学校テロリスト 11

 


「動くんじゃねぇぞ……騒いだら、殺す……」


 それは男の声だった。背後から右手で口を封じられ、左の腋の下から回り込んできた左手で右肩を拘束されてしまった。あっという間の出来事である。


(なに……? 業者さんじゃないの?)


 この図書室の司書教諭であり、小柄な女である佳乃に後方を確認する手段はない。男の力は強かった。新しい書架の到着を待っていた彼女。しかし、やって来たのは我が身にふりかかる災難だった。


「動くんじゃねぇぞ……」


 やや、しわがれた声をした男である。寒い外から侵入してきたようで、自分の口を抑えている手は氷のように冷たい。


「おとなしくしろ。じっとしてりゃあ、殺しはしねえ……」


 乱雑な言葉遣いは、耳もとで囁かれているものではなく、頭上から聴こえる。背後に立つその姿は見えないが、男は随分と大柄なようである。


「殺しはしねえ……ただ、これから、あんたを犯すだけだ」


 その笑い声は、性に狂った男の醜さを佳乃に伝えるに充分な下品さだった。


「“事”が始まる前の男ってのは、なにかと昂ぶるんだよ。ならば、あんたみたいないい女を目の前にして、なにもしないってことはねえよなあ?」

 

 大胆にも、男の手がニットの裾から侵入してきた。かためられた石膏のように白くなめらかな佳乃の素肌を、五匹の芋虫のような太い指が這いずる。


(やめて……)


 背中をつたう、ぞわりとした不快感に怯え、声にならない声で佳乃は哀願した。しかし、伝わるべくもない。男の指は、あっという間に純白のブラジャーの左右をつないでいるあたりを摘んでしまった。

 

「やめて……」


 自由になった口が悪夢の終焉を願った。しかし、無慈悲な暴漢に緩む手はない。太い指は意外と器用であった。片手の侵入であるにもかかわらず、三段になっている背中のホックがいつの間にか外されている。布地の圧迫から解放された九十センチGカップの巨乳がニットの中に揺れて踊った。


「声をあげるなよ? いや、喘ぎ声ならかまわねえけどな」


 品無く笑うと男は、緩んだブラジャーのカップの下に手をすべらせ、佳乃の胸をじかに揉みはじめた。そこは、はちきれんばかりの特盛りの女肉の塊である。童顔で小柄な佳乃という女が持つエロスの密度は、よく発達した尻をのぞけばあらかたそこに集中している。


「いや……やめて……お願い……」


 百四十五センチの背丈に見合わぬ大きな乳房を蹂躙される恥辱に満たされながらも、悲鳴をあげることはできなかった。殺されることを怖れたからか。ただ、すすり泣くような声しか出ない。それでも、なんとか佳乃はもう一度許しを乞うた。


(なに……これは……?)


 そのとき、佳乃は不思議な体験をした。自身の肉体が、まるで宙に浮いているかのような……


(あたし、空をとんでいるの……?)


 ふと見た足もとの床に、脱げた自分の上履きが転がっている。にもかかわらず、ソックスの足の裏から伝わるはずの硬い地面の感触が全くない。なんと、本当に浮いていた。


 指姦が刺激を増した。揉みしだく男の指の圧力に応じ、佳乃の白い乳房は、いびつに柔らかく形を変える。そして次第に汗ばみ、溶けはじめた素肌の粘度が増してゆく。それは、まるでつきたての餅のようである。


 驚くべきことに男は、うしろから左手で佳乃の太股を抱え、宙に浮かせた状態にして、右手で胸を揉んでいるのだった。六十センチほどの身長差があるからできることだが、しかし小柄だとはいえ佳乃は大人の女である。常人離れした怪力のなせるわざと言えよう。


(ああっ……これは、なんてことなの)


 このとき、すでに佳乃は上半身を裸にされていた。着ていたニットもブラジャーも、いつの間にやら床の上である。しかし寒くはない。この図書室は暖房が効いており、暑さすら感じる。


(すてき……)


 いや、暖房のせいではなかった。性感度の危険な上昇が佳乃の肉体を発熱させている。さっきまでと違い、男の手はあたたかい。


「どうだい? 俺の手は」


 胸を揉む手を止めぬ男の問いは率直な感想を訊いていた。


「ふしぎ……」


 それは淫乱の際に立たされた佳乃が漏らした素直なこたえだった。なぜか知らぬ男に汚される羞恥と恐怖が頭の中から消えゆき、代わりに乳房から伝わる、熱く燃えるような感触が汗ばむ肉体の芯に刻まれていく。不思議な男の手がもたらすものだった。


「けど、すごい……あたたかくて気持ちいいの……」


 さっきまでと違い、もはや望まぬ快楽ではなかった。静謐な進学校の図書室に女の匂いを振りまいているのは、宙に浮いたまま上半身裸で放熱する佳乃自身の豊満な肉体である。男が誰かは知らない。ここがどこなのかは関係ない。そんなことは問題ですらない。いま欲しいのは、この気持ちよさだ。


「ほう、どんな風に気持ちいいのか言ってみろ」


「魔法つかいに……なったみたい……」


 本好きが高じて司書教諭になった佳乃は、快楽のさなか、子供のころに読んだ一冊の本のことを思い出していた。


「まるで、空飛ぶ絨毯に乗っているみたいなの……」


 その内容は、醜い老婆の手により魔法使いにされた少女が、小さな王国を魔王の侵略から救うというものだった。空飛ぶ絨毯に乗って魔界のものたちと戦う少女を描いた挿絵に憧れた幼き日の佳乃は、家で遠足用の敷物を広げてひとりでよく遊んでいた。


