悟がタジタジ? 愛のツンデレ美容室 16

 


 悟が開けたケースの中に入っていたのはリボルバー式拳銃だった。いや、拳銃と呼ぶにはあまりにもデカい。フレームと銃身を合わせた全長は50センチをゆうに超えている。


「パイファー・ツェリスカ。600ニトロエクスプレスマグナム弾を使うことができる世界最強のハンドガンだ」  


 運転席の鵜飼はステアリングを操作しながら解説した。前を走る額田の覆面パトカーをフロントガラスの中にとらえている。


「このデカさでハンドガンかよ。こんなもんが鹿児島にあるとはね」


 半ば呆れ顔で悟は、600マグナムとも呼ばれるそれを手にとった。当然、並みのハンドガンよりもずっしりと重い。世界最強の回転式拳銃リボルバーと呼ばれるこいつは木製のグリップ部分をのぞけば全体が黒い……拳銃としてはあまりにも巨大なため、黒い金属質の威圧感を放っている、とでも言えようか。銃口径に合わせるかのようにフレームがデカく、シリンダーは分厚い。


「本来は対人外用として薩国警備そしきに一挺配備されているものだ」


 鵜飼はインパネ中央のナビを左手で操作しながら運転している。このスピードでそれが出来るのだからたいしたものである。


「対人外用ねぇ、こんなものに頼らなきゃならないとは、最近の異能者は軟弱だな」


 悟はシリンダーを開けてみた。弾はまだ入っていない。使用するニトロエクスプレス弾自体がデカいため、通常のリボルバーより一弾少ない五連発式である。


「うちに限ったことじゃない、どこでも同じだ」


 鵜飼の言うとおり、現在では世界中どこの異能者機関にも銃器類が配備されている。異能力発動に伴う気の消費がなく、かつ人外の存在に物理ダメージをあたえる上で効果があるからだ。通常人よりも体幹が強い異能者は射撃に向いているため、銃器をメインウェポンにする者も多い。彼らは反動リコイルの影響を受けにくいからだ。だから高威力の物もよく使われる。


剣聖あんたは銃の腕も良いと聞いている。それなら額田の車を止められる」


「おいおい、俺に刑事デカの頭をブチ抜けってのか?」


 600マグナムのシリンダーを閉じた悟は銃口を広い二列目シートの右側の空間に向けてみた。上に向けると、高いワンボックスの天井であっても先が当たるからだ。それくらいに長い。銃身長だけで三十センチ以上ある。


「デカくて長い、男の夢を具現化したような銃だな」


「弾もケースの中に入っている」


「タマだって?」


「弾だ」


「はいはい」


 悟の足もとにあるケースの中に迷彩柄のバレットポーチが同梱されていた。ベルトにくくりつけることができるタイプのものだ。


「こりゃあ、デッカいタマだな」


 悟はその中の一弾を取り出した。貫通力に優れたフルメタルジャケット弾である。しかも拳銃弾の大きさではない。本来この600ニトロエクスプレスマグナム弾はライフル用の規格のもので、当然容積に対応して火薬量も多い。それを撃ち出せる拳銃として開発されたのがこいつだ。ハンドガンというよりハンドキャノンと呼んだほうがふさわしいのかもしれない。


「あんたが、そいつで額田の車を止めるしかない」


 と、語る鵜飼の口調は、しごく真面目なものだった。


「おいおい、今の俺は一介の自営異能者フリーランスで部外者だぞ」


 そう。異能業界のスーパースター剣聖スピーディア・リズナーは世間的には死んだ人だ。とある犯罪組織から身を隠すため、いま生まれ故郷の鹿児島に潜伏中の悟はローカルな存在でしかない。剣聖として持っていたいくつかの特権など、ここでは認められない。


「こんなものを俺に使わせたら大問題じゃねぇのか?」


 国や地方公共団体との繋がりが深いとされる超常能力実行局鹿児島支局、つまり薩国警備のEXPERは人外や異能犯罪者との戦闘における銃器類の使用が認められているが、悟のようなフリーランスは違う。彼らフリーランス異能者が合法的に用いることができるのは、あくまでも異能者用の武器である。


「始末書を書くのは久しぶりになるな」


「それですむのか? 新婚の奥さん共々、路頭に迷うことになっても知らないぜ」


「いくら額田の運転の腕が良くても、このままでは被害者が出るかもしれん。今止めれば事故を防げる」


 前を走っている額田の覆面パトカーとの距離は縮まっている。撃つなら今、のタイミングではある。


「剣聖のあんたを匿っているのは薩国警備そしきだからな。上層部からは、ある程度の特権は認めろとの達しは出ている」


 運転しながら鵜飼が左手で操作していた画面がナビから警察車両のデータ一覧に変わっていた。こういう情報も持っているのが薩国警備である。彼は画面にタッチし、額田が乗っている覆面パトカーのナンバーを入力した。


