリストから隠れている、という笑えない状況であるはずなのだが、ついつい自嘲の表情が出てしまう。一寸先は闇、という格言の重みを若くして知ることになった。

 

 入り口から重い音がした。古く、たてつけの悪いドアが開いたのである。体育館内をうろついていた二人の男が入って来た。両者ともつなぎ姿でマシンガンを抱えている。テロリストの一味だ。


『臭えなここ、倉庫か?』


 向かって右に立っている小柄な男が言った。日本人だ。汗と用具臭がこもった体育倉庫独特の匂いを嗅いでの感想らしい。


『ニホンノ、ガッコウノ、セツビ、トッテモ、リッパネ』


 左側の長身の男が、かたことの日本語で答えた。東南アジア系だろう。短髪で、日に焼けた顔の彫りが深い。


『俺は学校なんてマジメに通ったことねえからわかんねえけどな』


 小柄な男は、海斗が気を利かせて消してあった電気をつけた。入り口の壁にスイッチがある。


『ダレモ、イナイネ』


 長身が長い首を回しながら明るくなった庫内を見た。


(こっちに来るなよ……)


 積み上げたマットに隠れている海斗は息を殺した。ちょうど頭上にある蛍光灯のみが切れているため、彼の周囲は影になる。この倉庫にはバレーやバスケットのボールがたくさん入った金属性の収納カゴの他、卓球台、跳び箱など屋内競技で使用される物がごちゃごちゃと置かれている。海斗は本来これらを片付けるためにここにいたのだった。そして今は不運なことにテロリストと遭遇の危機にある。


『ほとんどの学校関係者は、さっきの解放でみんな出ていったろ。人質十人は三階の教室に全員集めているからな。こんなとこに誰もいやしねーよ』


 小柄な男は行儀悪く床に唾を吐いた。


『アノ、キモチワルイニンギョウ。アレハ、ナニ?』


 長身が訊いた。


『気持ち悪い人形?』


『ヒトジチノヘヤニアッタヤツダヨ、ナイゾウト、ホネガ、ミエテイタネ』


『ああ、ありゃ人体模型だよ』


『ニホンノガッコウ、ブキミナモノヲ、オイテアルンダネ』


『お坊っちゃまたちが、お勉強に使うのさ』


 三階の、人体模型がある部屋といえば生物室である。どうやら人質は、そこに閉じ込められているらしい。連中は、もっとも外部からの狙撃が難しい上の階を選択したのである。SATのような特殊部隊による突入があるとすれば窓から、ということになるが、おそらく、その起点となる屋上にも見張りが配置されているはずだ。


『だいたい、十人の人質に対して実行部隊二十五人ってのは少なすぎんだよ。それにこの高校、こんな田舎にあるくせに、やたら広えしよォ』


『シカタナイヨ、トラックニツメル、ギリギリノ、ニンズウダッタカラネ』


『異能者が恩田さんと猿渡の二人だけってのもキツいんだよ、校庭にいる薩国警備ってのは警備会社の皮をかぶった異能者の集団だろ? あいつらが突っ込んできたらどうすんだ。俺ら通常人はひとたまりもないぞ』


『ソノトキハ、ハナバナシク、チルシカナイネ』


『やだ、俺は死ぬときは畳の上と決めてんだ』


 物騒な世間話に花が咲き、なかなか出ていく気配のない二人。超常能力者である海斗ならば一瞬で倒すことが可能である。しかし、それができない理由は連中が手首やこめかみに装着しているダメージモニタリングシステムにある。


(迂闊に手を出せないのがなぁ)


 なおも息を殺し続ける海斗。薩摩川内さつませんだい奈美坂なみさかにある超常能力者の育成施設にいたとき、対テロ講習を受けていたので、テロリストがよく使うDMシステムのことは知っていた。装着者のコンディションをモニターし、もし異常がおきた場合、即座に仲間に知らせる物である。つまり海斗が手を出せば、生物室にいるテロリストたちにそのことが伝わるのだ。そうしたら人質の身が危ない。だから手出しができない。


