学校テロリスト 2


 夜の冬空に跳躍した湯田は、光剣を片手に上空から悟に襲いかかった。夜空に翻った黒いオーバーコートの裾が翼に見える。まるで獲物を見つけて滑空するカラスのようであるが、狙いが生きた人間である点が違う。ただし狡猾なカラス同様に“策”を持つのかもしれない。


 悟はそれに付き合わず後方に飛んだ。力強く空へと踊り、そして華麗に舞い降りる剣聖の姿を世の人々は火の鳥に例える。たとえ悪がはびこる夜が暗く冷たくとも、たとえ情けを失くした世界が闇と氷に満ちても、スピーディア・リズナーは光と熱が作り出した炎の翼を背負い、人の道を照らす。そして悪の退路を焼き閉ざす。彼を支持する少年少女たちが信じる剣聖の伝説である。


 波も静かな護岸の歩道に着地した悟を、湯田は追撃した。その脚は速い。あっという間に近接し、右手に持つ白の光剣を上段から振りかざす。


 悟はフライトジャケットの懐に手を入れた。直後、ショルダーホルスターから抜き打った物もまた、筒状の機械の形をしたグリップだった。その銘はオーバーテイク。“into thd fire”の紋章と並ぶスピーディア・リズナーのトレードマークであり、全世界の少年たちが憧れる光剣である。


 両者の剣が激突した。光剣ホーシャとは使用者が送り込んだ気に特定値の電流を与え、その気を硬質の斬突部に変化させるものだ。ホーシャと呼ばれるわけは創製期の光剣の鍔が放射状に広がっていたためであり、日本語に由来する。


「剣聖の抜刀は世界最速を誇ると聞く。今のタイミングでこの余裕とは流石だな」


 白い斬突部を持つ湯田の光剣は鹿児島の藤代アームズ製FX-028、剣銘は“フィランギ”。片手で扱うゴールドーカラーの柄は、その名のとおり中世のインドで広く使われたフィランギのものをモチーフにしているが形状は機械的である。優雅な装飾が施されており、グリップガードを備える。柄の上部から伸びている光の斬突部は直線状である。


「“紅白”の時期にはちょっと早いな」


 十二月の風を切ったその白刃を、紅い光刃で受け止めた悟のオーバーテイクも藤代アームズ製。こちらは彼仕様のカスタムモデルで市販されていない。三十センチほどあるブラックメタリックカラーの無骨なグリップと真紅の斬突部を持つ光剣だ。鍔迫り合いとなった今、打ち重なった両者の刀身がやや歪み、交差した互いの接触部からまさしく紅白の火花が飛び散っているが、これは電流により硬質化した光刃間にある電位差がもたらす現象とされる。あまりにも派手に気と光が散るため“エネルギー・スパーク”などと呼ばれ、光剣同士の対決の華という人もいる。


 打ち合いを嫌ったか、仕掛けた湯田のほうが先に引いた。護岸の歩道に沿って素早く後ずさる。悟は無理に追わず、その場にてオーバーテイクを片手青眼の位置に置いた。紅い切っ先が相手の喉を向く。


「“偶然の剣聖”は横綱相撲を制するとよく聞くが、消極策が得意、の間違いではないのかね?」


 その湯田の台詞は、追って来ない悟に対しての皮肉もしくは挑発か?


「それを知りたければ、俺を土俵際まで追いつめてみせるんだな」


 それに返す悟。偶然の剣聖、とはスピーディア・リズナーと呼ばれる彼に対する世間評のひとつである。史上最年少で剣聖のタイトルを獲得した彼だが、そのときの試合相手が敗因を体調不良だったと言い訳し、さらにその後、二度組まれた防衛戦の相手がそれぞれ食中毒とインフルエンザで棄権した。


「私が勝って君の“偶然性”を証明してやろう」


 湯田は白刃輝くフィランギを夜空に掲げた。一度も防衛戦をおこなわぬまま、剣聖制度が諸事情により廃止されたため、悟に対する“偶然の剣聖”という悪評が一部の人たちに定着した。“運だけなら最強”、“歴代剣聖中もっとも格下”、“しょせん顔だけ”という大人たちの声がよく聞かれる。


「悪いが、この年で人生を終えるつもりはないんでね」


 悟の切っ先は変わらず攻防の意思表示たる青眼の位置。彼を偶然の剣聖と罵る大人たちに対し反発した少年少女たちは“最後の剣聖”と呼んだ。剣聖制度がなくなった今となっては、意味合いの異なるふたつの肩書きを未来永劫、悟はひとつの背中で背負うこととなる。関わった人々の生き死にや喜怒哀楽とともに。“最後にして偶然の剣聖”のさだめであろうか……


