悟がタジタジ? 愛のツンデレ美容室 15
悟と鵜飼を乗せたワンボックスが国道10号線に出たとき、逃げる額田のセダン型覆面パトカーは
「額田の野郎、運転上手いな」
助手席の悟は百メートルほどを先行する額田の覆面パトカーのテールを見た。ヤツは走りやすくするためにサイレンを鳴らしている。だから周囲の車たちがよけているのだが、そのことを差し引いても速い。信号を無視し、いくつかあった交差点を難なく通過していた。他車とぶつかりそうなタイミングでもノーブレーキでかわしている。
「奴は交機あがりの刑事だからな」
ステアリングを握る鵜飼は額田に追いつくため、さきほどからアクセルをベタ踏みしている。こちらの車両も周囲に知らせるためサイレンを鳴らして走行中だ。
「なるほど、それでか」
悟は納得した。額田のドラテクは交通機動隊で鍛えたものだという。
「交機主催のパフォーマンスイベントでも活躍したそうだ。教官代行もつとめたことがあるらしい」
「それが道を踏み外してヤクの仲介人か。人それぞれ、いろんな人生道があるもんだ」
世界各国さまざまな人々の生き死に関わってきた悟である。法を取り締まる立場の者が罪を犯すことは珍しくない。額田という男もまた、刑事でありながら麻薬の売買に手を染め、その罪をツンデレ美容師の文香に着せ、そして現在は派手に逃走中である。
二台の車は刑事ドラマさながらのカーチェイスを展開しながら、あっという間に
「おっと、気をつけてくれよ鵜飼」
鵜飼がステアリングを右に切ってスレスレでかわしたため、シートベルトをしている悟の上体が揺れた。罵声代わりのクラクションが背後に聴こえて遠ざかる。
「今のは赤キップで一発免停確実だな、明日から自転車で通勤するか?」
「俺の体に合う自転車がホームセンターに売ってないから、それは困るな」
悟の冗談に返す程度の余裕が鵜飼にはあるらしい。リミッターの限界まで飛ばしている車のフロントガラスから見える景色はレースゲームの画面のようである。次々と追い越した並走車たちは、まるでコートの隅に決まったバレーボール選手の強烈なスパイクのようにすぐに視界から消えてゆく。もっとも通常人より良い目を持つ異能者たる彼らに恐怖心などはない。
「逃げる、ってことは、やはりバックに手助けをしてくれるデカい“何か”がいるんだろうな」
悟は、左の車窓に視線を落とした。尻が見えそうなミニスカートを穿いた若い女が歩道を歩いていたからだ。このスピードでも視認できるのが異能者である。
「“赤”が続くな」
運転中の鵜飼は、ぼそっとつぶやいた。
「赤? いいや、俺は今の女のパンツは黒と見たがね。ちなみに、さっき病院の前を歩いていた女のは白と見た」
「そっちの話じゃない、信号のことだ」
「鵜飼、おまえ俺からの今の回答をわざと誘っただろ?」
鵜飼のセリフから察するに、彼にもミニスカ女が見えたようだ。この速度で運転しながら気づくのだから流石である。連続する赤信号を突っ切る額田の車と、追うこちらの車の距離はなかなか縮まらない。猛スピードが出ているため、前方に見える他車や建物が掃除機に吸われるかのように車窓外へと消えてゆく。
「普通、車で逃げ切ろうなんて考えないだろう。逃走ルートを確保しているのかもしれんが、あんたが言うバックとやらと落ち合うつもりなのかもしれん」
「なら泳がせて一網打尽にするか?」
「そんなことできるか。このままだと事故が起きる」
「ちなみに額田のバックに関しては目星が付いてんじゃねぇのか?」
悟の、その質問に鵜飼は答えなかった。即答はさけた、ということだろうか。ツンデレ美容師の文香に罪をなすりつけようとした額田の犯行だったが、根はかなり深いところにあるのかもしれない。
額田の覆面パトカーが左車線に入った。この先の道はYの字のように二手に分かれている。左が県道16号線で
しかし坂にかかるわずか十メートル手前で額田の覆面パトカーは大きく右へと舵を切り、トンネルに入った。追う鵜飼も同様に左車線から右車線へと移った。猛スピードのうえ、急激な回頭だったため、タイヤが大きく鳴った。
「さすが人を欺こうとした麻薬デカだ。運転中でもナイスフェイントだぜ」
揺れた方向に体を大袈裟に傾ける悟。
「車が少ない方向を選んだようだな」
トンネルをかっ飛ばしながら鵜飼はインパネに車載されているナビを見た。今いるルート、つまり国道10号線が緑色で表示されている。道がすいている、という意味だ。覆面パトカーにもナビが付いているはずなので額田もわかっているだろう。
「豪華装備だな、野党の政治家が国会で異能費を減らせ、って言ってる理由もわかるもんだ」
悟はワンボックスの内装を見回した。インパネにはナビやオートエアコンがあり、運転席側には速度、回転数、燃費などがデジタル表示されている計器類がある。シフトレバーと無線機もインパネにあり、足もとの空間は広い。その他、何に使うのか部外者にはわからないスイッチ類が多数あった。このワンボックスは国内メーカーT社製のものをベースに改造されているが、市販車両とは様々な意味で異なる仕様だ。
トンネルを出ると
あっという間に国道10号線の広い二車線道路に出た。右手は海。そこに青くそびえ立つ桜島だけは雄大なせいか、どんなに飛ばしても視界から消えることはない。車窓にも、人々の目にも、そして記憶にも、長くとどめおかれるものである。
「もし警察が道路を封鎖するなら姶良に入ってからか?」
悟は訊いた。刑事の身でありながら麻薬売買の仲介をしていた額田を捕まえるため、すでに警察も動いているはずだ。
「だろうな。このスピードなら市街地入り口のバイパスの手前で封鎖することは時間的に不可能だ。もしやるなら、むしろ姶良の市街地に入ってからだが……」
「その途中で国道から県道に行かれちまうな」
額田が鹿児島市内から高速道路を使わなかった理由はいくつか考えられる。乗り口や料金所が他車で詰まり通過しにくいこともありえるし、警察が待ち伏せている可能性もある。また信号や交差点がある下道のほうが、こちらとの差がつくとも考えていたのだろう。交通機動隊あがりの腕に自信があるのだ。さきほど登り坂を行くと見せかけてトンネルに入ったフェイントから察するに、こちらの事故を誘発する目的もあったのだろう。
しかし、鵜飼のドラテクもさすがのものだった。海に面した広い二車線道路に出たとき、額田の覆面パトカーとの差はかなり縮まっていた。“射程圏内”だ。
「一条さん、上を見ろ」
鵜飼は左手でナビの画面を操作している。このスピードの中、右手一本でステアリングを握っていた。
「あン?」
「そこにサンルーフがあるだろう」
「最近、視力が落ちてね。ンなもんは見えねぇな」
「女のスカートの中身が見えるくらいなら大丈夫なはずだ」
「嫌な予感がするんだが、気のせいか?」
「二列目シートの足もとにあるケースを開けてみてくれ」
悟は鵜飼に従い、運転席と助手席の間から土足のままで後ろの座席に移った。たしかに、そこの足もとに1メートルほどのプラスチック製のケースがある。
「おいおい、この車はこんな危ないものを積んでるのか」
それを開けて苦笑いする悟。その中に入っていた物は巨大なシルエットを持つ大口径のリボルバー式拳銃だった。
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