学校テロリスト 13

 


「一条さん、その豊浦海斗という少年は、十年前にあんたが倒したセルメント・デ・ローリエの指導者、湯田ゆだ正勝まさかつの実の息子だ」


 鵜飼が言った。その表情は再び曇っている。海斗は現在、連絡が取れていない学校関係者のひとりだと茜が言っていた。下校していないのならば、テロリストに占拠された校内にまだいる可能性がある。


 セルメント・デ・ローリエは十年前、鹿児島の異能業界にあらわれた一種のカルト的な集団だった。その構成員は薩国警備のEXPERと退魔連合会の退魔士たち合わせて七名。組織至上主義を掲げ、鹿児島県内にて自営業をしていたフリーランス異能者狩りを実行したのである。そして、それをひとりで壊滅させたのが剣聖スピーディア・リズナー、つまり一条悟その人だった。


(そういえば息子がいるって言ってたな)


 悟は、かつて祇園之洲ぎおんのすで対決した湯田の最期を思い出した。彼は流血した体を宙に踊らせ、海の底へと消えた。


「苗字が違うな」


「豊浦海斗の母……つまり湯田の妻は数年前に再婚している」


「そうか」


「異能テロを実行した者の妻ということで、夫の死後に薩国警備そしきからの遺族手当ては受けられなかったらしい。幼い息子ひとりを抱えて大変苦労したそうだ」


 十年前、ということは鵜飼が薩国警備のEXPERになる前の事件だ。しかし、彼はある程度の事情を知っているらしい。


 対する悟の美しい横顔は、その事実を聞いても表情を変えることはなかった。自分が流した血の向こう側にいる人たちの悲しみを痛いほどに理解しているのが彼である。ひとり斬れば数人の者たちの人生が変わり、ときに転落もする。それは人並み外れた腕を持ち、かつて剣聖と呼ばれた男であっても防ぎようのない現実と言える。だが悟自身、逃げることなく常に自身の命と引き換えにしてきた。明日は我が身、という危険を省みず戦い続けたのが一条悟という人だった。


「なァ、鵜飼。カイト君のカイの字は海って書くのか?」


「なぜ、そんなことを訊く?」


「湯田が言っていたのさ。どこか海の見える場所で死ねれば良いと思ってた、ってな」


 その湯田の願いは悟の手により実現した。せめてもの手向け、というわけではなかったが、戦場が海沿いであったため、結果的にそうなった。それでも海斗から見れば悟は親の仇敵かたきということになる。


「ところで一条さん、事情はもっと複雑だ」


「あン?」


「その豊浦海斗という少年は、実は復活したセルメント・デ・ローリエの一員の可能性がある」


「おいおい、マジかよ」


 さすがの悟も、それを聞いて驚いた。テロリストの子がテロリストになった、というではないか。


 鵜飼の部下だった潮崎しおざき健作けんさくと悟が試合をしたのが九月のことだった。その潮崎は試合の直後にフリーランスとして独立することが決まっていたが、新生セルメント・デ・ローリエの手により殺された。


「フリーランスとして活動することを決めた潮崎が殺されて以降、新しいセルメントによる犠牲者は出ていない。だが先月、襲撃を受けた方がいる」


「誰?」


好爺老師こうやろうし様だ」


「神宮寺の爺さんが?」


 悟にとって、そのことは初耳だった。好爺老師とは旧知の仲である神宮寺じんぐうじ平太郎へいたろうのことだ。


「敵はノワールと名のっていたらしい。俺が駆けつけたときには、すでに逃げ出したあとだったが、老師様から聞いた身体的特徴と異能力の質から、豊浦海斗である可能性は否定できん」


「さぞかし爺さんに可愛がられたことだろうな」


 悟は、いち少年テロリストが平太郎に挑む姿を想像して笑った。鹿児島であの老人と互角に戦える者がいるとすれば、それは今ここにいるふたりくらいのものであろう。


「そのノワールは現場に証拠を残した」


「証拠?」


「煙草の箱だ」


「未成年の海斗クンはヤンキーか。ちゃんと補導したのか?」

 

「その箱は俺が上に提出した。指紋が付いているだろうからな」


「結果は?」


「彼の指紋は出なかった、と報告を受けている」


ノワールのくせにシロだったってオチか」


「そこに“作為”を感じるのも事実だ」


 鵜飼が言う作為とは異能業界上層部の腐敗をさしているのだろう。新生セルメント・デ・ローリエが薩国警備や退魔連合会の中枢に食い込んでいるのならば、当然揉み消されるわけである。


「豊浦海斗は、この高校に通っているだけあって頭も良い。老師様に挑んで負けても簡単に尻尾を出すような真似はしないだろう」


「身バレしない自信があったってことか」


 悟は本気で呆れた。通常人に奉仕するための異能者が異能業界を汚染しているのだ。人外の存在や異能犯罪者に怯える人たちをどうやって救うのかを考えるより先に自分たちを律することが先決なのだとしたら、本来の存在意義を忘れているということになる。  



 


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