 再度、湯田は攻撃を仕掛けた。悟に近接するその脚は出足鋭く、そして得物のフィランギに火を吹かせる右腕の動きは速い。彼はA型の超常能力を持つ。それは“驚異的な身体能力”と呼ばれるもので、気を内的循環インサイド・サーキュレーションさせることで使用者の全身を均等強化する。近接戦闘に向いた異能力である。


 対する悟はオーバーテイクで捌く。湯田が次々と繰り出す剣撃が突きであるため、両者の動きがフェンシングのものに近くなった。狭い護岸の歩道に沿うように悟は退がり、追う湯田は前進する。気を硬質化させ形成された斬突部同士の接触音が何度も夜空に響き、波の音をかき消す。


 幾度めか、いや……百を超える光剣同士の打ち合いの末、湯田はまた飛んだ。A型超常能力者の彼は跳躍力も強い。上空から舞い降り、悟に斬りつける。その姿は、やはり獰猛なカラスのようだ。


 今度は悟も飛んだ。闇に支配された夜空へと上昇する姿は、光なき環境下においても輝かしく見える。それは人々の熱視線を浴び続けたスターだからか。いや、弱き者たちに自ら光明を与えてきた彼らしく、その身や心に天体を照らす恒星にも似た熱源を持つのかもしれない。だから飛翔する様が火の鳥のように映るのか。


 光と闇の翼が激突した。吹っ飛んだのは“闇”のほうである。空中で紅くきらめくオーバーテイクをフィランギの白刃で受け止めた湯田が力負けした。海のほうへと落ちてゆく。


 だが湯田は空中で体勢を取りなおし、いくつかあるテトラポットのうちのひとつに着地した。それよりひと足早く、空中戦を制した悟は歩道に立っていた。


「さすが薩国警備を代表する剣客だ。一筋縄ではいかねぇな」

 

 悟は素直に褒めた。鋭い攻撃と手堅い防御を実践できる湯田の技量を、である。


「君こそ見事だよ、さすが世界最高の“多方向性気脈者ブランチ”と言われるだけのことはある」


 吹っ飛ばされたはずの湯田だが、傾いており足場の悪いテトラポットに難なく立っている。多方向性気脈者とは体内で発生させた気を体の任意箇所に送り込むことで、その部位の力を強化させるタイプの異能者だ。悟は脚に気を送り込み強力な推進力を得て跳躍したが、空中で湯田と接触する直前に体内気脈の方向を右腕に変え、強烈な斬撃を見舞ったのである。この場合、バランスの良い全身の均等強化を特徴とするA型能力者よりも部分特化型の多方向性気脈者のほうが腕力の限界点は上となり、さらに先に得た推進力が後押しするためパワー勝負で悟が勝った。全身の気脈をフル活用しなければならないブランチ能力はピーキーで扱いが難しいとされるが、剣聖の気のコントロールは完璧である。“世界最高のブランチ”の異名は伊達ではない。


「どうやら“小手先”の剣では剣聖の君に勝てそうもないな」


「今までが小手先だったとは恐れ入るね、俺も本気を出さなきゃならんらしい」


 海に浮かぶテトラポット上の湯田と歩道上の悟は再度対峙した。距離はさほどない。だがテトラ帯と歩道の間に高低差がある。だから傍目には実際より遠く見える。陸地に立つ悟のほうが湯田を見下ろす位置にいる。


 光剣片手に敵対するふたりは再度、飛んだ。同時になったのは偶然ではなく、剣客としての本能が、そして野生の勘が、このタイミングを是と告げたのかもしれない。世界的異能のスーパースターと悪しきフリーランス狩りをおこなってきたテロリストは、光と闇をそれぞれの立ち位置としながらも、思考を超えたところでは共鳴しあうのか。いや、死線に身を置くことを生きがいとする、哀しき戦士のさがとでも言えようか。高々と舞った両者、跳躍の最高点にて堂々と剣を交える腹積もりであろうと見える。


 だが違った。空中での格闘戦ドッグファイトとなる直前、カラスの羽のように翻った湯田の黒いオーバーコートの内側から銃口が覗いた。光剣を持たぬほうの左手をいつの間にか袖から抜いていたのだ。その状態で懐の奥から抜いた拳銃を、腰だめの姿勢で悟に向けていた。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る