学校テロリスト 10

 静林館高校の図書室は三階にある。出入り口付近に書籍検索用のパソコンがあり、校庭側に大きな窓を持つこの図書室は、設備が古いこの学校のものにしては広い。蔵書数は約二万八千冊。小説の他に医学や建築、異能学などの専門書、哲学書、学習まんが、参考書や各大学の過去問題集、有名人の著作など、置いてある本のジャンルは幅広い。そのほとんどが一週間の期限付きで貸し出し可能となっており、若者の本離れ防止に一役買っている。静林館高校では年に五度の読書週間を設けていて、その間生徒たちは最低一冊の本を読むことが義務付けられている。これは昭和の時代から受け継がれてきたこの学校の習慣であり、パソコンやスマートフォンに慣れきった生徒たちに紙の本と接する機会を与えている。


 だが、アナログな面だけではない。室内を見回すと数年前に設置されたPCコーナーが中央にあり、台に置かれた二台のパソコンで生徒たちがインターネット画面を閲覧することができる。もちろんフィルタリング機能が設定されており、特定のサイトにしかアクセスできないようになっているが、これでニュースを確認する者や、郷土史を調べて研究発表会にそなえる者もいる。そういうところは時代の流れである。


 しかし、これらのことは普段見ることができる光景であり、試験前期間に入ったこの日は、いつもの賑わいがない。図書室内の書架を大量に入れ替えるため、今日の放課後は使用禁止となるからだ。部活動も停止となっており、薄暗くなった近辺の廊下には誰も残っていない。寂しい夕方である。






(なんとか間に合ったァ!)


 静林館高校図書室のカウンター席で、ノートパソコンを閉じて勢いよく立ち上がったひとりの小柄な女がいた。この学校の司書教諭で名を楠原くすはら佳乃よしのという。肩まで伸びた外ハネのボブヘアーがよく似合う独身の二十八歳。


 佳乃は大学で教員免許を取ったのち、司書の資格を取得した。先生と呼ばれることができる立場になったにもかかわらず教壇に立つ仕事に就かなかったわけは根っからの本好きが高じたからである。大学卒業後は鹿児島市内の公立図書館や公民館に勤務し、数年間司書としての実務経験を積んだ。


 そんな佳乃が、この静林館高校の図書室に勤めることになったのは、ふと覗いた転職サイトがきっかけだった。ここの前任者だった女性の司書教諭が都合で退職することになり、後任を雇用しようという求人があったのだ。意外と給料が良く、また、日中ひとりで図書室内を運営できるやりがいを期待した佳乃は、ダメ元で採用面接を受けたのである。


 十数人いた採用希望者の中から最終的に彼女が選ばれた理由は、老若男女さまざまな人たちが利用する公立図書館や公民館での多種にわたる勤務実績が評価されたからだった。佳乃は館内の受付業務を担当しながら、児童スペースの運営や利用者向けの催し物に携わった。さらに館内に併設されたカフェや移動図書館の業務もこなしてきたことが決め手となった。所持している資格以上に多角的な実績が物を言ったのだった。


(業者さんが来る前に終わってよかった!)


 つい今まで佳乃は百数十冊もの本の返却処理に追われていた。今日から試験前期間に入るため、全校の多くの生徒たちがこぞって借りていた本を返しにきたのだ。この時期はいつもこういった事態に陥るのだが、やはり毎回大変な作業となる。ましてや今日は新しい書架の搬入作業があるため、業者が来る前に終わらせなければならなかった。図書委員の生徒がいるのだが、期末試験にそなえて早く帰らせたため、彼女ひとりでパソコンと向かい合っていたわけである。


「うーん……」


 カウンターから出て、入り口の前に立った佳乃は、両手を頭上で合わせて伸びをした。すると、豊かな乳房がグレーのニットにいやらしい曲線を描いた。身長百四十五センチと小柄な彼女だが、バストサイズは九十センチあり、むっちりとした尻も立派である。それでいて顔立ちは幼く、実年齢より随分と若く見られる。かわいらしい外見のため、校内での男子生徒たちからの人気を英語教師の村永多香子と二分している。ただし美人の多香子が大きな胸を衣服の奥にひそめた着痩せするタイプなのに対して、童顔の佳乃はかじりつきたくなるようなセックスアピールが外からでも目立つ。陰で“ロリ巨乳先生”などとも呼ばれている。


 佳乃は、ぱっちりとした目で、これから新しい書架が搬入されることになる図書室内を見渡した。がらんとしている理由は人がいないためであり、すでに取り替え予定の古い書架を撤去しているからだ。今日の搬入作業を手早くすませるため、すでに鹿児島県内のリサイクル業者に引き取ってもらっていた。入る場所をなくした蔵書たちは数冊ずつ紐でくくられ、一時的に廊下に並べてある。男性の教師たちに手伝ってもらい、昨日一日でその作業は終わらせた。ほとんどの書架を失った図書室の中央から壁のあたりまでひらけており、いつも見る光景とはかなり違う殺風景なものとなっている。


(なんとなく、感慨深いものがあるのかなあ)

 

 ここ静林館高校の司書となって二年になる佳乃。新しい書架が設置されることで明日からは今までと違ったおもむきとなるこの図書室の姿を想像した。内装は新しいものではないが、普段から掃除が行き届いており、整頓もされているので中はいつでもきれいな状態を保っている。そうすることで皆が気持ちよく利用できるようにつとめてきた。


 自習用スペースの割合が大きいことも広く見える理由である。鹿児島一の進学校の図書室であり、生徒たちの意識が高いため、昼休みや放課後に生徒たちがここで勉強する姿がよく見られる。今日は搬入があるので誰もいないが、明日からはまた、いつもの活気がもどってくることになるだろう。新しい書架たちがここに描く、新たな装いとともに……


(業者さん、来たのかしら……?)


 不意に背後から人の気配を感じ、佳乃は入り口のほうを振り返ろうとした。だが上体が後方を向くより早く、手で口を封じられた。


「動くんじゃねぇぞ……騒いだら、殺す……」


 それは男の声だった。




 


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