学校テロリスト 14

 テロリストたちに占拠された静林館高校の校舎は、古ぼけた外壁にたくさんの光をまとっているように見える。ほとんどの屋内の灯りがついているからだった。自分たちが潜伏している部屋を外から特定されないようにするためだろう。カーテンはどこも閉まっているが、すでに空が暗いので中が明るいのは目で確認できる。


 主に校庭に陣取っている警察、薩国警備の面々と、校舎を囲むように配置されている数名の武装したテロリストたち。その対峙の構図は少し異様だった。テロリストの一人が警察の関係者と駐車場でなにか話を交わし、また持ち場に戻った。あちら側の交渉役なのだろうが、フルオートマシンガンを持ったままの格好で敵対する警官と話していたわけだから、傍目には変な感じである。なぜか警察、薩国警備側には突入しようという気配が見られない。


「モニタリングしてやがるな」


 時計塔のそばで、悟は鵜飼から借りた双眼鏡を使って校舎周辺に立つテロリストたちを見た。寒いのでヤツらはつなぎの上からジャンパーを着ているが、その懐や手首、そして両のこめかみのあたりに配線が見える。


「あれはDMシステムだ。最近はテロリストが持っている事例も多い」


 鵜飼が言うDMシステムとはダメージモニタリングシステムのことである。体の各部に電線付きの小さな吸盤を取り付けたもので、それで測定した心電、脳波、脈拍、体温などを管理者に伝える。もともとは軍の特殊部隊が使っていたものだが、おそらく横流しされたものだろう。


「三世代ほど古い型だが、効果と役割は今の物と変わらない。あれでこちらを牽制しているんだ」


 その鵜飼の言うことに間違いはないだろう。外に立つテロリストたちの体に物理的異変がおきたとき、装着しているDMシステムがすぐに屋内の仲間の誰かに知らせる仕組みになっているはずだ。そうなったら人質の命が危ない。だからこちらは迂闊に手が出せない、ということである。現在のDMシステムは体に付けるコードがない吸盤のみのワイヤレスタイプが主流となっているが、連中が使っている有線式の旧型でも厄介であることに変わりはない。


 鵜飼のスマートフォンが鳴った。彼はそれを取り出して画面を開いた。警察や他のEXPERたちと情報を共有している端末のようだ。


「どうやら、いくつかのことが判明したらしい」


「ほうほう、どれどれ……」


 と、悟はスマートフォンを受け取って画面を見た。この状況下でおどけた風を通すのが彼らしさといえる。


「おいおい、人質の中に多香子センセイがいるじゃねぇか」


 そして人質リストの中に村永多香子の名前を見つけて頭をかいた。以前、彼女がストーカーに狙われたときに助けたのは悟自身である。その後、退魔連合会の銭溜万蔵からこの時計塔を守ったときの依頼人も彼女だった。


「あのお嬢さんは、よくよく災難に付きまとわれる体質らしいな」


「以前、入来いりき峠であんたが助けた女か」


「ああ、ちなみに津田雫の担任だよ」


 悟はスマートフォンの画面をスワイプして人質リストを確認した。学校職員は多香子ともうひとり楠原佳乃という司書教諭。あとは女子生徒が八人。合計十名の人質は全員が女である。


 人質リストの下にテロリストたちの概要があった。連中の正体はやはり過激化した異能人権集団『アルバア・スァマ・タハールフ』である。彼らの要求は同志のジャーミル・ザウィードの解放。期限は明日正午。それを過ぎたら人質全員を殺すと連中は宣告したようだ。さっき悟が見た交渉役らしきテロリストの男が、警官にその旨を伝えたのかもしれない。

 

 向こうからまた畑野茜がやってきた。彼女は決して太っているわけではないのだが、走るとむっちりとした太股がブラウンのショートヘア同様に気前よく揺れる。尻も立派だ。後ろから直にわしづかみしたくなる。


「隊長、この二人で間違いないようです。顔を見たという、ここの職員の方に確認がとれました」


 茜は鵜飼に、二枚のB5サイズの紙を差し出した。


「畑野さん、すっかり連絡係だな」


「ねぎらいの言葉より大盛りチャーシューメンがいいですよぉ、一条さん」


「そいつぁ君の上司の鵜飼に請求してくれ」


「一条さん、これを見てくれ」


 鵜飼は悟に、その紙を手渡した。男の顔写真が貼り付けられており、さらにそいつの経歴がのっている。今回のテロリストの一員らしい。


「一枚目の写真には、あんたも見覚えがあるはずだ。恩田おんだ敏高としたか。『アルバア・スァマ・タハールフ』の一員で日本人だ。年齢は四十歳」


「はて、誰だったかな」


「十六年前、あんたより先に“剣聖候補”として名前があがったことがある男だ。そのころは世界中で活動する一級フリーランスだった」


「それが今ではテロリストか、しがないフリーランス稼業から出世したもんだ」


 一級 自営異能者フリーランスは国際ライセンスであり、悟が持つ剣聖の資格同様に世界各国で活動できるものだ。しかし恩田はテロリストの身に堕ちているため、現在はその資格を剥奪されているはずである。


「そして恩田は、あんたと同じ多方向性気脈者ブランチでもある」


「俺はテロリストのお仲間さんか。光栄だね」


 悟のような多方向性気脈者は数が少ない。そのため超常能力実行局や退魔連合会のように異能力の質を基準として統轄する機関が存在しない。彼らは原則として薩国警備のような地方の超常能力実行局の監視下に置かれ、やがてフリーランス異能者として独立することがほとんどだ。今年の八月、死を装って故郷鹿児島に帰ってきた悟も藤代隆信や真知子の口添えにより、鹿児島県内で活動できる三級自営異能者の資格を得た。ただし国際異能連盟公認の剣聖資格はまだ持っている。


「あんたには、この恩田を倒してもらいたい」


 それが、鵜飼が悟を、この静林館高校に呼んだ理由らしい。突入の手があるのだろうか?


