学校テロリスト 9

 静林館高校の図書室に設置される予定の新しい書架をのせた2トントラック三台が正門をくぐり、敷地内に入ってきたのは午後四時半のことだった。今日から試験直前期間となり、普段は部活動にはげんでいる生徒たちのほとんどがすでに帰っているため、校内はいつもよりひっそりとしている。十一月のこの時期は日の入りが早いため、太陽はすでに山々の向こう側に沈みかけている。あと数十分で、夜の帳がおりはじめる。


 薄暗い中、低速域特有の粘るような走行音をたてながら放課後の静寂を破って侵入してきた三台のトラックたちは、校舎横の道を徐行運転で通り、裏庭のほうへと向かった。校舎の裏口の前で停車し、そのままエンジンの音を止めた。


 三台のトラックの運転席と助手席が同時に開き、中から、つなぎ姿の男たちが降りてきた。力仕事をなりわいとしているからか、皆が日焼けしており、筋肉質でたくましい。


「ああ、これはこれは、遠路はるばる、お疲れ様です」


 裏口から出てきて彼らを出迎えたのは、この静林館高校の教頭の田頭たがしらである。年齢が五十代後半にさしかかる男だ。七三に分けた髪型をした人の良さそうな丸顔で濃いグレーの背広を着ており、背丈は低いが恰幅が良い。いつもニコニコとしているので、生徒たちからは“仏の田頭”などと呼ばれている。実際、怒ることは滅多にない。


快晴かいせい物流の恩田おんだです」


 先頭を走っていたトラックの助手席から降りてきた責任者らしき男が挨拶をした。目深にカーキ色の作業帽をかぶっている。年の頃は田頭より若く、四十代と見える。


 彼ら快晴物流は、本日この静林館高校に搬入される書架を取り扱っているオフィス機器メーカーと契約している下請の業者で、搬送と設置を役目とする。この三台のトラックの中に、その書架たちが入っているはずである。


 田頭は愛想よく応対しながらも、搬入スタッフの人数を目視でかぞえた。三人乗りのトラック三台から降りてきたつなぎ姿の男たちは総勢八人。先頭車両のみ恩田ともうひとりの計二人が乗っていた。あとの二台から三人ずつ。最近は防犯と不審者対策の観点から、校内に入る来客数を確認する必要がある。八人というのは業者側から事前に聞いていたとおりなので問題ない。


 たくましい搬入スタッフたちがトラックのコンテナを開けた。中にはキズ防止のためか黒いシートをかけられた書架たちが寝かされた状態でぎっしりと詰め込まれている。


「たいへんな数ですな、この人数で大丈夫ですか?」


 田頭の質問は、見知らぬ業者と間をもたせるための、大人の世間話のたぐいであろう。しかし搬入数が多いのは本当だ。図書室内のほとんどの老朽化した書架を今夜中に、これらの新品と入れ替える予定である。


「ほとんどのものは既に組み上がっていますので運ぶだけです。一部、組み立てが必要なものがありますが、今の製品は昔と違ってドライバーが一本あればすぐに設置可能な状態にできます。そんなにお時間は取らせません」


 恩田はこたえた。つなぎを着ていてもわかる引き締まった身体付きで、日焼けした強面であるが、見かけによらず話し方は穏やかだ。他の面子は愛想が良い感じではないので、客との応対は彼が引き受けるのだろう。


「それはそれは、頼もしいですな」


 田頭は、既にコンテナに乗り込んで書架をおろしはじめた業者スタッフたちを見て言った。その中にひときわ目立つ大男がいる。長髪で身長は二メートル以上あるだろうか。力自慢らしく大きな書架一台を一人で黙々とおろしている。他のスタッフは二人がかりだ。


「あれは怪我で廃業した元プロレスラーなんですよ。取引先のひとつがプロレス団体の運営会社なので、そのコネで」


「ああ、なるほど。力強いですな」


 恩田の話を聞いて納得した風の田頭。他にアジア系らしき外国人が三人ほど含まれているが、そのことも事前に聞いていた。怪しいところはない。


「あ、すみません。遅くなりました」


 と、校舎の裏口から英語教師の村永多香子が小走りに出てきた。慌てているが、トラックの音を聴きつけたのだろう。オフィスサンダル履きのままである。


「あー、村永先生。悪いが業者さんたちを図書室まで案内してくれたまえ」


「わかりました」


 多香子は上司の田頭にそう応え、重そうな一台の書架を二人がかりで運ぼうとしている屈強な業者たちを校内に迎え入れた……



 




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