学校テロリスト 12


 テロリストたちに占拠された静林館高校に一条悟が車でやって来たのは日の入りの時刻のことだった。薩国警備の鵜飼うかい丈雄たけおに電話で呼び出されたのである。すでに学校敷地内には大勢の警察官が待機しており、薩国警備のEXPER《エスパー》たちも動員されている。その大半は連中が立てこもっている校舎を臨むことができる校庭に陣取っていた。


「やれやれ、“こいつ”の件といい、今日の件といい、この学校は災難が続くもんだ」


 悟は正門脇に立つ時計塔を見て苦笑した。今年の九月に彼が退魔連合会の悪徳退魔士、銭溜ぜにだめ万蔵まんぞうから守ったこの時計塔は、午後五時二十分をさしている。八十年以上前から休まず生徒たちや近隣住民に時を伝えている立派なものである。


「笑いごとじゃない、事は深刻だ」


 鵜飼のほうは悟と違って生真面目な顔で敷地内を見回した。校庭以外の場所にも数人の警察官とEXPERが配備されており、ここから見えない裏庭もテロリストたちを逃がさぬよう封鎖されている。十一月下旬のこの時期、外はもう暗い。山々の向こうに沈んだ太陽の残光がかすかに空を照らしているが、盆地にあるこの学校に日の目はなく、人質をとったテロリストたちが占拠する校舎のほとんどの窓からは灯りが漏れている。カーテンが閉められているわけは、中の様子を見られないようにするためであり、狙撃対策でもあろう。警察の狙撃班がすでに校庭で準備をしている。


「さきほど、連中からの声明があった」


 夜に近づき、かなり気温が下がってきているが、事情を伝える鵜飼は背広タイプの薩国警備の制服のみを着用しており、コートなどは着ていない。


「声明?」


 横に立つ悟は黒のMA-1型フライトジャケットとスキニージーンズ姿。履いている靴は黒のマウンテンブーツである。


「動画サイトに時間指定でアップされたものだ。しかも、すぐに削除された」


「で、ヤツらの要求は?」


「とある“異能人権活動家”の解放だ」


「ほう、誰だい?」


「半年ほど前に奄美あまみに潜伏していたジャーミル・ザウィードだ」


「おいおい、超大物テロリストじゃねぇか。奄美でバカンスでもしてたのかよ」


 悟が驚くのも無理はない。アラブ系の異能者、ジャーミル・ザウィードは中東を拠点に活動している異能人権団体『アルバア・スァマ・タハールフ』の幹部だ。それが奄美大島にいたというではないか。


 生まれ持った力で人外の存在と戦う宿命にあるのが異能者だが、彼らの人生は通常人と違い様々な制限を受ける。職業選択がその最たるもので、基本的には国や自治体の監視を受け、その生涯を戦いに捧げる。政治家になることはできないが、これは強い力を持つ一部の者が行政や立法をコントロールすることを是としない多くの通常人の声を鑑みたからとも、古くから歴史の影に生きてきた異能者の先達らにならったからともいわれる。国際異能連盟の憲章にも“異能者は国家の運営、公務、外交に関わるをよしとせず”、とある。


 世界中に存在する異能人権団体は、その名のとおり異能者の人権擁護を目的として活動しているが、多くが連盟に反発して過激化、暴徒化しているのが実状である。人権活動家としての彼らは“異能者”という呼び方を差別用語であるとし、自らを“神から授かった子”と称する。つまり異能力とは神から与えられたものであるとし、それを持つ者こそが神の代弁者として世界を主導していくにふさわしいと名目する。そして大半がテロ行為に手を染める。


「ザウィードは201X年のテロ行為の首謀者として国際指名手配されていたが、偽名を用い日本にいた。奄美から沖縄へ飛ぶ予定だったらしいが、薩国警備そしきのEXPERが奄美空港で身柄を拘束した」


「そいつァ、薩国警備おまえらの大手柄だな」


「そのザウィードを引き渡せ、というのが、この学校を占拠したテロリスト共の要求だ」


「おいおい、半年も前にとッ捕まえたんだろ? なんでまだ薩国警備が拘束してるんだ?」


 悟は裏があることに気づいた。基本的に他国の異能テロリストはパリに本部がある国際異能連盟に引き渡すのが常套だ。しかしザウィードは今もまだ薩国警備のもとにいるという。


「ザウィードが鹿児島から離れるのを拒絶したからだ」


「なんで?」


「自分が所属している『アルバア・スァマ・タハールフ』からの“報復”を怖れたのさ」


「薩国警備になんか喋りやがったのか」


「それは機密事項だが尋問の結果、ヤツはいくつかの情報をリークした」


 薩国警備に捕らわれたザウィードは『アルバア・スァマ・タハールフ』に関することの一部を話したわけである。それで裏切り者として狙われる身となった、ということであろう。


「先月、アルバアの隠れ家のひとつを現地の異能者機関が急襲した。これは薩国警備から連盟に伝えた情報により実現した電撃作戦だった」


「いっさい報道されてないところに異能業界の闇を感じるな」


「当然、アルバアはザウィードが隠れ家の位置情報を漏らしたことに勘づいている。そしてザウィードは連盟へ移送される途中での身の安全が保障できない、ということで鹿児島から離れたがらない」

 