「おいおい、なんで俺に頼むんだよ?」


 悟は口をとがらせた。ある犯罪組織に追われて鹿児島に潜伏している身である。当分はのんびり過ごす予定だったが、宿敵であるペイトリアークに関する情報を薩国警備に調べさせるため、ときたま鵜飼の依頼を受ける立場となっている。


「おまえがやりゃあいいじゃねぇか」


「恩田ひとりならそうするさ。だが、厄介なのがもうひとりいる」


 鵜飼にそう言われ、悟は二枚目の紙を見た。それには空港らしき場所に立つ、目つきの悪い長髪オールバック男の写真が貼り付けられていた。背広を着ており、いっしょに写っている禁煙マーク付きの案内看板よりもはるかに背が高い大男だ。


「パリのシャルル・ド・ゴール空港で撮られた写真だ」


「誰これ?」


「アルバアの一味で、“猿渡さるわたり”と呼ばれている男だ。下の名前、もしくは本名は不明。アジア人であること以外の経歴もわかっていないが、いくつかのテロに加担している」


「根っからの異能犯罪者か」


 経歴がわかっていないということは、この猿渡は顔を変えているか、または各国異能者機関に所属したことがない男なのかもしれない。


「猿渡は陰険で手口が残忍なことで知られているが、腕は立つ。恩田と同時に相手するのは難しい。それに今の鹿児島で恩田に勝てる可能性が一番高いのは一条さん、あんただ」


「だったら神宮寺の爺さんに頼めよ、あれのほうが俺より役に立つぜ」


「老師様は現在“旅行中”だ」


「はァ?」


「昨日から湯布院に行っている。あんたは知っているはずだが?」


「そういや、そうだったな」


 神宮寺平太郎が所属している“鹿児島自営異能者友の会”の慰安旅行の知らせが会員の悟のところにも届いていた。前回と違い、今回は体良く断ったのだった。本当の理由は老人だらけの慰安旅行に参加したくなかっただけのことであった。


「こないだ霧島きりしまに温泉旅行行ったばかりなのに元気な爺さんたちだぜ」


「そう言うな。フリーランスの方々の交流は地元にとって有益なものだ」


「俺も行っときゃあよかったぜ。そうすりゃあ、テロに巻き込まれずにすんだんだからな」


「あと、例の豊浦海斗君のことなんですが……」


 茜が横から口を挟んできた。


「彼は放課後、先生に頼まれて体育倉庫の片付けをしていたそうなんです。ちなみに彼が帰宅する姿を見た関係者はいませんでした」


「携帯は?」


「つながりません。校舎内がピンポイントでジャミングされている可能性があります。敷地内も校舎に近い位置は携帯の電波が悪いみたいです」


「つーか、この高校は薩国警備のセキュリティシステムが入ってるんだろ? なんで連中の侵入を許したんだ?」


 今度は悟が口を挟んだ。薩国警備は鹿児島でシェアナンバーワンを誇る警備会社でもある。


「オフィス機器の搬入業者に変装していたみたいなんですぅ。今日、図書室の書架を入れ替える予定だったそうで、テロリストはそれを搬入するフリをして侵入したんですぅ」


 答えたのは茜。相変わらず鵜飼に対するセリフ以外は語尾が伸びる。


「連中の正確な人数はわかってンのか?」


「トラック三台に乗っていたのは八人だと聞いてますぅ」


「おそらくもっといるだろう。この広さの校舎を占拠するには、それでは足りん」


 鵜飼の言うとおりである。第一、いま校舎周辺を見張っている連中だけで既に八人を超えている。


「その書架にまぎれてやがったのかもな」


 その悟の推理は当たっているだろう。背が高い書架を仕切る棚板を外せば、人が一人か二人は入る。大量に搬入される予定だったのならば、かなりの数のテロリストが書架に隠れて侵入したことになる。


「テロリストのうち異能者は、その恩田と猿渡ってヤツだけか?」


 悟が訊いた。そこが一番の問題点となる。腕の立つ異能者が他にいるとなれば、たとえ潜入に成功しても、そのあとの対処に苦労することになる。


「S型のEXPERに確認させているが、この状況では正確な把握は無理だろうな」


 鵜飼が答えた。S型とは二十六種ある超常能力のひとつで“気を見る能力”と呼ばれる。異能者が発する気を読み取り、相手の異能力の質や人数を把握することができるものだが、校舎の周囲にDMシステムを装着したテロリストらが待機しているため、近づくことができない状況だ。さらに校舎の壁にも阻まれているため、中にいる異能者の実数を確認することは難しいだろう。異能力も万能ではない。


「潜入の手はあるのか? 鵜飼」


 結局、無関係ではいられなくなった悟は肩をすくめた。明日の正午が期限とはいえ、それまで手をこまねいて見ているような薩国警備ではないだろう。


「ああ、一応な」


 鵜飼が制服のポケットから取り出したのは、テロリストどもが今いる校舎と学校敷地内の見取り図だった。


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