悟がタジタジ? 愛のツンデレ美容室 9


「私、もうツンデレ接客をするのが嫌なんです……」


 文香は、オーナーであり兄でもある尾根に訴えた。ツンデレで接客をしているときと違い、弱気な態度だ。雇われ美容師であり、妹でもある立場なので小さくなるのも無理はない。


「なんですってェ……!」

 

 対する尾根は聞く耳持たぬ、といった感じだ。完全にヒステリックモードである。


「何を言ってんのよ! 格安カットが巷に溢れてる今の御時世、サロンの経営には技術以外のプラスアルファが必要なのよ! この世にたくさんいらっしゃるツンデレ好きな男性のお客様をリピーターとして獲得することは間違いじゃないわ」

 

「で、でも……」


「でももへったくれもないわよっ! 元々はギャルゲーを根幹としたオタク分野だったツンデレは、今や一般層にもウケる属性として世間に定着したわ。サロンとツンデレを融合させたアタシの方針に間違いはないのよ! それを辞めたいだなんて……!」


「だ、だって……」


「だってもクソもないわよっ!」

 

 傍で兄妹の会話を聞いている悟は、ツンデレにそこまでの需要があるものか、と疑った。しかしこの店は、それで今までやってきたわけである。思ったよりもツンデレを好む男性が存在し、彼らがリピーターとなってここを訪れる。昨日のおじさんも、さっきの青年もそうなのであろう。ならば文香にツンデレ美容師を演じさせる尾根は優れた経営眼の持ち主、ということになる。


「尾根さん、ちょっと俺の話を聞いてくれ」


 しかし、さすがに文香に助け舟を出すタイミングだろう。悟はフライトジャケットの内ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。


「一条さん、これはアタシと文香の問題よ! 口を挟まないでちょうだい!」


「まぁまぁ、これを見てくれ」


 悟は尾根にスマートフォンの画面を見せた。そこには、某有名検索エンジンの店評価ページが映し出されている。


「これは、この店の評価と口コミだ」


 悟が開いたのは、ここ『美容室 tun』の紹介欄である。そこには確かにツンデレを好んでいるであろう投稿者たちの好意的な評価とメッセージが並んでいた。“この美容院のツンデレサービスマジ最高”、“店員さん美人でツンデレなとこがかわいい”、“ツンデレ好きなんでここの美容院がお気に入りです”、“ツンデレ好きにはたまらない店なので評価は5”などとある。


「だが、これらのコメントは“評価の高い順に”並んでいるんだ。下のほうへ行くと……」


 悟は親指で画面をフリックした。すると……


 “最悪の店です。絶対二度と行かねー”


 “お客に対する態度がなってない、何なんだこの店は”


 “初めて行ったが、いきなり「早くそこに座んないと切ってあげないんだからねっ」と言われた。そんな対応アリか?”


 “ツンツンしてる美容院とかおかしいだろ、すごく失礼な態度の店”


 “店員かわいいからって、なんか勘違いしてるじゃん。俺は客だぞ”


 と、画面の下に行くほど辛辣なコメントと評価があらわれる。このサイトは星五段階評価だが、下のほうのユーザーのほとんどが最低の一つ星をつけていた。


「つまりだ、あんたが文香さんに強いているツンデレサービスは、彼女にとって相当キツいんだよ」


 スマートフォンを内ポケットにしまった悟は、尾根にそう説明した。


「たしかに、あのツンデレ接客はツンデレ好きには効果があるだろう。けれど、みんながみんなそうとは限らないってこった」


 悟は、昨日文香が自分に見せたツンデレサービスの内容を思い出しながら尾根に語った。


「だってそうだろう。来た客にいきなりツンケンした態度をとるわけだから、そりゃあこんだけの反感を呼ぶのも無理はねぇ。文香さんは何度も客に怒鳴られたり、叱られたりして、本当はすっかり疲れているのさ」


「それも仕事よ。美容師は技術だけを売りにするものじゃないわ、本質的には接客業よ」


「しかし、やはりツンデレサービスを続けるのは文香さんにとって負担がデカいよ。このままだと、彼女が潰れちまう」

 

 悟は文香を見た。さらに小さくなってしまっている。狂言したことへの罪悪感もあってのことだろうが、厳しい兄に逆らっている恐怖心もあろう。しかし、やはりツンデレサービスが今後も継続されるか否かは今まで無理をしてきた彼女にとっての死活問題なのだ。言うべきことは言ってやるべきだ。


「引き抜きの件が文香さんの狂言だったので、あんたからの依頼は、こちらからキャンセルということにさせてもらう。そして俺は、それに代わる“新しい依頼”を受けることにした」  


 一度咳払いをする悟。対する尾根の、細く仕上げられた眉毛は完全に十時十分をさす角度で釣り上がっている。一筋縄ではいきそうにない。


「それは文香さんからの依頼だ。“ツンデレサービスをやめさせてくれるよう、兄を説得してくれ”っていう内容さ」


 悟は、ついさきほど文香からの依頼を受けたのだった。通常人と異能者との距離が近くなった、とされる昨今、身近な街の解決屋として存在するフリーランス異能者の自営業務は多岐にわたる。人外の存在や異能犯罪者と戦うことだけが仕事ではない。荒事だけでなく、ときに警察が干渉できないような民事の交渉ごとも引き受ける。


「まァ、俺みたいなならず者に依頼するってことは、文香さんは心理的にかなり追いつめられているのさ。どうだい尾根さん、ちょいと話しあってみるってのは」

 

 極力ことを荒立てないように悟は慎重に話をすすめようとした。だが……


「文香ッ、とにかくツンデレサービスは今後も継続よ! あんたがなんと言おうと、それは変わらないわ! 一条さん、今回の件はこちらに落ち度がありますから、依頼料はきちんと支払います!」


 尾根はそう言い放つと、乱暴にドアを開けて店を出ていった。狭い店内に悟と文香のふたりが残った。


「ははは、こりゃあ説得するのはホネだなぁ」


 悟は苦笑した。


「すみません、兄は頑固で」


 文香は悟に頭をさげた。グイグイとツンデレしてるときとは全然違う控え目な態度である。仕事のときと顔を使い分けているのだからたいしたものだが、しかしもう我慢の限界であろう。

 

「いや、あれくらい我を通さないとオーナー業ってのはつとまらないだろうさ」

 

 悟は昨日、文香にカットしてもらったばかりの髪をかきながら、今後どうやって尾根を説得するか思案してみた。



 

 

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