「あの本……大好きで何度も何度も読んだの……ベッドの中で夜ふかしして読んでたから、よくお母さんに怒られたの……」


「飛んでみたいか?」


「え?」


「おまえは大人になってもなお、空を飛びたいのか?」


 あのころと違い、内外ともに大人になった豊満な肉体は熟度を増し、性感によろこぶほどに発達した。しかし少女のころに持っていた幼き感性のすべてが消え去ってはいない。二十八歳という年齢の微妙なバランスが大人の側に比重をおいてもなお、体内にまだ生きている。


「とびたい……あたし、とんでみたい……!」


「そうかい、じゃあ夢を叶えてやるよ」


 男がそう言ったとたん、さらに佳乃の肉体が地面との距離を置いた。


「あああっ……!」


 一気に絶頂のそばへと駆け寄った佳乃は、肩までの長さのボブヘアーをふり乱して嬌声をあげた。男が、その怪力で彼女をさらに高く持ち上げたのである。


「とんでる……あたし、いま、とんでる……!」


「そうだよ、おまえは今、飛んでいるのさ」


「ああっ……はじめて、こんなの……はじめて……!」


 男の顔より高い位置で、さらに胸を揉まれている佳乃はよろこんだ。すでに理性はない。淫乱な女の性質のみが表面化し、なにも身につけていない上半身が汗と甘い体臭を吹き出しながら弓のようにしなった。


「もっとすげえのがほしいか?」


「ほしい……もっと、頂戴……」


 まるで空中で男に抱かれているような異次元の感触に佳乃は我を忘れていた。普通に生きていては得られない気持ちよさである。もし生徒や同僚の教師たちに見られたら、などという危機感など、とうに消えてしまっている。今ほしいのは性のよろこび、それだけだった。


「そうかよ、狂っても後悔すんじゃねえぞ」


 胸から離れた男の右手は、佳乃が穿いている黒いノータックパンツのベルトを外した。


「ああ……そこは、いや……」


 さすがに貞操の危機を感じた佳乃は、汗に濡れた身体をよじった。


「本当に嫌なのか? もっとすげえのだぜ?」


「いや……いやじゃない……いやじゃないの……」


「けっ、てめえ雌豚かよ」


 嘲笑した男の手が佳乃のノータックパンツのホックを外し、ファスナーも下げた。白いパンティがすこしだけあらわになる。その奥に今日の快楽の頂点につながる秘部が潜んでいる。乳房から得られるものを超える刺激が、そこにある。


「あたし、女にうまれてよかった……触って……そこを、いっぱい触って…………!」


 熱い吐息で秘奥への侵入を許可した佳乃は男の手の中でのけぞった。小柄で豊満な肉体の曲線美を図書室の宙空に描きながら最高のときを待つ。紅潮した白い素肌から大量ににじみ出た汗が蒸気を発しながら床に染みを作り、本来生徒らのためにあるこの空間に妖しい匂いを充満させてゆく。すべては彼女が持つ女の性がさせたことだった。


「あたし、このまま変になってもいい……おねがい、早く……あたしを、とろけさせて……!」






「おい猿渡、そこまでにしておけ」


 図書室で繰り広げられている摩訶不思議なエロスの狂楽に終焉を求めたのは、別の男の声だった。書架の搬入のため、この静林館高校にやって来た業者の責任者である。さきほど教頭の田頭に恩田となのった者だった。


「けっ、ちょっとくらい楽しませてくれてもいいじゃねえかよ」

 

 猿渡と呼ばれた男は舌打ちすると、佳乃を凌辱していた手を止めた。リーダーの恩田と同じく作業用のつなぎを着ている。身長は二メートル以上あり、長髪をオールバックにしている。目つき鋭く、人相は悪い。


「おまえの“技”でショック死でもされては困るのだ」


 入室してきた恩田がいう猿渡の“技”とは古来より南部アジアに伝わる性愛指南書『スコータイ・ヴェーダ』に記されている性技のひとつ、“アウシュニャ・プラーナ”である。今まで猿渡が佳乃にほどこしていたそれは、女性を背後から持ち上げて、空中でその女体を苛むというものだ。


「天国にイカせようと思ったのさ」


 文句を言うも、猿渡が恩田に従ったところを見ると、両者間に力関係というものが存在するようである。『スコータイ・ヴェーダ』は気質の強い者向けの性愛指南書で、かつては裏のカーマ・スートラとも呼ばれていた。今では知る人も少ないが、猿渡はどこかで習得したのだろう。


「まあ、いい身体を楽しむのは後にすっかねえ」


 猿渡は言った。彼が駆使した“アウシュニャ・プラーナ”という性技は手のひらから放出した気で対象者の性感度を増幅させる類のものであり、後背から抱えあげる体位でおこなう。これを受けた女は、まるで空中でセックスをしているかのような感覚に陥り、日常ではあり得ない快楽に我を忘れる。


「ねぇ……もっと……もっと、とばせてくれないの……?」


 その証拠に、上半身裸のまま床で仰向けになって小刻みに痙攣している佳乃は、波打つ豊かな胸を隠そうともせず、いまだ熱い息を吐きながら、うわごとのように行為の継続を願った。全身汗だくの白い素肌からむせるほどに女の匂いを発散させているが、これは猿渡から受けた気により体温が異常上昇しているためである。


「その女も、そして“この女”も大事な人質だ」


 そして恩田はこの静林館高校の英語教師、村永多香子を抱きかかえていた。こちらも意識を失っている。


「今、このときより、この静林館高校は我々が占拠する。各員、校内を捜索し事に当たれ」

 

 恩田は、背後にいるメンバーたちに指示を出した。彼らは、この学校にやって来たテロリストだった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る