「で、そこに大人の事情が絡んでいる、と?」


「そういうことだ。これ以上のことは俺も詳しくは知らん」


 鵜飼は口をつぐんだ。だが、現場のEXPERである彼にも薩国警備上層部の思惑はわかっているのだろう。大物テロリスト幹部のザウィードを軟禁しておくことにより得られるものは大きい。ヤツがもたらす情報の価値は高いのである。薩国警備はそれらの情報を国際異能連盟や他国の異能者機関に対する今後の交渉事のカードとする腹積もりに違いない。だからザウィードの希望を受け入れ、連盟に引き渡さないのである。


「鵜飼君、ザウィード氏の近況はどうかね?」


「県内某所で良い暮らしをしているだろう、薩国警備そしきの警護付きだ」


「クサいメシを食わせる連盟行きになるより好待遇だな。鹿児島の異能業界もすっかりグローバル規模で腐ってンな。テロリストを飼うとは」


「反論できんな」 


 悟の嫌味だが、鵜飼は否定しなかった。鹿児島の薩国警備だけでなく世界中の異能者機関に暗部の巣がある。異能テロは年々高度化しており、近代兵器まで持ち出す輩があらわれている。それらに対抗するためには、どうしても法規を超えた措置が必要になる、というのが世界の異能業界上層部の共通した考え方である。しかし、それらから政治的腐臭が漂うものだから自由人の悟は辛口になり、現場に立つ組織人の鵜飼は嫌悪する。


「ザウィードは中東から離れた日本なら安心と考えたんだろうな。だが展望に反して、お怒りの元お仲間がやって来た。敏腕テロリストにしちゃあ考えが甘かったな」


「アルバアは裏切り者には容赦しない。おそらくザウィードを引き渡したら殺すはずだ。生かしておくような前例は作りたくないだろう」


「ザウィードは今頃、自分の身を案じて戦々恐々だろうな。で、薩国警備は引き渡す気か?」


「テロリストたちが出した最終期限は明日の正午だ。上もぎりぎりまでは待つだろう」


「薩国警備と交渉するために地元の高校を狙うってのはいい考えだ」


 悟の言うとおりである。社会的な影響の観点からテロリストが青少年たちを人質にする意義は大きい。未成年の犠牲者が出れば、どれだけ叩かれるかわかったものではない。超常能力実行局鹿児島支局たる薩国警備は法人格を持つ企業だが、国や地方公共団体とつながりが深い異能者たちの集団だというのは非公表であっても世間の周知だ。そして異能費の削減を求める声は大きい。


 時計塔の下で男ふたりが話していると、向こうから鵜飼の部下の畑野はたのあかねが小走りにやって来た。背中に薩国警備のロゴマークが書かれた濃紺色のスタッフジャンパーを着ている。


「鵜飼隊長、テロリストたちが一部の人質を解放しました」


 という茜の報告を受け、悟と鵜飼は二百メートルほど先にある校舎を見た。この静林館高校は設備こそ古いが敷地が広いため、正門からかなり歩かなければならない、と生徒たちからは不評だという。


「女子だけを人質にとるつもりかな」


 校舎の中から解放され、校庭で警察官たちに保護された職員や生徒たちを見て悟は言った。総勢二十人ほどいるだろうか。ほとんどが制服を着た男子生徒だ。抵抗力の弱い女性のみを人質にし、男性は解放するのがテロリストのやり方だ。


「今、解放された人質のリストがあがりました。全員外傷はない、とのことです」


 茜は手にしているタブレット型端末の画面を見て言った。おそらく敷地内にいる警察かEXPERたちと情報を共有しているのだろう。


「これで生徒、職員を合わせた静林館高校関係者1032人のうち、安否の確認がとれないのは十八名だけということになります」


 茜が正確な人数を報告した。十八名というのは教師らが電話をして繋がった生徒、職員たちと、今解放された人質たちの総数から逆算した数字であろう。もちろん十八名すべてが人質になっているとは限らないが、テロリストたちは薩国警備に要求を飲ませるため、それなりの頭数を確保しているはずだ。


「ただし、そのうち四名は帰宅する姿が目撃されていますので、実質不明者は十四名と考えられます。あ、一条さん、雫ちゃんはすでに帰宅してるそうですから安心していいですよぉ」


「畑野君、不謹慎だぞ」


「はっ、申し訳ありません」


 茜は姿勢を正した。この女は普段、語尾が伸びる優しい鹿児島訛りを使うが、上司の鵜飼に対してだけは口調がしっかりとしたものに変わる。


「あと隊長、その不明者の中に“研修生”の豊浦とようら海斗かいとくんがいるみたいなんです」


 その、茜の報告を聞いた鵜飼の顔が一瞬曇った。だが彼はすぐに、いつもの冷静な表情を作った。


「ご苦労。畑野君、持ち場に戻ってくれ」


「了解しました。一条さん、よろしくお願いしますぅ」


 鵜飼に敬礼した茜は悟に挨拶をすると校庭のほうへ走っていった。ジャンパーの下で揺れている肉感的な尻と太股が黒いスラックスの生地をぴっちりと張りつめさせている。背が高いほうでボーイッシュなルックスをしている彼女は悟の正体を知る者のひとりだ。


「研修生ってことは薩国警備おまえらンとこのヒヨッ子か。そのカイトくんってのがどうかしたのか?」


 鵜飼の表情に気づいていた悟は訊いた。


「一条さん、その豊浦海斗という少年は、十年前にあんたが倒したセルメント・デ・ローリエの指導者、湯田ゆだ正勝まさかつの実の息子だ」


 鵜飼は言った。





 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る