学校テロリスト 5

「ムヒョヒョヒョヒョ、その額田という刑事を捕まえた一条悟というフリーランスが、実は剣聖スピーディア・リズナーなのではないか、という噂がありましてな」


 銭溜が言った。衝撃的なひとことである。異能業界最高のスーパースターであり、かつてセルメント・デ・ローリエを壊滅させた男。そして、その指導者だった湯田正勝を斬った男。一条悟が、かの剣聖だという。


「本当ですか?」


 滅多なことでは動じないノワールだが、さすがに声がうわずった。この仮面の少年と剣聖には、遠く十年前からの浅からぬ因縁がある。


「なぜ黙っていたんです?」


「ムヒョヒョヒョヒョ、噂は所詮、噂ですからな」


 この銭溜が静林館高校の時計塔をめぐって一条悟と戦ったとき、多くの生徒たちがその様子を見ていた。そして、その中にノワールもいた。実は彼は静林館高校の生徒だった。観戦していたのである。


「ムヒョヒョヒョヒョ、この私を敗った男ですからな。たしかに剣聖かもしれませんぞ」


「しかし、スピーディアは死んだと報道されているはずですが」


「ムヒョヒョヒョヒョ、それを信じるか否かは、人それぞれでしょうな」


 この銭溜は見た目と性格は悪いが、剣の腕は超一流である。天才と称されるほどの戦闘センスを持っており、対人戦で退魔士離れした実力を発揮できる。しかし、一条悟は彼を倒した。たしかに剣聖を彷彿とさせるあの鮮やかな剣をノワールも時計塔の件で見ていたわけである。


「そういえば剣聖スピーディア・リズナーが鹿児島の生まれだという噂がありますね」


「ムヒョヒョヒョヒョ、鹿児島の異能業界では有名な話ですな」

 

「その剣聖と戦えたあなたは幸せ者ですね」


「ムヒョヒョヒョヒョ、あの好爺老師こうやろうし様と手合わせできたあなたも幸せ者ですな」


 ノワールの嫌味に、銭溜も嫌味で返した。好爺老師の異名を持つ神宮寺じんぐうじ平太郎へいたろうにノワールが戦いを挑んだのは先月のことである。あの老人は鹿児島を代表するフリーランス異能者なので、それを狩るセルメント・デ・ローリエの標的になるのは必然のことではあった。しかし、仕掛けたノワールのほうが実力差を思い知らされる結果となった。手も足も出なかった上に、とある“証拠”を握られてしまった。


「剣聖のことは、レディには?」


「ムヒョヒョヒョヒョ、まだ報告しておりませんよ」


「言うべき……かな」


「ムヒョヒョヒョヒョ、確証がありませんからな」


 銭溜は一条悟に敗れた。そしてノワールには剣聖と“ある因縁”があった。一条悟がかつて指導者だった湯田を斬った剣聖なのだとしたら、なにかと運命というものは一周まわって再び元の場所に戻って来るものなのかもしれない。


「ムヒョヒョヒョヒョ、一条のことが気になりますか?」


「いずれ僕たちの邪魔になるかもしれませんからね」


「ムヒョヒョヒョヒョ、あなたの“お父上”のこともありますからな」


「父は関係ありませんよ、僕は僕自身の“信念”に従っているだけですからね」


 信念、とはノワールの父も生前、よく使っていた言葉だった。そのことを息子の彼が知っているのか否か、それは当人のみが知ることである。


「お話が弾んでいるようですけど、そろそろ引き上げるべきではないかしら」


 暗闇から第三の声があらわれた。若い女のものである。


「こんなお年寄りだらけの田舎の夜でも、人や車が通らないとは限りませんわ」


 その女は艶の良いショートヘアの持ち主だった。身長はノワールと同じくらい……百六十センチほどだが、ピンヒールのショートブーツを履いているせいか、背が高く見える。毛皮のコートを前を閉じて羽織っており、その裾から白く細い生足がのぞいている。


「話が弾んでいるように見えますか、茅島さん」


 ノワールがおもしろくなさそうに答えた。あらわれた彼女の名は茅島かやしまレオナという。キツめのアイシャドウと真っ赤に濡れたリキッドルージュのせいで全体的にケバく見えるが、いい女である。元の造形が良いから濃い化粧でも似合うタイプだ。運転免許を持たないノワール少年を車でここまで運んできたのは彼女だった。


「ええ、とっても」


 レオナは額田の死体に目もくれず銭溜の横に立った。


「ムヒョヒョヒョヒョ、彼女にはそう見えるようですなあ」


「おふたりとも、年は親子か、それ以上に離れていますけど、なかなか良いコンビですわ」


 そう語るレオナもまたセルメント・デ・ローリエのメンバーである。そして銭溜の愛人でもあった。


「そちらのほうこそ親子ほどに年の差があるじゃないですか」


 ノワールは美女と野獣、といった感じにしか見えないレオナと銭溜のカップルに言った。年齢差もあるが、外見の差はもっと甚だしい。針金のような美脚を見せているレオナの体重は肥満体銭溜の半分以下であろう。互いの顔の面積比率は一対三ほどで、面立ちの質は同じ世界に住む同じ人種とは思えぬほどに違う。この世の物に例えれば、かたや華やかで艶やかな花のようで、かたや枯れ腐った年輪だらけの大木のごとし、である。傍目には不釣り合いなふたりだ。


「ムヒョヒョヒョヒョ、愛があれば年の差など関係ないのですよ」


 銭溜はレオナの細い肩にゴツい左手を回そうとした。


「ムヒョヒョヒョヒョ、いたたたたた……」


「寒いですわ、早く死体を片づけて引き上げませんこと?」

 

 みごと銭溜の手の甲をつまみあげるレオナ。人前でイチャつくのは好きではないようだ。


「では、そうしましょう」


 ノワールは月桂樹を模した仮面の奥でため息をついた。このふたりにはついていけない、といった風である。


「ノワールさん、もう額田刑事は始末したのですから、仮面をお取りになられたらどうですの?」


「これは仕事着の一部ですよ」


「素顔は可愛らしい男子高校生なのに、もったいないですわ」


「そりゃどうも」


「ムヒョヒョヒョヒョ、責任感の強さも“お父様ゆずり”なのでしょうなあ」


 三者、言いたいことを言いながらも、共通の志を持つ間柄だ。その志とは月桂樹の誓いのもと、自由を求めるフリーランスたちに鉄槌をくだすことだった。それが異能テロリストたる彼ら新生セルメント・デ・ローリエの行動理念なのである。



 

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