学校テロリスト 6
鹿児島市北部の
そんな川上町に
この高校のシンボルが敷地の入り口に建つ高さ二十メートルの古い時計塔だ。昭和初期に創立四十周年を記念して建てられたもので、鉄筋コンクリート製である。当時の技術の粋を集めた造りのため、歴史的価値が非常に高いとされる。内部は幾度かの改修を受けているが、外観は当時のそのままで残されており、いまだに稼動している。八十年以上にわたって一日も休まず時を刻んできた立派な時計塔である。
この時計塔には秘密があった。正負の気のバランスを保つため、近くの寺と連動しているのだ。人々に時を知らせるだけでなく、健全な気の流れを維持する役割を果たしている。受験ストレスに陥りやすい生徒たちの心を守ってきたものだった。そして、金銭目的でこの時計塔を破壊しようとした退魔連合会の悪徳退魔士、銭溜万蔵の野望を打ち砕いたのがフリーランス異能者の一条悟だった。それは今年の九月のことである。悟が時計塔を守り、以後この静林館高校は元の平和を取り戻したのだった……
しかし木々に囲まれた校舎外に吹く風は比較的冷たく、自然が近く冬の訪れを告げているのは感じられる。湿度も低いため、空気は爽やかだ。まだ当分は朝晩の寒暖差に悩むことになるだろうが、じきにコートやマフラーが必要な日がやってくる。鹿児島の短い秋とは夏の記憶と冬の予感が自然の中に共存する季節である。
夏といえば、八月に一条悟と出会って、そろそろ四ヶ月になる。薩国警備の見習いEXPERという顔も持つ雫のことを悟は“初代メイド”などと呼ぶ。夏休み期間中、
木枯らし吹きすさぶ道すがら、部活動で残るクラスメイトたちと軽く挨拶をかわし、雫はひとり校門のほうへと歩いた。以前、一条悟が守った時計塔を目指していけば学校の敷地の外へ出る。小柄で華奢な彼女は、ちいさな肩にスクールバッグをかけ、痩せた脚で下校の途についた。
「やあ、津田さん」
背後から男子の声に呼び止められた。雫はローファーの足を止め、振り返った。このとき彼女の小顔の上半分を覆う黒いショートヘアがかすかに揺れたのは、清楚な女子高生の何気ない仕草を可憐に見せるための、秋風の悪戯だったのかもしれない。
「今、帰り?」
そう雫に話しかけた男子は
雫はちいさく頷いた。すると……
「それはよかった、僕も今、帰りなんだ」
海斗は人差し指で校門をさした。共に帰ろうと誘っているかのような空気が流れた。口数少なく、おとなしい雫は上手く断りきれず、彼と共に歩きはじめた。
「なんか、さいきん暑いのか涼しいのかわからないね」
歩きながら海斗が言ったので雫は頷いた。
「そろそろ期末試験だね、ヤマはってる?」
その問いかけにも雫は頷いた。
「また君が一番かな」
それには答えなかった。入学以来、雫は常に学年トップの成績を維持している。しかも鹿児島一の進学校での一位だ。東大を目指せる学力を誇っており、教師たちからも期待されている。
「まあ、僕も君に負けないように頑張らないといけないな」
海斗のほうもまた成績優秀な生徒であり、学年内での順位は毎回一桁台をキープしている。顔も頭も良いため、学年を問わず女子たちからの人気もあるが、クラスの男子たちからもなにかと頼りにされているらしい。
そして、このふたりには高学力であること以外にも共通点があった。
「ところで、津田さんは今度の“研修”の日程決まってるの?」
その海斗の質問には雫は首を振った。“研修”とは薩国警備の研修のことである。海斗は雫と同じく薩国警備の見習いEXPERだった。つまり超常能力者である。
「本決まりになるのはまだ何年か先なのに研修はマメにあるから大変だよね」
何が嬉しいのか海斗は笑顔を絶やさない。ふたりとも数年後、大学を卒業したら正式なEXPERとなる予定だ。見習いの雫が悟のもとに派遣されていたのも研修の一環である。若手の早期育成を目標とした二十一世紀型育成制度の対象者に選ばれた、とだけ上から聞いている。
「僕はたぶん冬休みに数日、
奈美坂とは
「ところでさ、津田さん。君は好きな人とかいるの?」
急に海斗の話が変わった。まさか、そんなことを訊かれるなどと思ってもいなかったので、雫は少々戸惑った。歩調が一瞬乱れてしまい、海斗のほうが一歩先に出た。
「もしいないのなら、僕と付き合ってみないか?」
愛の告白とともに振り向いた彼の笑顔は自然で優しいものだった。
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