『いちおう、ここも点検しておくか』


 小柄な男のほうが近づいて来た。積み重なったマットの影に隠れている海斗との距離は五メートルほどしかない。


(親父、助けてくれ……)


 海斗はこのとき、あの世にいる父に祈った。十年前、セルメント・デ・ローリエの指導者としてフリーランス狩りを決行し、最後は剣聖スピーディア・リズナーに討たれたという父の記憶は幼少時のものしかない。社会に出れば薩国警備の幹部であり、裏では非情のテロリストだったが、息子の自分には優しかった。休みの日に、よく海につれていってもらったことを覚えている。


『おーい、誰かいるかあ? いるんなら返事しろや』


『ソンナコトイッテ、デテクルヤツハ、イナイヨ』


『んなこたあわかってるよ』


 マットの影に身を沈めているので見えないが、声から察するに小柄な男はマシンガンを持ったまま三メートルまで近づいてきた。もし見つかったら、咄嗟の判断で撃たれる危険性があるため、海斗は拳を握った。


 そのとき、アラーム音が鳴った。


『シュウゴウノ、ジカンダネ』


 長身が腕時計を見た。


『遅れると恩田さんがうるせーからな、行くぞ』


 小柄な男は長身の男の背中を叩いた。二人は電気を消さずに、そのままドアを閉めて退室した。


(た、助かったあ……)


 ドアの向こうから二人の気配が消えると、さすがの海斗も緊張から解放され脱力した。殺していた息を静かに吐き、その場に手をついた。


(どうやら、親父が見ててくれたらしいや)


 制服のワイシャツの中にかいた嫌な汗が背中に不快感を伝えるも、とりあえずほっとした。もし見つかったら大事になっていたが、最悪の事態は回避できた。人質の安全を考慮すれば抵抗できなかったので、内心では降参することも考えたのだが、両手を挙げる前に長身がはめていた腕時計のアラームが鳴ってくれた。


(しかし、どうやら本当にテロリストに占拠されたらしい)


 携帯の電波がジャミングされていたうえ、ずっとここに潜んでいたので、外部からの情報が得られず実感がわかなかった。だから心のどこかで間違いであってほしいと願っていたのだが、そうはならなかった。今の二人の会話に出た恩田とは有名な日本人テロリスト恩田敏高のことだろうか? だとしたら大物である。かつて剣聖候補に名があがったこともあるという強者だ。


 察するに、どうやら薩国警備そしきが校庭に陣取っているようである。テロリストたちの目的や要求はわからないが、人質をとっている以上、なんらかの交渉をしているはずだ。こちらの事情などお構いなしに、水面下での駆け引きが進んでいるはずである。


(人質は十人って言ってたな、おそらく学校の関係者だろうが……)


 職員か生徒、あるいはその両方を人質としている可能性が高い。そして、出ていった二人の会話から、三階の生物室にいることはわかった。テロリストは全部で二十五人、そのうち異能者は二人。これらのことも今の二人が言っていたことである。


(やっぱ、伝えたほうがいいのかな)


 見習いEXPERの身であっても義務感と使命感が働いた。薩国警備や警察がテロリストに関する情報をどれだけ得ているかはわからないが、突入作戦を敢行するとすれば人質がいる場所と異能者の数は知りたいはずである。しかし携帯がつながらないため伝達する手段がない。脚力に特化したQ型超常能力者の海斗ならば体育館から外へ出たあと高速で駆け抜け、校庭へと脱出することも可能だがリスクが高い。見つかったら人質が危険だ。


(うーん、八方ふさがりだなあ)


 海斗はマットの影からゆっくりと立ち上がって、伸びをした。制服のブレザーのポケットに何かが入っている。彼はそれを取り出した。


(こんなものじゃあ、武器にもなりゃしないなあ)


 さきほど副担任の中馬から受け取った小型の懐中電灯を見た海斗は苦笑した。しかし県内最高の進学校でトップクラスの成績を誇る彼の頭脳は、このとき高速で回転を始めていた。



 


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