「これが額田が乗っている覆面だ」


 鵜飼が言うとおり、いま前を走っている覆面パトカーの詳細が画面上にあらわれた。普通のナビではない。高性能の情報端末を兼ねているようだ。


「やれやれ、血税をおさめている国民様々だな」


 悟は、国か県からの“異能費”により賄われているその端末の画面を見た。額田のパトカーは、このワンボックスと同じ国内メーカーT社のもので、形状は三ナンバーのセダンである。


「つまり、こいつであれを撃て、ってことか」


 手にしている600マグナムを見てため息をついた悟。差が縮まっているとはいえ、額田の爆走は続いており、鵜飼と運転を代わる余裕はない。






 悟がサンルーフから顔を出すと凄まじい強風が吹き付けてきた。当然だ。前を走る額田の覆面パトカーを追うため、鵜飼はリミッターぎりぎりの速度で走っている。つまり百八十キロ出ているわけである。


「うっぷ」


 と、やや埃を含む風に目を細めながら、悟は後ろ向きにサンルーフの端に手をかけ、走行中のワンボックスの屋根に出た。この速さの中、そんな芸当ができるのは彼が身体能力に優れた異能者だからである。通常人には無理な行動だ。


(やれやれ、とんだことになったなぁ)


 ツンデレ美容師の文香と兄の尾根との兄妹関係調和どころの話ではなくなった。刑事の額田による麻薬絡みの事件となっている。しかも大きなバックが存在するかもしれない。潜伏中の身としてはひっそりのんびり暮らしていたいのだが、異能業界の有名人である以上、そう上手くいかないものだ。


 猛烈な風に煽られぬよう、悟は身を低くしながら前を向き、サンルーフのすぐ後ろ側に右膝をついた。海の向こう、右手に見える青い桜島の噴煙は、こちら側ではなく東南のほうを向いている。しかし道路に残っている数日前の降灰が風で舞っていた。だから埃っぽく感じる。


 文香がカットしてくれた髪が逆風に逆立つ中、鵜飼の運転により激走を続けるワンボックスの屋根に左膝をついたまま、悟は借り物の600マグナムを両手で構えた。左肩が進行方向の斜め前を向く。トリガーを持つ右手は伸ばしている。それに添える左手は肘を曲げて右手を固定する。彼ほどの男でも、これだけ安定した射撃姿勢を必要とする。スピードが出ているから、というのもあるが、この世界最強のハンドキャノンはそれだけ危険な代物なのである。破壊力に比例した反動は計り知れない。しかも突っ走っているワンボックスの上だ。


 600マグナムの照星と照門が作り出している照準は通常の拳銃のものより間隔が広い。銃身がとんでもなく長いのだから当然だ。その先に疾走する額田のパトカーがいる。昼飯どきで車が少ない時間帯なのは幸いだった。撃ち抜いて止めても周囲に被害はない。


 すると、額田の覆面パトカーが二車線を利用して蛇行運転をし始めた。どうやら、狙撃しようというこちらの意図に気付いたようだ。狙いを定めにくくするための行為だが、それでストレートスピードをロスしているため、車間が狭まった。近づけば近づくほど有利だ。チャンスである。


 撃鉄をひいた悟は目に気を集中させた。多方向性気脈者ブランチの彼は、そうやって動体視力を向上させる。標的は決まっている。そこを百八十キロのスピードで走る車の屋根から狙い撃つ。


 悟がトリガーをひいたとき、彼の両手が火花に覆われた。一瞬、600マグナム自体が爆発したかのように見えたが、これは常識外の火薬量が生み出した凄まじいエネルギーがフレーム内部で遮蔽されず、外部に放出したからである。そして疾走するエンジンのエキゾーストノートでもかき消すことができない銃声は大地を割る落雷のそれに似ていた。そんなとんでもない破壊音をともなう常軌を逸した威力は、ツンデレ美容師に罪をなすりつけようとした悪徳刑事が受ける罰としてはふさわしいものだったのかもしれない。神が落とす天雷のような一弾である。


 しかし、その獰猛な威力が射手にもたらす負担はあまりにも大きすぎたのか。無理もない。規格はずれのハンドキャノンを、リミッターの限界で走る車の屋根の上で撃ったのだ。強風と600マグナムの反動リコイルで悟の体は空中に吹っ飛んだ。その下は硬いアスファルトの道路である。



 

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